第十話 貸しを作ってしまった件 

「む……」


 目を覚ますと隣には夜宵やよいがいた。

 スヤスヤと寝ている。


 寝顔はまだ幼く、可愛さで溢れている。

 だが、なぜか俺の腕に巻き付いていた。


 そのせいで胸に腕が当たっている。実の妹ではなく、義理の妹だ。

 こんなことされると、俺――藤堂充は沸々と何かが湧いてくる。


「ふあ……みつにぃ、おはよ♡」

「あ、ああ。おはよう、てか、なんでここにいるんだ?」

「昨日寂しくて……」


 てへぺろろぺろぺろりん、という感じで、可愛く舌を出すぺろぺろ夜宵。

 どうやら今まで甘えられなかった分、爆発しているという感じだ。


 夜宵は正直、めちゃくちゃ可愛い。

 びっくりするほどまつ毛が長く、肌もスベスベで、髪もオタク大好き黒髪ロング。


「ねえ、みつにぃもやっぱり男なんだねえ」


 そう言いながら、夜宵は俺のナニカを触っていた。

 ん? 下を見ると……あかーん!


「ちょ、ちょっと夜宵!?」

「えへへ、これも妹の役目かな?」

「ば、馬鹿な事をいうな!」


 いい匂いもするし、なんだったら顔も俺好み――いかんいかん!


 今日は絶対に遅刻出来ないのだ。急いで用意せなば。

 蛇のような夜宵を振りほどき、俺は立ち上がる。


「えー……どこ行くの?」

「男には、行かねばならん時がある」


 名残惜しく、一階へ移動。

 父も母も、ちょうど起きてきたらしい。まだ完全に俺を信頼しているわけではないらしく、出会い頭はいつも肩をビクンとさせている。申し訳ないが、いい加減慣れてほしい。


「おはよう、父さん、母さん」

「あら、お、おはよう。よく眠れたかしら?」

「充、き、今日も男前だな」


 実の息子として悲しさもあるが、これは宿命みたいなものだ。

 俺はそっと台所に立つと、コーヒーポットで二人に飲み物を入れた。


 そして――テーブルに置く。


「み、充ちゃん!?」

「お、お前!?」


 二人は、声を震わせながら、俺を見つめる。


「朝だし、珈琲飲んで仕事も頑張って」

「充ちゃんんんんん!」

「充うううううううう」


 勢いよく抱き着いてくる二人。いや……確かに好感度を上げようとは思ったが、ここまで……?

 小さな事からコツコツと、という話も聞く。

 好感度上げは恋愛ゲームの基礎だ。地道に頑張るしかないな。


 そうこうしている内に、スマホのアラームが鳴る。


 俺は待ち合わせの為に、急いで家を出た。


 ◇


 電車を乗り継ぎ、若者に人気の駅で降りる。

 オタク大喜びの聖地ではなく、どちらかというと陽キャが多い場所だ。


 犬の銅像で待ち合わせなので、スマホを頼りに歩く。


 しかし……気のせいか? 誰もが俺を避けているよう……。


「ねえ、あの人でかくない?」

「てか、目つき悪っ。あれ絶対、何人かヤってるね」


 陰口も……いや、これだけ大人数がいるのだ。気のせいだろう。

 そして銅像の前で立っている待ち人を見つけた瞬間――心を奪われた。


 本来、そこには大勢の人が立っている。待ち合わせでよく使われているからだ。

 だが彼女の近くには、誰一人いなかった。

 いや、近づくことが恐れ多いのかもしれない。


 清楚を象ったような風貌をしている、結崎ひよのさんがそこに立っていた。

 髪はいつもと違って編み込んでいるらしく、両側に少しアクセントがついている。

 花側のワンピースに、鞄は茶色のピクニック箱のようなガーリーな感じ。

 あまりの可愛さに、誰もが見惚れていた。


「やっぱり可愛いな……」


 素直な感想が、口から漏れる。

 周囲の男たちは、誰が来るんだろうなあと口々に呟いていた。

 まあ、俺なんだけどな。


 小走りで駆け寄り、声をかける。


「お待たせ、ひよのさん」


 上目遣いで、顔をあげる。その表情、潤いのある唇。

 俺が好きだった、ゲームでの姿そのものだ。


 一瞬で――引き込まれる。


「おはようございます。充さん」


 声すらも、ひよのさんは可愛い。

 女性の全てを詰め込んだような彼女の近くに立っているだけで、実はかなり嬉しいのだ。

 周囲は、えーあいつ? いや、脅されてるんじゃね? と言っているが、関係ない。


「今日も……綺麗だね」


 恋愛映画、いや、ラブコメのワンシーンのようだ。


「ありがとうございます。ではまずラブホテル行きませんか?」


 はい、終了~~~~~~~~~~~!

 カンカンカーン、終わりでーす。

 今までの長い描写、大変お疲れさ様でしたー!


 周囲から、今、ラブホテルって言わなかったか? と聞こえている。

 祝日の朝に待ち合わせして、速攻ラブホテル? いや、高校生だけど!?


「何でも言う事聞くっていったけど……それはさすがに……」

「そうですか、でしたらこのあたりを散策しませんか? 二番手の候補です」


 候補の順番が狂ってるが、突っ込む必要はないだろう。

 ひよのさんは、鋭い蛇のように腕を伸ばし、俺の腕を巻き込み掴み。


「ふふ、ふふふ」

「い、行こうか」


 今日は、先日貸しを作ったひよのさんからの提案で、デートをすることになったのだ。

 俺としてもご褒美に近いが、何をされるかわからない恐怖もあった。

 とはいえ、正ヒロインとデートなんて、前世の俺からすれば奇跡に近い。

 今日は、めいいっぱい楽しむぞ!


「はい、楽しみましょうね」

「俺の心の声とか聴けるんですか?」

「……答えたほうがいいですか?」


 ◇


 当初の予定、いや予想を覆すほど、デートは楽しかった。

 開幕一番訳の分からないことを言ったひよのさんだったが、それからはただの高校生、いや、綺麗で控えめな女性として行動してくれた。


 最近人気のあるカフェへ行ったり、洋服を見たり、ゲームセンターで遊んだり。


 もしかして、かなりいい感じじゃないか?

 破滅イベントも回避したし、憧れのひよのさんとも夢のデートをしている。


 最高……なのかもしれない。


「充さん、この場所、素敵ですね」


 公園に移動していた。近くには噴水、鳥の鳴き声が聞こえる。

 太陽が気持ちよくて、思わず伸びをする。


「本当に……最高だ」


 自然と、顔がひよのさんに向いた。彼女は、上目遣いで俺を見つめる。

 すると、目を瞑った。唇をプルプルさせながら。


 これは――待っている。

 まだお昼過ぎだが、周囲にひと気はない。

 

 喉が――ごくりと鳴る。

 

 中身は童貞引きこもりオタクなのだ。ラブホテルと言われれば困ってしまうが、キスは別。

 キスなんて、陰キャである俺からすれば夢のまた夢。神秘的な存在。


 目を凝らし、耳を凝らすと、ひよのさんの肩が震えていた。それどころか、心臓の音まで聞こえてしまう。

 どくん、どくんと。


 そうか、彼女だって……実は不安なんだ。


 こうやって勇気を振り絞っているだけで、中身は俺と同じ。

 だったから、その気持ちに答えてやらなきゃ男じゃない。


「ひよのさん……」

 

 姿勢を屈め、ひよのさんの肩を掴む。

 そして――唇を――。


「ハイストップー! あかんあかんでえ!」

「そ、それは良くない……」


 と思いきや、誰かが真ん中に割り込んで来る。

 聞きなれた関西弁の赤髪と、小声の青髪。

 燐火と未海だ。


「まったく、油断も好きもあらへん女やなあ」

「藤堂君、さすがに外でキスは……」

「な、なんでオマエラココニイルンダ!?」


 さすがの俺も恥ずかしくて頬を赤らめる。見られていたらと思うと……。いや、それよりもひよのさんだ。

 あれだけ震えていた。もしかして……もっとショックを……。


「……おしかったのに」


 あれ、ひよのさん? なんかボソッと言ってませんか?

 気のせいですよね?


「ひよの、なんやこれ? 肩にバイブレーション仕込んでる? それに、何このスマホから鳴ってる音、心臓?」

「か、返してください! これは……女性の嗜みです」

「なんか怪しいなあ……。充っち、なんかされへんかった?」

「え、あ、い、いいや?」


 ていうか、なにバイブレーションって? スマホから心臓の音?

 え? 全部、演技だったの?


 俺は怖さのあまり驚きの目でひよのさんを見てしまっていた。

 すると――


「てへぺろりんです」

「いや、余計に怖いです」


 舌をペロリ。やはり、油断も隙もない……。


「あ、あの」

「どうした、未海?」

「ひよのさんだけ、ズルいです。私たちも……一緒に遊びたいです」


 穢れなき瞳、ペットショップの子犬のように見つめてくる。

 確かに、日付を教えてくれたのは彼女だ。その思いを無下にするのは良くないだろう。

 ひよのさんは相変わらず燐火と言い合いをしている。たまには仲良くしてほしい。


「そうだな……。よし、四人で遊ぼう」

「え!? そ、そんな充さん!?」

「四人かー、まあ、ええかー!」


 そうして俺たちは、四人でデートすることになった。


 

 


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