奴隷少女を買ってみたがヤマシイ気持ちなど一切無い【読み切り版】
加藤ゆたか
奴隷少女を買ってみたがヤマシイ気持ちなど一切無い
俺は冒険者アルタ。
まあ、聞いてくれ。厄介なことになった。
俺はこの国の出身ではない。ただ、この国でダンジョンをクリアし名声を手に入れれば国王から何でも一つ願いを聞いてもらえると聞いてやってきたのだ。それが俺みたいな外国人でもだ。
自慢じゃないが、俺は故郷では指折りの冒険者だった。だから、当然この国でも俺の名が知れわたるまで時間はかからなかった。
すでにダンジョンのクリアは目前になっている。俺の望みはもちろん富だ。大金を得て故郷に帰る。そうすれば俺の冒険者ランクは更に上がるだろう。
ところが有名になるのも考えものだった。俺にたかろうと連日よからぬ輩が寄ってくる。
今日、俺の元を訪ねてやってきたのは奴隷商人の女主人だった。どうやら、女主人は俺に奴隷を売り込みに来たらしい。
しかし、俺の故郷の国には奴隷はいない。この国ではまだ奴隷という制度が残っているようだが、正直俺には嫌悪感しかない。
女主人の後ろには、髪がボサボサに伸び放題で、見るからに栄養が足りないヒョロいボウズが立っている。狼の獣人だろうか? 俺が獣人を見たのもこの国に来てからだった。この国の奴隷はほとんどが獣人などの亜人、元犯罪者たちだと聞いた。たまにエルフもいるらしいが。
「ヒッヒッヒ。アルタ様。ごきけんうるわしゅう。今日、私めがご紹介したいのはこの子でして……。」
「俺は奴隷は買わないぞ。」
俺がそう言うと、女主人に促されて一歩前に出たそのボウズがビクリと反応する。何歳だ? こんなガキを買って何ができる? 男の獣人は力が強いという話だがまったく筋肉がついているように見えない。
「この国の冒険者は奴隷をダンジョン攻略のパーティに入れるらしいな。ソロ攻略の俺に売り込みに来たのか? だが、そんなガキに何ができる? それとも一人前になるまで育てろと言うのか? 俺にそんな暇はない。」
「おおお……、申し訳ありません、アルタ様。決してそのような……。どうかお怒りをお収めください。この子はアルタ様に買って頂けなければどうなることか……。」
「何だと?」
この女商人、売れ残りのガキを俺に押しつけるつもりだったのか。おかしいと思ったぜ。ガキとは言え、こんな細い体をした男の奴隷を欲しがる奴はいないということだ。
しかし、それを聞いてしまった俺はこのガキに同情を寄せてしまった。俺が買わなければこいつはどうなる? 奴隷として生きられる道があるならまだいいが、最悪処分される可能性もある。胸くそ悪い話だぜ……。
「おい。俺がこいつを買わなかったら、こいつはどうなる?」
「おおお……、そんな恐ろしくて恐ろしくて……。」
「ちっ。……おい、お前。俺に買われたいのか?」
「は……はい!」
か細い声だが、しっかりと答えやがった。しょうがない……金なら多少ある。奴隷制を受け入れるのは抵抗があるが、俺のせいでガキが一人死ぬのはもっと受け入れがたい。要は俺がこいつを一人の人間として扱えばいいということだ。俺がこいつを立派な冒険者にしてやる。
「わかった、買おう。」
「ヒッヒッヒ。ありがとうございます、アルタ様。」
俺は女主人に代金を支払った。ガキとはいえ、たった百万で人間の命がやり取りされるとは。俺の手に奴隷の主人の証が魔法で刻まれる。これで俺も奴隷持ちか。
「ボウズ、名前は?」
「……ヒカリです。」
「ヒカリか。よろしくな。こうなったからには、俺が一人前の冒険者の男にしてやる。」
「え?」
ヒカリと名乗ったそいつは驚いた様子を見せた。
「アルタ様。いいえ、いいえ、女の子ですよ、ヒカリは。この通り、可愛い顔してるでしょう? もちろん処女です。いい買い物しましたね! ヒッヒッヒ! 」
「はぁ!?」
女主人がヒカリのボサボサの前髪を上げてヒカリの顔を見せた。上目遣いで俺を見つめる赤く頬を染めた少女の顔がそこにあった。
◇
「国外に出れないだと!?」
俺は奴隷持ちになったことをこの国のダンジョンを管理している冒険者ギルドに届け出て、初めてそのことを知らされた。
「ええ、奴隷を国外に連れ出すことはできません。」
冒険者ギルドの職員の女はしれっと答える。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「奴隷をお売りになれば……。」
「そんなことは出来ない!」
それはヒカリを奴隷として扱うということだ。奴隷のいない国で生まれ育った俺はヒカリに一人の対等な人間として接すると決めたのだ。売るなんて死んでも許されない。
「……では、奴隷から解放するしかないかと。」
「解放か……! そうか、ヒカリが奴隷でなくなれば……!」
それならば俺も納得できる。ヒカリを奴隷から解放して普通の少女として生きていけるようにする。いいじゃないか!
「どうすれば奴隷は解放されるんだ?」
「自分の身柄を主人から買うのです。」
「なんだ、そんなことなら——」
「ただし、奴隷が自分の力で得た金でなければなりません。そして、奴隷には主人のみが対価を支払うことができます。」
「つまり……?」
「奴隷に労働をさせる必要がありますね。」
「労働……。冒険者としてパーティを組んだ場合はどうだ?」
「ええ、もちろん奴隷は充分に稼げます。価格表は奴隷ごとに異なりますが、主人はその証の魔法で確認できますよ。」
ギルドの職員が俺の手に刻まれた奴隷の主人の証を指差したので、俺は眉をひそめつつまだ見慣れていない模様のついた自分の手を見た。
「奴隷がいくらで自分を買えるかもそれでわかります。」
「そうか……わかった。ありがとう。手間をかけたな。」
本当に俺は何もわかってなかったな……。まあ正直、奴隷制など関わりたくないと思っていたからな。
しかし、これで目標は明確になった。ヒカリを奴隷から解放する。だがその前に、俺はヒカリに一人で生きていける力をつけなければならない。
俺は俺とギルド職員とのやり取りを見守っていたヒカリに声をかける。
「ヒカリ。わかったか? 俺はお前を一人前の冒険者にするぞ。」
「はい、ご主人様!」
俺は結局、冒険者としての生き方しか知らないからな。俺にはヒカリを冒険者にすることしか出来ない。
ちなみにヒカリには俺をご主人様と呼ぶなと伝えたが、奴隷の魔法のせいでそれ以外に呼べないようだった。それならば仕方がないと好きに呼ばせている。
ヒカリの価格表は宿に帰ってから確認しよう。冒険者としてヒカリとパーティを組んだ時、俺がヒカリに支払う対価はいくらになるのか。どれくらいでヒカリは自分を買うことができるほど稼ぐことができるのか。最短で進めなければならない。
「ヒカリ、美味いか?」
「はい、こんな甘くて美味しいもの食べたことありません……。ご主人様はお優しいです。」
「ははは。こんなものでいいなら、これから好きなだけ食えるぞ。」
ヒカリはアイスクリームに目を輝かせ、一口食べるごとに感動していて微笑ましい。これから俺がヒカリに普通の人間の生活をもっともっと教えてやらないとな。
俺はヒカリを俺と同じ剣士として冒険者ギルドに登録し、ヒカリの装備を一通り購入すると宿に戻った。
「へ? 奴隷に一部屋与えるんスか?」
「そうだ。」
宿の主人の府抜けた返事に苛つきながらも、俺は冷静に答える。俺がヒカリを一人の人間として扱う以上、部屋は別。当然だ。この国では異例のことだろうが、俺はこの国の人間ではない。勝手にさせてもらう。
「ふかふかのベッドです! すごい! 本当にここで寝ていいんですか? ご主人様?」
「ああ、もちろんだ。」
「夢のようです、ご主人様!」
「ふっ。じゃあ、また明日な。今日はゆっくり休め。」
「はい、お休みなさい、ご主人様!」
まったく、ヒカリにこんなにも喜ばれるとつい甘やかしたくなってしまうぜ。危ない危ない。
◇
俺は自室に戻ると、手に刻まれた奴隷の主人の証を見る。ヒカリの価格表を確認するためだ。
俺が証に念じると、目の前に価格表が表れた。
「なになに、掃除三百、洗濯二百、料理五百……家事ばかりだ。しかも安い……。」
これがヒカリの労働に対する対価ということか。ほとんどが数百程度の価格になっている。
「冒険者パーティに参加した場合は……一時間あたり千五百。ただし、クエストの報酬は配分次第か。」
やはり可能性があるとしたら冒険者しか選択肢はないようだな。
念のため、俺は価格表を上から下まで一通り眺める。
「ん? 性奉仕……ゼロ?」
やるかどうかは別にして、確かにヒカリは女の子だから可能だろうが……。
ゼロとは何だ? 価値がないということか?
「はぁ……バカバカしい。」
俺があんな子供に手を出すものか。それに対価ゼロならヒカリにとっても意味がない。忘れた方がいいだろう。
「それよりも……そろそろか?」
コンコン。
タイミングよく俺の部屋を扉を叩く音がする。
俺は扉を開けて、一人の女を部屋の中に招き入れた。
「今日も呼んでくださったんですね、アルタ様。うれしい。」
「ふふ、待っていたぞ、サラ。」
これも俺がヒカリに別の部屋を用意した理由のひとつ。
ヒカリがいたら買った女を部屋に呼べないからな。
「アルタ様、ささ、こちらへ。」
サラは早々に服を脱ぐと俺をベッドに呼び寄せる。サラを買うのは今日で五回目か。
俺が定期的に女を買うのは結局、俺に言い聞かせるためだ。俺は冒険者として成功している。金もある。だが、お前は金を払わなければ女も抱けない、その程度の男なんだ、勘違いするなよと。それで俺はようやく精神のバランスを保っている。つまり女を買うのは俺にとって必要な儀式というわけだ。
決してヤマシイことをしているわけではない。だからヒカリに隠れて女を抱いても、罪悪感は決して無い。決してな……。
◇
ダンジョンでモンスターにヒカリが一太刀を浴びせ、モンスターは悲鳴と共に消えた。
「よし、いいぞ、ヒカリ!」
ヒカリの剣士としての筋はよかった。獣人としての才覚なのか、敏捷に相手の攻撃を避けては隙を突いてカウンターを浴びせる。
「ありがとうございます、ご主人様!」
俺に褒められると嬉しいのか、ヒカリは尻尾をぶんぶんと振った。
純粋な目で俺を見るヒカリに俺はタジタジになる。
くそぉ、ちょっとした仕草が可愛いんだよな、こいつ……。
ヒカリは俺にだけ懐いている。俺がヒカリの頭を撫でるついでにその大きな犬のような耳を触ると、気持ちいいのか俺に身を任せるようにしてされるがままだ。
「今日はこれくらいにして帰るか。」
「はい!」
パタパタと俺の後を小走りについてくるヒカリ。
いつもの通り、宿の部屋は別々にとる。
そして俺は今日もサラを部屋に呼んであった。
「アルタ様……。あの奴隷の子だけど……。」
「……ヒカリのことか? どうした?」
サラと夜の一戦交えた後、ベッドの中でサラが俺にぼそりと言った。
「いえ……。あの子のことも抱いてるんですか?」
「は? まさか。俺がそんな風に見えるか?」
唐突にサラにとんでもないことを聞かれて俺は驚いた。
しかしサラは俺の答えが意外だという表情をして続ける。
「すみません、アルタ様……。でも、どうしてです? 奴隷の女の子を買うって普通……。」
「俺は別にそういうつもりで買ったわけじゃない。それに、あいつの性奉仕の対価はゼロだったんだ。意味がないってことだろ。」
俺のその言葉を聞いた時、サラは合点がいったというように頷いて、俺に教えてくれた。
「ああ、アルタ様。性奉仕の対価がゼロということは、あの子はアルタ様に心から抱かれたがっているということですよ。奴隷の価格表の性奉仕の項目は親愛度を表してるんです。」
「え!?」
なんだって? ヒカリが俺に抱かれたがっている?
「しかし、ヒカリはまだ歳が。」
「獣人は成長が早いですから、あの歳ならもう成人です。」
「そうなのか!?」
信じられん……。完全に俺が間違っていたのか……。
サラはベッドから出ると俺に言った。
「それでは私はこれで失礼しますね……。実はあの子、私が部屋を出る時にいつもじっと私のこと見てたんですよ……。」
「そ、そうだったのか……。すまなかった。」
「ふふふ。あの子を一人の女の子だと思うなら、気持ちに応えてあげてください。きっと今も部屋の前で聞き耳を立てているはずです。」
サラが部屋の扉を開けると、そこには本当にヒカリが立っていた。
「ヒカリ……お前。」
「ごめんなさい、ご主人様。ヒカリは悪い子です。」
「いや、俺の方こそ悪かった。」
サラと替わって部屋に入ったヒカリに俺は聞いた。
「ヒカリ、お前、本当に俺のことを……?」
「はい。ご主人様はお優しくて、最初に私の気持ちを聞いてくださいました。嬉しかったんです。この人なら大事にしてくれるって。だから、ご主人様に買っていただいた時、私はご主人様のものになろうって、すべてを捧げようって思ったんです。ご主人様……、大好きです!」
瞳を潤ませて俺を見つめるヒカリ。
堪らず俺はヒカリを抱きしめた。奴隷じゃない、一人の少女として俺の中でヒカリの存在はこんなにも大きくなっていたのか。
ヒカリの頬が紅潮して、俺が肌に触れるとピクリと肩をふるわせる。俺がそっと撫でるたびに、ヒカリは尻尾を左右に振る。俺の腿にこすりつけるように動く腰は、自然とそうなってしまうようだ。
「ヒカリ。いいんだな?」
「はい、ご主人様。ヒカリは幸せです……。」
ヒカリを奴隷から解放できる日はいつになるかわからないが、その日が来てもきっと俺はヒカリを手放したくないと思うだろう。
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