第68話 奇跡
ユークが
エドとニーナと蝶のミルルクは、モノリス下の筐体ディスプレイに映るレーダー映像に釘付けになっていた。
左半分の画面を、バロルク
もう右半分、“種”を映すレーダーも上部分を中心に青紫に染まりつつあった。
謎の戦闘機が飛び回っている位置から識別不能を示す文字で画面が埋め尽くされていく。
「なんだこいつは? 妨害電波でも出してるのか?」
『あの新型戦闘機がバロルク0を操っているんです! 戦闘機だけではありません、ハダプの外からも軌道高度に乗せて衛星を送り出してきました。ハダプの外と内で連携して妨害波動を送ってきています! え……妨害ではない? 神と直接、交信を試みている!? ──』
本部とのやり取りに気を取られてか、蝶からのミルルクの音声が途絶えて羽ばたきだけの静寂が束の間流れた。
「うっ、うわあああ!?」
すると突如エドたちのいる地下空間全体が激しく揺れ出した。
はるか上の暗闇から埃が雪のように舞ってくる。
『種がハダプに……! そんな、このままだと地上が! いえ、その前にマツバさんたちが!』
「何だ、何が起きてんだ……?」
『通常私たち天使は遠くに
「じゃ、じゃあ今この地下が揺れてるのもバロルクと戦闘機……と神様の仕業だってのか……!?」
「でっ、でも宇宙線って大気圏内に突入した時点でほとんどバラバラになってて……物質に影響をおよぼさないほど微弱になるはずなんじゃ……」
『神ですよ神! そんな人の国の物理現象とは訳が違います! レトリアさえいなければ、本来は時空から時空へひとっ飛びです! でも今この状態で無理に顕現でもされたら、次元崩壊どころか何もかも変貌してしまう……!』
「冗談じゃねえ、あんたらが信じる神がどれだけ強力なのか知らんが、これ以上ラプセルを滅茶苦茶にされたら
『聖典や預言機の相違はあれど我らが信仰する神は同じなのですが……神が過激派の無謀をお許しくださるか、それともお怒りになるか……こうなったらもはや祈るしかありません……』
「散々人を振り回しておいて何だそのへっぴり腰は! クソッたれ、蝶なんか頼りにならねえ」
しおれた風に翅をしぼませるミルルクにそう言い捨てると、エドは筐体を離れて、モノリスの裏側の一番配線が絡み合っている場所に向かった。
『な、何をするつもりなんです?』
「この遺跡がお前の言う通り、神代の戦争の跡に幾つもの時代が上書きされて出来たっていうんなら、神代に近い遺物が他にも埋もれてるかもしれねえだろ! マツバやラーとの通信を復活させるんだよ!」
〇 〇 〇
雲に突き刺さっていたバロルク0の杭がみるみる集まって鋏の形を作り上げた。
ハダプの外に突き出たような大鋏が青紫の空を裂くと、裂けた隙間から今度はこの世のものとは思えない
正確にはハダプを切り裂いてというよりはハダプを貫通して、という風だ。
「なんだこれ、ゲートか? ハダプも切り裂いてゲートが作れるなんて、こんな機能があるなら最初から言ってくれよな~ミルルク、ミルルクさん? エド?」
『
通信が切れたのかミルルクたちの返事はなく、代わりにバロルク0かららしき音声が聞こえてきた。
「カウントダウン? 0になったら鋏がなくなるってこと?」
『開闢終了後、当機は動力切れのために一切の機能を停止する。──298』
秒と分の中間、体感で30秒くらいだろうか。不思議なリズムで数字が減っていく。
「死にたくなけりゃさっさとゲート作ってハダプから出ろってコトか……」
今はハダプを貫通しているだけだが、下手にハダプを切り裂こうもんならこの空間全部が上空何kmのとんでもない空気に晒されて全部おじゃんになるかもしれない。
また邪魔が入る前に、俺は鋏の先端部分をウィンドウスクリーンに拡大して意識を集中させた。先端より0の胴体に近い根元に集中した方がいいと分かるともっとスピードが増した。
俺はプロフェッショナルでもないし、ミクロとは正反対のマクロな場所ではあるが、心臓外科医が術部を拡大して手術を進めるイメージで手首のスナップをきかせていく。
俺がいるコックピットは鋏の持ち手部分にあたる。鋏は斜め上を向いてるから上から光が降り注いでくる。
夜明け前、太陽が出る寸前の空を縛り付けたような青紫色の空間に白い光が斜め上から差し込んでくる光景は、まるで流れ星を間近で見上げるようだった。
0越しだから失明はしないが、とにかく眩しい。
「この鋏で切ったところからゲートができるって寸法か。ちょっとデカすぎるが、ま、小さいよりはいいか」
そこまで来て、俺は光の隙間のウィンドウの片隅に黒い“種”の柱が映りっぱなしになっていることに気付いた。
昆虫標本のピン留めの要領で、鋏がハダプに干渉したことで位置が固定化でもされたのか?
いや違う。
それは段々近づき、段々どろどろに溶けあったおぞましいラトーの姿がはっきり見え出した。
むしろ“種”が俺たちの空間に迫ってきている。
青紫の飛翔体もこっちに向かっていた。
空よりも濃いその青紫の戦闘機は、幅広の翼に大口径の砲塔を誇示するように直進してくる。
『──280』
バロルク0よりも鋏よりも小さいと分かっていても、ぽっかりと開いた黒い眼窩に覗き込まれているような恐怖感に襲われる。
黒い二つの穴が鋏の光に臆せず突っ込み、どんどん存在感を増してくる。
その後ろで“種”の先端は勢いを増して上昇していき、重みがついたように曲がって弧を描き出す。
地獄と天国が直接くっついたような、不気味さと神々しさが渦巻く光景。
『──200』
ためらう暇なんかないのに、不吉な予感に胸が押し潰されそうになったそのとき、
『こっちだマツバ! こっちを切れ!』
「……エド?」
0のカウントダウンに紛れて、エドの声が聞こえた気がした。
ミルルクとの通信とは違う、頭の中に直接響くのではなく、それは後方から聞こえてきた。
しかし、鋏と正反対側の後方を映そうとしてもウィンドウは一切反応しない。
操縦桿もびくともしない。
「なんでだ!? アムリタ切れか!?」
『──120』
なのに鋏は俺の意志を無視するかのように、勝手にぐんぐんと切り進んでいく。
「アムリタ切れではない。外部操作が入ったのだ」
次に話しかけてきたのはしわ枯れた生気のない声だった。
正面スクリーン中央に、人の形をした影が光を浴びて浮かんでいた。
正確には人の形ではない。頭のある部分はぼこぼことあちこち凹みきっており、右腕からは曲がりくねった枯れ枝が何本にも分かれて伸びている。
あの、人ならざる形の兜と枯れ枝の鎌の男だった。
「あんたは、病院にいた……!」
枯れ枝の鎌が、青紫の戦闘機の前に立ちはだかる。
何枚もの鎌がぶわっと広がって戦闘機に覆いかぶさり火花を飛び散らせる。
青紫の戦闘機とバロルク0、どう関係があるのか分からないが、すると操縦桿が再び動くようになった。
「間もなく、神が降臨する。俺もこの景色を見たことがあるから分かる。俺がこいつを止めているうちに、斬る方向を反対側に転換させろ。どうせ、どっちに転ぼうが天使どもは神の祝福だと好き勝手解釈してくれる。そう作られているから」
『──50』
心なしか、カウントダウンが早くなっているような……。
「で、でもこの状態で鋏を動かしたらハダプがぶわーっと切られて中にいる奴ら皆死んじゃわないか?」
「いい質問だな。お前が乗っている“巨人”の最後方を映してよく見てみろ」
「へ?」
言われた通りに0の一番後ろを映すと、前方よりも光一色の眩しい光景が広がっていた。何も確認できない。
「既に奇跡は始まっている。極めて不完全な形で……。今危険なのは鋏のそばにいる者ではない。鋏の後ろにいる者なのだ」
そういえば天使どもの戦艦に入った時にエラーっぽいの起こしていたような……。
「バロルク0から光が漏れ出しててそっちの方が危険ってのか? んなアホな……」
「その通りだ。神造兵器でも故障をすることはある。お前という乏しい動力とこの鋏の勢いから見て、持って後十秒が限度だろう。つまりハダプの外の心配をしている暇があったら、全力で最後の可能性に賭けろということだ」
「ええぇ……」
『──10』
「時間がないぞ! 全力で後ろを向け!!」
言われるまでもなく、回転する。
操縦桿を強く握っただけで、全身に痺れが走った。
「こっちも限界だ! 斬り裂けぇっ!!」
嵐の中にいるような、爆炎に包まれるような、あらゆる激しい衝撃を感じるのに、不思議と身体は軽い。
『──0』
青紫の空に亀裂が走る。亀裂が空を割り、俺はその真っ白な亀裂の中に吸い込まれていく。
もう“種”も戦闘機も枯れ枝の男も見えない。
花畑になった人々も見えない。
ただ、あたたかくて優しい、とろけるような声が最後にはっきりと聞こえてきた。
『──愛しているわ、レトリア……』
「……ぶはぁ!」
目を開くとバロルク0は一面の花畑に埋もれていた。どこかの高山にでも不時着したのか?
「起きたか。お互い無事で何よりだ」
枯れ枝の男の節々とした甲冑が目に入って俺は飛び起きる。
「こ、ここどこ!?」
「寒いのは脱出できた証拠だ。ここはもうハダプではない。あの後お前が下を向いて斬り裂いたゲートに俺たちは吸い込まれ、地上……近くのここに不時着した。上を見てみろ」
見上げると白い金網のようなものが幾重にも張り巡らされ、そのさらに向こう側にハダプにいた頃には見えなかったどす黒い暗雲が立ち込めている。雲の下には出られたってことか?
しかし横や下をのぞいてみようにも、白い金網に覆われていてここがどこだかははっきりしない。
「ここは地上約8,000m、スータム山脈の霊峰に匹敵する高さだが、ハダプよりはずっと人の国に近い。俺たちが今乗っかっているのは神の奇跡のなり損ない、お前に無駄撃ちされた鋏の開闢跡だ」
事もなげに枯れ枝の男は言い放った。
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