第三話 ギャルからも好かれてしまう件

「うそだろやっちまった……」

「おい、やりすぎだろ!?」

「どうすんだよ!? なあ!?」


 ああ……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 呼吸が――できない。


 ――――

 ――

 ―

 

「…………」


 ベッドで目を覚ます。ぼんやりと夢で見ていた前世の記憶が――曖昧になっていく。

 なんだか、すごく痛かったような気がする。


 むにゅ。


 むにゅむにゅ。


 むにゅむにゅむにゅ。


「ん……おにぃ、だめだってぇ……」


 右手にマシュマロのような柔らかい何かが、心地よい感覚を与えてくれている。

 思わず視線を向けると、俺は義妹――夜宵の胸を鷲掴みにしていた。


「ひ、ひぃ!?」

「……おにぃ……もっとぉ」


 もっとぉ!? いや……夜宵はまだ起きていないようだ。

 頬を赤らめているが、なんだかいやらしい。

 ていうか、ダメだこれは!? 義理とはいえ、妹だぞ!?


 飛び起きてすぐに一階へ向かう。


 後で謝ろう……。時間はまだ早い。

 そういえば、昨日は父も母も嬉しそうだったな。


 よし――何か作るか。


 ◇


「父さん、母さん、おはよう。新聞を置いている所が父で、温かい白湯を置いているのが母さんだ。夜宵は俺の隣でいいか?」


 前世の記憶。

 俺は引きこもりに近い生活をしていたおかげで、料理にハマっていたのだ。

 家にいるからといってパソコンとトイレしか往復しないオタクなんてもう古い。

 ある程度意欲的で、なおかつ快適な自宅ライフをする。これこそが引きこもりの最高ライフだった。


 とはいえ、俺がこれをするには大きな理由が二つある。


 実はゲームでは、俺の過度な暴力や暴言、犯罪によって家族は崩壊するのだ。

 一家離散。もちろんそれだけは避けたい。

 この世界で生きていくためにも、俺は仲良くしていきたい。


 ていうか、三人とも一歩も動かないし、言葉も発しないんだが……。


「父さん? 母さん? 夜宵? どうし――」


「充ぅ!」

「充ちゃん!」

「みつにぃ~~~~」


 号泣しながらハグをしてくる三人。

 いやいや、なにこのハートフル家族!? 本当に一家離散したの!? 仲良すぎない!?


 というか、俺が極悪すぎたのか……。


「お、落ち着いてくれよ。まあ、昨日も言ったけどさ、俺、頑張るから」


 それから数十分、三人とも俺を離さなかった。

 料理を一口食べるたびに、これはミシュランだ。一つ星だ。と騒ぎ立てる。

 

 ただのスクランブルエッグだが……まあ、でも、良いか。


 妹が、部活の朝練があるとのことで先に出ることになった。


「夜宵、さっき悪かったな」

「え?」

「いやその……悪かったな」

「? わからないけど、みつにぃなら何でも嬉しいよ」


 さすがに言えなかったが、謝ることはできた。

 うむ、これでいいのだ。


 それから、夜宵がなんだか外に変な人がいると言っていた。


 なんだか、ずっとこっちを見ていると。


 怖いなと思っていたが、こんな早朝からそんな人はいないだろうと気にしなかった。


 しかし、外に出てそれが誰かと気づく。



「……おはようございます。充さん」

「ひ、ひよのさん?」


 そこに立っていたのは、この恋愛ゲームの正ヒロイン、結崎ひよのさんだ。


「な、何してるんですか?」

「一緒に登校しようと、待ってました」


 う、うーん? どういうことだ? 待っていた?


「ええと、なんで俺の家を?」

「調べました」

「調べ……ました?」


 なんだかおかしいことを言っているな。

 ネットで検索しても俺の家は出ないと思うが……。


 というか、よく見たらツインテールに!?


「ひよのさん、髪型……?」

「はい、充さんがタイプだと言っていたので、ツインテールにしました」

「ど、どうして?」

「充さんがお好きなんですよね?」


 お、俺の言っていることの意味を理解してくれないようだ。

 うーん、よくわからんが、とにかく悪いことではない。


 少し不安と怖さと怖さと怖さもあるが、気にせずいこう。


「じゃあ、行きましょう。お手ては繋いでいいですか?」


 当然のように手を差し出すひよのさん。


 ゲームでは、こんなことをするタイプではない。

 むしろ手を振れようなものなら、「無礼者」と一喝するようなタイプ。


 入学式を終えた翌日に手を繋いで登校なんて、俺が脅してるみたいに見える。

 さすがにそれは……。


「と、とりあえず行こうか。手を繋ぐのはまた今度で」

「……はい」


 どうしよう、どうしよう!?


 ◇


 校門に辿り着くと、周囲の男たち、いや女子生徒もが、俺とひよのさんを見ながら噂をしていた。

 彼女は、中学時代から神童と言われているのだ。

 男子と横を並んで歩くなんて、ありえない。


「うわ、見ろよ。あれ、藤堂だろ? 噂のひよのさんを横に連れてやがる」

「本当だ。まさか暴力で? 最低だな……マジで」

「シッ、見られるよ。でも、誰か助けてあげられないのかな」


 うん、聞こえていますよ。まずい、まずいぞ。

 このまま行くと俺が無理やりひよのさんを連れているみたいになる。


 それだけは避けなければ……出ないと最後に……。


「ひよのさん、ちょっと用事あるのでここで」

「え? 何処へ行くんですか?」

「えーあーと、裏庭で……あえーと、煙を少々」


 煙を少々でいいよな? あれって? なんだっけ?


「そうですか。わかりました。私もご一緒にスパスパします」


 スパスパってなにー!? 言い方が俺よりこなれてませんか?

 もしかして経験者? いや、ていうか、ダメダメ。

 ひよのさんがスパスパしてたら、ダメですよ!


「俺は一人でスパスパするのが好きなんだ。すまんな」

「わかりました……そういえば子供は男子と女子どっちがいいですか?」

「はい?」

「どちらが、好きですか?」

「う、うーん。どちらもだな。男子も女子、ふたりっ子がいいな」

「わかりました。頑張りますね。それでは後ほど」


 なんかよくわからんが、納得してくれたようだ

 とりあえず、一時限はサボって裏庭でのんびりするか。


 くそう、皆と教室でワイワイしたかったのに……。


 陽陰よういん学園の校門をくぐる。

 校舎はA棟とB棟、学食に体育館、校庭もかなり広い。

 偏差値はそこそこいいのだが、この藤堂充は意外にも頭がいいのだ。

 それだけにやっかいな不良なのだが……。


 ん? あれは……。


 裏庭へ行くと、すでにスパスパしている人がいた。

 女子生徒だ。


 髪色は長い金髪、耳にはピアス。

 短いスカートが、所謂ギャル感を出している。


「あいつは……昂然燐火こうぜんりんかか」


 昂然燐火こうぜんりんか

 陽陰学園の中で、カースト上位に君臨するものの、一匹狼的なギャル。

 不良とはまた違う気の強さがあり、主人公ともたびたび衝突する。


 生まれは大阪で、暗い過去を持っている。


 人気キャラクターの一人だが、初日そうそうスパスパは、さすがに見過ごせない。

 ちょっとカッコつけていくか。


「……うぬ」

「あ?」


 あ? って怖いよー!? なにこれ、何この人!? いきなり眉間に皺が寄ってるんだけど!?

 ど、どうしよう!? それにまた「うぬ」って言っちゃった……。


「何してるの?」

「見てわからへんの? スパスパしてるだけやけど」


 スパスパってこの世界の共通言語だっけ!?


「スパスパしてるのはわかるよ。でも、ここは学校だ。それにまだ高校生だろ?」

「ふーん、あんた。藤堂充やろ? 知ってるで」


 しかし、燐火はまったく物怖じしない。それどころか、俺に向かって歩いてくる。


「だからどうした?」

「あんたもスパスパしたくて来たんちゃうん?」

「違う。俺は裏庭で……マイナスイオンを得ようとしただけだ」

「マイナオスイオン? どこで?」

「そ、そこだ」


 チロチロチロ。小さな池に、鯉が数匹。


 う、うん……まあでも、癒されるよね!?


「ふーん、あんた。結構、自然が好きなんやな。噂とは違うみたいやけど」

「ああ、俺は自然を愛する男だ。それより、スパスパをやめろ」

「……嫌や」


 燐火は首を縦に振らない。彼女のこと知っている。確かに今日は辛い日だろう。

 彼女も、こうみえてスパスパしたのは初日だったはずだ。


 だけど、良くないものは良くない。


「じゃあ、俺に寄越せ」

「はあ? なんであんたに言われなあかん!?」


 このままでは埒が明かない。奪い取って、無理やりにでもやめさせよう。


「な!? 何すんねん!?」


 俺は、無理やりスパスパを奪い取った。

 地面に捨てようと思ったが、さすがにそれはまずい。

 

 とりあえず、口に咥えながら離れて、どこかゴミ箱に捨てよう。

 しかし、生まれて初めてのスパスパ。

 もちろん、吸わないようにしないと。


「……ふう」


 口に咥えた瞬間、燐火の様子が――おかしくなった。


「~~~~~~ッッッッ!? あ、あ、あ、あ、ああ、あああんたぁ!?」

「なんだ?」


 顔を真っ赤にして、怒っている。とはいえ、これはダメなことだ。

 絶対に俺は引かな――。


「そ、それって、かかかか、間接キスやん!? は、恥ずかしいやんかぁ……」

「……へ?」

「うちの唇とあんたの唇がごっつんこしてるねんで!?」


 おかしい、なんだか燐火の様子がおかしい。


「わかった……うちもうスパスパやめる。あんたがそこまでうちを好きでいてくれるんやったら、もうやらへん」


 なんだか知らないが、俺の言うことを聞いてくれるみたいだ。


「わかった。じゃあやめ、ゴッホオオオオオオオオ!? ごほごほごほ……」

「だ、大丈夫? どうしたん?」


 まずい、吸いこんでしまった。スパスパ初心者だと思われると、面倒なことになるかもしれない。


「いや、ゴッホがな……ゴッホがいい絵なんや。あれめっちゃいい絵なんや。向日葵とかな、めっちゃええで」


 誤魔化せるか? ていうか、俺なんか、関西弁になってへんか?


「めっちゃ知的やん……素敵」


 あ、うん。思ってるよりも単純で良かった。

 とりあえず限界だったので、俺は逃げるようにその場を後にし、トイレにスパスパを流しておいた。


「さて、二時限目からか……。初授業楽しみだな」


 

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 *スパスパはこの恋愛ゲームの独自のものです。

 実在する煙のなんちゃらと関係はありません。


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