第69話 恩寵 【5/5 改稿】




【初稿時からの主な変更点】

 初稿ではマツバがバロルク0ノイから降りていましたが、乗ったままに変わりました。

 第70話は変更なしで、次回更新は第71話改稿になります。






 〇 〇 〇





 その謎の青紫のステルス機はレーダーに一切反応せず、突然アラン・スノータスの部隊の前方に出現すると、隊に向かって真っすぐに突っ込んで部隊に嵐を巻き起こした。

 衝撃波を浴びた多数の機体が航空能力を失い、ほぼ墜落間近の不時着や緊急脱出を余儀なくされた。


 今の地上に降りたとて安全ではない。部下の無事を早く知るには、このラトーが渦巻く状況を打開する他にない。


「全機散開、それぞれの位置の方向へ直進して散れ! 僕と中佐以外は奴を追うな!」

「バイスタティック・レーダーだ! ステルス機でも挟み撃ちすればレーダーの反射からは逃げられねえ! 他にコソ泥が潜んでないか、発信の連携を取って見張りを続けろ!」


 ラムノ率いる部隊との交信が途絶え、代わりにアランの部隊がラトーの侵略を防ぐ最前線へ急遽移動した。

 レトリアたちティルノグとの交信も途切れがちのようで、司令部の不安は隠そうとしていてもひしひしと滲み出ている。


 アランの部隊を荒らすだけ荒らした青紫の戦闘機は黒い柱方向に向かっていく。

 その目的は不明だが、行動は読める。

 アランはマスクの中で深呼吸をすると、慌てずに緩やかに斜め上へ上昇を続けた。


 黒い柱に到着した青紫の戦闘機は、ほぼ直角に大きな蜻蛉とんぼのような機体を上向けて急上昇してみせた。

 大気の抗力を完全に無視している。


 しかし距離を少なくショートカットできたアランのTMR‐0が、衝撃波すれすれのすぐ近くに喰らいつく。

 機体の性能はこちらを大幅に上回っているが、パイロットの性能はもしかしたらそれほど遠くはないかもしれない。

 いや、TMRの実力はこんなものではない。もっとできるはずだ、君も、僕も……!


 手袋の中がもぞもぞとして気持ちが悪い。明らかに体内に異変が起きているが、無視できる限りは無視してみせる。


「大佐、ラトーの毒の量が計器を振り切ってるぞ! これ以上の追跡は危険だ! 一旦下がれ!」

「そう言って、君が奴を追うつもりだろうマックス? 仮にも上司を出し抜こうとは大胆不敵にも程があるな!」

「こんの……バッカやろ……!」


 その通り、馬鹿だ。

 自分は今、興奮している。アランは十分に自覚していた。

 興奮はいい。地上の苦しみも、空に散っていった仲間の悲しみも、忘れさせてくれる。

 自分が風に吹き飛ばされれば終わりの一粒の砂にも満たぬ存在と知らしめ、自由に飛翔させてくれる。


 しばらく並走を続けていたが、振り切れないと判断したか青紫の戦闘機の飛び方が変わった。

 この近距離ではミサイルは撃てない。機銃か、それとも……。


「妨害電波だ! マックス、電子フィールドを張れ! 機器がやられるぞ!」

「!!」


 とっさに二人は左手のECMディスプレイに指を走らせた。間一髪、計器の狂いは防げたが、隙ができてしまった。

 青紫の戦闘機との距離が開いていく。気付けば真上の空も同じ青紫色に染まりきっていた。

 染まるものか。

 最後の賭けで、アランは音声を飛ばした。


「直接攻撃する意志はないと見た! 話がしたい! どこから来た! なぜラプセルに来た! ラトーとの関係は何だ!? これから何をするつもりだ!」


「何だ、まだゴミがこびりついていたか」


 冷たい返事が返ってくる。とりあえずラプセルの人間と似たような口を持った生物であることは分かった。


「私はラプセル空軍第二攻撃隊のアラン・スノータス大佐だ! 貴様は何という星から来た!? 名を名乗れ!」

「名前だと? そんな墓標ぼひょうにこだわっているから、貴様ら人間はいつまでも天の国へ行けぬのだ」

「何ィッ!?」


 アランより先にマックスが怒り出す。

 ところが、次に流れた音声はさらに素っ気ないものだった。向こう側に通信が入ったらしい。


「こちら50クィーガ。はい、“種”の育成は順調に……え? 中止せよ?」


 筒抜けになっているのは単なるミスか、相手にされていないだけか。

 アランは必死に会話の内容を暗記した。


「しかしこれからエンデエルデに向けて増援が来る手筈では……いいえ、承知いたしました。これより鋏の方へ向かいます」


 エンデエルデを狙っているだと? 何のために?

 敵の目的の一端を知り、アランの鼓動が激しく波打つ。


「哀れな人類め、次会うときにはこんな地獄から解放してやる」


 そう言い残してクィーガと名乗るパイロットは飛び去っていった。


「待てッ!」


 飛び去るというより、上空の光に吸い込まれていくようだった。

 追おうとしたアランとマックスも、光を浴びた。



 その光が優しく機体たちを包み込むと、急に速度が下がり始め、方角を何もかも見失ってしまった。

 どんな電子フィールドも通用しない、空間そのものへの圧倒的な干渉。

 しかし怖くはない。不安や焦り、興奮さえ消え失せ、ただただ安堵の息が漏れる。


 もう戦わなくてもいいと言わんばかりのあたたかさがそこにはあった。





 〇 〇 〇






「う~ん、何だ?」

「なんだか……不思議な夢を見ていたような……」


 とりあえず人のいないところでバロルク0から降りよう。遠くの方で、花畑に埋もれていた人々が次々と起き出した。拡大して見ると肩や頭からはらはらと花びらがこぼれ落ちている。


「おっ? 皆治ったのか?」

「ああ、寒いだろうが奇跡が残ってる間は凍死の危険もあるまい。空を見上げてみろ」


 見ると天と地を繋げていた黒い柱はとうに消えて、代わりに空一面を黒い蜘蛛の巣模様がびっしりと覆っていた。

 何となく神樹跡の枯れてひび割れた幹が、地割れの如く大地を覆っている様子を思い出す。


「“巨人”に吹き飛ばされてハダプに磔にされた“種”だ。ああなってはもう力はない。材料のラトーもじきに散り散りになるだろう、その掃除は面倒だがな」


 8,000mより上にも雲はあるがその層は薄い。

 黒いヒビに覆われた雲の隙間から、幾つもの優しい光芒が降り注いでいる。

 天空の闇と地上の闇に挟まれた光の梯子が、きらきらと揺らめいている状態だった。


「ふ~ん、これも神様のくれた奇跡ってやつか?」

「オーバーフローを起こしただけだ」

「オーバーフロー?」

「人の国への神の介入は、大いなる混沌カオスをもたらす。お前たちが人の姿を取り戻した分、どこかで別の誰かがまた歪みを引き受けたに過ぎない」


「よく分からんけど俺らが助かった代わりに遠くの誰かがとばっちり受けたってこと? まあ、俺の知ったこっちゃないけど」


 黒い兜がぐるりと0の方を向いた。

 顎の存在しないがらんとした風貌に、背がすくみそうになる。

 どうやって喋ってるんだ?


「本当に、そう思っているか?」

「なんだよ……じろじろ見て。アンタから聞きたいことはいっぱいあるけど、それより早いとこ0から降りて他の避難民と合流しないと」

「待て、今“巨人”から降りても“神樹”に見つかるか、死んで天使どものゾンビにされるだけだ。五体満足で帰りたいなら、降りる前にここで増幅のやり方を叩きこんでおけ」


「増幅?」

「最初に登録が行われたときにお前と“巨人”を繋ぐアームがあっただろう。あれをもう一度引き出して繋げたままにしておくんだ」


 始めてバロルク0に押し込まれたときのことを思い出すより先に、操縦席の後ろからアームが出てきて俺の手首を掴んだ。

 ケーブルが手首に絡みつき、一本だけ残して後は操縦席の中に戻っていく。

 それから、ハンドルレバーが操縦桿のすぐ横に現れた。


「それは完全手動だ。目盛りを中の……中の下ぐらいの高さにしておけ。これで“巨人”とお前の一体化が進行した。レバーを上げるほど能力は格段に跳ね上がるが、その分反動も大きい。長時間一体化しすぎると“巨人”に乗っ取られる。レバーの位置は常に気を配れ。これで最低限の準備はできた。あの方角に注意しておけ。赤い光が見えたら、東……太陽が沈む反対側へ逃げろ」


「赤い光?」

「レトリアだ。もうすぐレトリアが、“巨人”を壊しにやって来る」



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