第九話 幸せな日常を守りたい件

「はい、次どうぞー」


 色気のあるお姉さん、いや、看護師さんだ。

 そして、大勢の女子生徒が並んでいる。


 それも、下着姿で。


 結崎ひよの、昂然燐火こうぜんりんか水藤未海すいどうみう、ほかにも早々たるメンバーが、列を作っている。

 なぜ俺がこれを見ているのか、いや、どこにいるのかというと……。


 ロッカーの中である。


 誤解のないように言っておくが、俺は変態じゃない。

 いや、そもそもこれは望んだわけではない。

 事故、いや、仕方なくだ。


 破滅を防ぐために俺は頑張っている。


 俺は決して――変態じゃない。


 ◇


 一時間前。


「し、四月二十日!?」


 俺の叫び声で、ひよのさんと燐火が喧嘩を止めて振り向いた。

 未海は驚いたみたいで、怯えている。


「あ、すまん。つい声が……」

「……ど、どうしたの?」


 不安そうに未海に訊ねられるが、答えることはできない。


「どうしたんですか、充さん」

「なんかあるんやったら聞くで」


 ひよのさん、燐火にも話すこともできない。

 これは、俺個人で解決しなければならないのだ。


 今日は四月二十日――健康診断である。


 その瞬間、昼休みが終わる鐘が鳴り響く。


「何でもない。とりあえず戻るか」


 何でもないような事が~幸せだったと思う~何でもないような~夜~破滅を回避したく~て~。

 

 鼻歌を歌って落ち着かせようとしていたが、とにかくヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイ。


 そんなことを考えていると、五時限目が終わった。

 休憩を跨いで六時限目に身体測定が始まる。


 このイベントは藤堂充にとって最初の大きなきっかけだ。


 原作では、俺はここで盗撮した疑いをかけられる。

 そして俺は不良兼変態として認知されるのだ。


 どんな悪役やねん! と思われるが、実際は藤堂が犯人なわけではない。


 別の男がカメラを設置しているのだ。

 つまり濡れ衣を着せられるということ。


 だからこそ俺は、犯人を見つけなければならない。

 原作をやり込んでるなら誰かわかるだろ、と思われるかもしれないが、そうではない。


 犯人は解明されることなく、ただ濡れ衣を着せられるイベントなのだ。

 最後の最後で、「あれは俺じゃねえよ」という、藤堂の台詞で発覚するという、なんとも言えない悲しいエピソードである。


 ということで、俺は犯人を捜していた。

 当日なので、すでにカメラは設置されているだろうが、どこにあるのかはわからなかった。


 だから俺は見逃さないように張り込むため、急いで保健室のロッカーに隠れた。


 何を言ってるかわからねーと思うが、真犯人を探すためだ。

 俺は決して、変態じゃない。



「うわ、体重増えとるやん……」

 

 昂然燐火が、体重計のメーターを見て嘆いた。

 出るところは出ていて、引っ込むところはひっこんでる。

 情熱の赤い下着は、本人の性格と一致している。


 ていうか、今は目を瞑っておけよ、と思われるかもしれないが、どんな挙動があるのかがわからない。

 今回は絶対に失敗できない。


 だからこそ俺は、何も見逃さないために仕方なく見ている。


「えへ……の、伸びた」


 身長を見て喜んでいるのは、未海。

 あの下着は……俺のが好きだといったアニメキャラと同じで青。

 さすがアニメファン、見えないところも抜かりないんだな。可愛い。


「…………」


 無言で身体測定を終えたのは、結崎ひよのさん。

 純白な上下白セットの下着は、さすがはヒロインということか。


 あれ? ひよのさん、俺がいるロッカーを見つめていませんか? 気のせいですよね……?


 今バレると破滅の一歩どころか、いきなりエンディング?

 やばい、考えていなかった!?


「……ふふふ、エッチですね」


 と思いきや、ひよのさんは捨て台詞を吐いて消えていった。

 何を言ったのか聞こえなかったが、どうやらバレてはいないようだ。

 その後、遅れて男たちが現れる。


「藤堂、身体測定きてねーな。あいつ、昼から来たんだろ? お殿様すぎねえ?」

「不良っていつまでいってもかわんねえのな」


 陰口のオンパレード。まあ、今だけ言わせておけばいい。

 俺は絶対、善人になる! たぶん。


 すると、かなり後ろにいた悪童くんが前に出てきた。

 何をするつもりだ?


「てめえら、誰の悪口言ってんのかわかってんのか?」


 すごい地獄耳だ。よく聞こえていたな……。もしかして、俺を庇ってくれるのか。


「あ、悪童くん……」

「藤堂さんはな、身体測定なんて小学生で終わってんだよ。もう成長しねえ、だから受ける必要がねえだけだ。わかったか?」

「「はっ、はい!」」


 えーと、何を突っ込めばいいのか……。身体測定に卒業とかないよね? 何か、陰口より悪口じゃない?

 まあでも、ありがとう悪童くん。やっぱり君はいい奴だ。


「天堂くん、身長伸びたねえ」


 その中でも、天堂くんはやはりすごかった。

 身長も、体重も見事にバランスが良く、モテる陽キャの要素を自然と満たしている。


 さすが、俺の憧れの人。


 そして全てを終えて、保健室には誰もいなくなった。

 俺を――除いて。


「……まだか」


 しかし、誰も現れない。

 原作では、カメラを設置していた。と書いていた。

 回収はまさか夜中?


 そう思っていると、扉がガラリと開いた。

 現れたのは同じクラスの――覗木視流男のぞきみるおだった。


「ぐへへへ、撮れてるかな」


 ひょろひょろで、眼鏡をかけていて、常にはあはあ言っているのが彼の特徴だ。

 そうか、彼だったのか。


 ……完全に盲点だった。

 変態要素なんて一切ない彼が、まさかこんなことをしているとは……いくら俺でも、さすがに気づけなかった。

 おそらくだが、誰もがわからなかっただろう。

 擬態の上手いやつだ。


「回収♪ 回収♪」


 盗撮カメラは……まさかの時計に扮していた。あれじゃあわからない。

 あの中には、ひよのさん、燐火、未海、その他女子生徒の下着姿がばっちりと収められている。


 そんなの、うらやまけしからん!

 絶対に許せない。


「おい、覗木」


 ロッカーを開き、俺は声をかけた。

 覗木視流男のぞきみるおは、肩をビクリとさせて振り向く。


「ふ、藤堂くん!? ど、どうしてロッカーの中に?」

「全部、見ていた。初めからな」


 これで終わりだろう。覗木は反省し、俺にカメラを渡すだろう。あまり大ごとにしたくはない。

 初犯なら許してやらんこともない。カメラは俺が大事に保管しておいてやる。


 しかし、覗木はなぜか――嬉しそうにした。


「ま、まじですか!? ひひひ、ふ、藤堂くんが僕と同じ趣味だったなんて! 盲点だったなあ、まさかロッカーに隠れるなんて! ど、どうしたか? 生の下着、興奮したでやんすか!?」

「……は?」

「ゆ、結崎ひよのさんの下着、何色でした!?」


 白だ。と答えるわけがない。なんだこいつ、反省の色がない。

 それどころか、俺を盗撮変態覗き見野郎と勘違いしている。

 てめえ、一緒にするなよ。


「てめえ、一緒にするなよ」


 あれ、同じこと二回言ったかも。でも、大事なことだ。


「へ?」

「俺は知ってた。お前がカメラを設置したこと、そして回収しにきたところを捕まえようと思ってただけだ」


 こればっちり。お縄ちょうだいさよならバイバイ。

 なんだったら警察に引き渡してもいい、最低でも退学になるだろう。


「ひ、ひひひひひひひ」

「なんだ?」


 しかし、覗木は笑い出す。それも不気味なほどだ。何が面白い? 何が可笑おかしい!?


「ぼ、僕と君、皆はどっちを信じると思いやすか?」

「そんなの俺に決まっ――」


 いや――わからない。

 覗木視流男のぞきみるおは、俺も驚いたくらい、盗撮なんてするようには思えない。

 真面目で、ひひひと笑う一途な男に見える。

 まさか盗撮なんて、と誰もが思うだろう。


 しかし俺は? 身体測定も休んだ上に、不良だ。

 誰も信じてくれるわけがない。

 となると、まさか……原作通りに俺が盗撮したことになるのか?


 そういうことか……この世界の運命に……抗えないのか……


「ぼ、暴力しても、む、無駄です。余計に怪しくなりますよ」


 確かにコイツの言う通りだ。俺は手を出すこともできない。


「ひひひひひひひひひひ! わ、わかったか!? 黙ってろ、不良が!」


 どうしようもない。俺は……負けだ。


「あら、充さんを虐めるなんて、いい度胸ですね」

「だ、誰だ!?」


 突然扉が開く。現れたのは――結崎ひよのさんだった。


「ゆ、結崎さん!?」

「全部、し、わ」

「な!? う、嘘をつくな!」


 すると、ひよのさんはスマホを取り出す。何かを再生した瞬間、さっきのやり取りが流れた。

 覗木が、俺を脅している音声だ。


「もちろん、映像もあります」

「そ、そんなバカな!? どうやって!?」

「さあ、答える必要がありますか?」

「そ、そんな、い、嫌だああああああああああああああ」


 こうして、覗木視流男のぞきみるおは先生に突き出された。

 なんちゃら凛先生がカメラを確認したところ、ばっちりと盗撮が映っていたらしい。


 ひよのさんが覗木を突き出す前に「充さんのことをチクったら、二度と酸素が吸えない所に送ってやる」と脅していたため、俺のことは一切バレなかった。


 これは後日の話だが、覗木のぞきくんは退学となった。

 誰もが、まさか彼にそんな趣味があっただなんて、と驚いていた。

 やっぱり、誰もわからなかった。




 ある日の帰り道、俺はひよのさんに感謝した。


「ありがとう。君がいなければ、退学になっていたのは俺だったかもしれない」


 横に並んでいたひよのさんは、笑みを浮かべながら言う。


「お役に立てて良かったです。でも、ロッカーに隠れて女子生徒の下着を見るのは良くないですね。見るなら、私だけにしておいてください」


 冗談か本気か……いや、本気だろう。

 ここは素直に、はいと言っておくべきだ。本当に助かったのだから。


「はい……」

「ふふふ」


 てゆうか、もう言っちゃうけど、俺、GPS付けられたり、盗撮とかされてない?

 でも、体や衣服に何の機械もないんだよな……。


 前世に見た漫画で、体に埋め込むインプラントとかあったな。今度、病院に行ってみよう。


「充さん」

「は、はい」


 突然、振り向いて俺の顔を見つめる。

 思わず畏まってしまう。


「一回、貸しですよ」

「わかりました……」

「ふふふ、何がいいかな。何がいいかな」


 鼻歌まじりに、ひよのさんは踊るように歩く。

 こんな楽しそうなひよのさんを見るのは初めてだ。

 

「それでは充さん、また明日。ふふふ」

「お、おう。またな」


 去り際、俺は体が震えていることに気づく。


 しかし、破滅を回避することはできた。


 原作では、これがきっかけだったのだ。


 間違いなく、俺の未来は良い方向へ向かっている。

 これから、これからだ。一歩ずつ、進んで行けばいい。



「ふふふ、うふふふふ、ふふふ」


 遠くから、ひよのさんの笑い声が聞こえた。


 やっぱり……貸し、怖いなあ……。


 

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