第四話 主人公からは嫌われている件

「で、次はねえ」


 ガラリ、と扉を開く。

 入学式を終えて、既に授業が始まっていた。

 いや、黒板を見る限りでは、委員などを決めている最中なのだ。


 教室に戻っておけと伝えた通り、昂然燐火こうぜんりんかは椅子に座っていた。

 正ヒロインの結崎ひよのさんの姿もある。


「藤堂くん、遅刻?」


 先生が、俺を見て飽きれてため息をついた。

 燐火もおそらく言われたのだろう。


 先生の名前は、なんちゃら凛だ。ごめんなさい、忘れてしまった……。

 凛先生の見た目は、まさにドエスで鞭を持ってそうな感じだ。

 タイトスカートがより雰囲気を醸し出している。

 とはいえ、優しい先生なのだ。素直に謝罪すれば許してくれるだろう。


「はい、すいません」

「……まあいいわ、座ってくれる?」


 近づいて謝罪したつもりが、身長が高いが故に威圧したかのようになってしまう。


 クラスメイトの面々は、どれもが見知った顔だ。

 いや、攻略したことのある人ばかり。


 しかし俺は気合を入れなければならない。


 俺――藤堂充は、その非道な行いによって、クラスから迫害されてしまうのだ。

 その後待っているのは一家離散。

 そうならないためにも、皆には俺が良い子だということをアピールしなければならない。


 おそらく今の印象は最悪だ。

 ここから取り戻さないと、俺に明日はない。


「……充さん」

「あ、ひよのさん」


 何と、隣がひよのさんだった。

 ここは主人公の席だったはずだ。なぜこんなことに……。


「燐火さんと何をしてたんですか」


 あれ、確か途中で別れたはずだ。なぜそれを……? 見られていたとしたら、下手に嘘をつくわけにもいかないな。


「世間話だよ。鯉をね、マイナスイオンして、ゴッホなんだ」

「なるほど、確かにあそこは癒されますね。それと慣れないのであれば、スパスパはほどほどにしてください」


 凄い読解力だな。最低限の言葉で誤魔化そうと思ったが、さすがヒロイン只者ではない。


「先生、誰もいなかったら俺がやりましょうか?」

「あら、天堂くんお願いしていいの?」

「いいですよ。中学時代もやってたので、なんとなくわかりますし」


 恰好を付けてるわけでもないのに、女子生徒の黄色い囁きが聞こえる。

 背筋をピシッと伸ばして挙手したのは、この『陽キャ陰キャ学園こと陽陰』の主人公――天堂司てんどうつかさ


 神に愛された凛々しい顔立ち、全てを理解する天才的な頭脳、釈迦をも超える性格。

 運動能力も既に五輪級で、全てを超えしもの。

 陽キャの上位カーストの上位に君臨する男だ。


 このゲームではめずらしく主人公のスペックが高い。

 それこそが売りでもある。自分では到底成しえないことを全て成し遂げてくれるのが、この天堂司なのだ。


 とはいえ、それは段々と自信を付けていってからのこである。

 彼はまだ卵で、これから色々な出会いを経て成長するんのだ。


 その重要なキャラクターとして、正ヒロインがいる。

 このイベントも、その通過儀礼。

 

 天堂司と結崎ひよのは学級委員のペアとなり、お互いの理解を深めていくのだ。

 だからこそ俺は窮地に立たされることにもなるのだが……ここは様子見しておこう。


「じゃ、女子はどうしましょうか」


 ここでひよのさんが、サッと手をあげるはず。


 しかし、声は聞こえなかった。


 思わず顔を向けると、ひよのさんは前を見ていなかった。

 ずっと俺の顔を見ていたのだ。なんだったら、机をこっちに向けている。


 いや、せめて正面でしょ!?


「な、何してるんですか?」

「このほうが、充さんのお顔を拝見しやすいので」

「いや、黒板を見ないと……それに回りがざわついてきたんだけど」

「そうですか」


 こんなに話しが通じない人だったか……? 目がハートマークになっているも関係もしてそうだ。

 さすがに目立つと良くないので、俺の腕力で机をぐいっと向けた。

 不満そうにしているが、仕方がない。


 その時、拍手が聞こえた。


「じゃー、女子は毒無州どくぶすさんに決定で、これからは二人で仲良くね」

「よろしくね、司キュン♡」

「……ちっ」


 な……あれは女子キャラクターでぶっちりぎの最下位、毒無州どくぶすさん……。

 色々と容姿の説明をしてしまうと、なんだかコンプライアンス的にまずいので察してくれ。


 というか、今天堂くん、舌打ちしなかったか? そんな……キャラだっけ?


「じゃあ、次は美化委員、誰か立候補は?」

「は、はい! 花が好きなので、是非」


 今は考えないでおこう。俺は手をピンと伸ばした。

 美化委員――不良を払拭するには持ってこいだろう。

 幸い俺の前世は綺麗好き。花を愛でれば世界を救えるという言葉がある。


 教室なんて、もっと余裕だ。


「藤堂くんね、ほかには?」


 そんな俺を見て、周囲がヒソヒソと会話する。


「大丈夫かよ、花っていっても、違法なやつ育てたりしねえだろうな……」

「もしかして……浄化だっていって、殴る蹴るの暴力を正当に行うためとか?」

「いや、違法なものを隠すためじゃないか? 美化委員なら、好きに教室をレイアウトできるはず」


 好き放題言われているが、もちろんそんな気は一切ない。

 今は仕方ないので、黙っておくことにしよう。でも、ちょっと悲しい。


「え、昂然こうぜんさんやってくれるの? え、結崎ゆいざきさんも?」

 

 先生の言葉に驚いて顔を向けると、左右で二人が手をあげていた。

 お互いに視線を合わせると、眉間の皺を寄せに寄せて睨みつける。


「私は美化委員を中学時代もやっていました。お役に立てると思います」

「うちなあ、こうみえて綺麗好きやねん。家なんかピッカピカやで」


 何故だかわからないが、喧嘩しているのか。

 というか、美化委員ってそんな人気だっけ?


「うーん。一人でいいんだけど、どうしようかしら?」


「先生、私の家は塵どころか埃も落ちていません」

「そんなんゆうたら、うちの家かてそうや」


 ばちばちばち、二人の闘争心に気づいた先生は、仕方なく二人を任命。

 俺たち三人が、晴れて美化委員になった。


 その時、俺は殺気を感じた。

 感じたことがないほど、背中に悪寒が走る。


「…………」


 異様な目つき、前のゲームでは考えられないほどの圧。

 矛先を俺に向けていたのは、天堂司てんどうつかさだった。

 

 その瞬間、前世の記憶が蘇る。


 誰かの言葉だ。


 世界は均等を保つ。


 -が生まれれば、+が生まれる。


 ――その逆も叱り。



 何かが――世界が壊れてる音がした。

 

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