第66話 鋏




 ウロヌスをおびやかして憂さ晴らしした後はミルルクの指示通り、引き続きゲートの作成に移った。

 操縦桿を一旦離すことで設置の完了をバロルク0ノイに伝えると、右の壁から新たにレバーが出てきた。


 それを前に押し出すと雲に突き刺した杭が一斉に浮き上がり、高速で回転を始める。

 ミキサーで雲をかき混ぜているようにも見えなくない。

 その下にみるみる光の輪が出来上がっていく。


『フラル接続領域拡大──カシミール因子の増加を確認──』

「な、なんか頭に流れる声が増えたんだけど?」


『本部の基地接続が順調な証拠です! アンヌ・ダーター本部とラプセルを繋ぐゲートもほぼ復旧が完了しました。ハダプに閉じ込められたマツバさんと通信できたのも、フラルで針を送れたのも、バロルク0とアンヌ・ダーターの力があってこそですからね』

「このゲートはどこに繋がってんの?」


『首都カタリンの郊外のぎりぎり防御次元に入らない領域に、特殊なシールドを施しました。アンヌ・ダーター本部と接続できるゲートを隠してあります。到着後ただちにアンヌ・ダーターが“種”破壊用に開発いたしました秘密兵器をお渡しします。マツバさんとバロルク0の関係が外部に漏れないよう、しっかり防衛もしますからご安心を!』

「安心できねえ~」


 などと話し込んでいるうちにバロルク0の下に広がる雲も空の青色も消えていき、夕空の茜色だったり夜空の紺だったり、とにかくここにはない筈の色が幾重にも花畑の下に広がってきた。


 が、突然それらが放射状にひび割れてしまった。


『エラー、エラー、エラー。対称性の復元が発生、因子流出、重力場の修復に移ります……』

「あれ、なんか止まったぞ」

『むむっ、ハダプの謎粒子が重力波の形成を妨害してるようですね。自動で片づけてくれますから待機しましょう。急ぎたいところですが……』


 ふと正面のウィンドウに目をやると、場所の定まらないハダプの外の景色、映ったり消えたりを繰り返す“種”の脇に、空の色とは違う青い飛翔体が動いているのが見え隠れしている。

 青というより青紫に近い巨大な鳥の形をしているが、はっきりとは見えない。

 外の景色の位置がころころ変わるので、何が起きているか全く把握できない。

 空間は滅茶苦茶だが時間の流れはこちらとあちらで等しいようだ。


 二機の、おそらくラプセルの軍の戦闘機が青紫の飛翔体を追って上昇しているのが見えた。


『あれはまさか……衛星受信で増幅!? マツバさん、まずいです、もっと急いでください! “種”の速度が急上昇しています!』

「え、何!? 聞こえない!」


『角運動量調整中』

『内部軌道回転の再充填が必要』

『アーカイブ、再構築完了』


 ゲート作成が止まってからというものの、頭の中の声がうるさくて仕方がない。

 低い音声がバロルク0、たまに混じるより高い方の音声がアンヌ・ダーターの通信、という何となくの察しはつくようになったものの、低い方のバロルク0の音声が騒がしく鳴りっぱなしだった。



 俺の意志に反して0が大きく回転し、ラムノが倒れている青い花畑に向かった。


『超粒子加速熱源要確保。アーカイブ通りに再現を行う』


 言っていることはちんぷんかんぷんだが、どうやらラムノのラトーに似たあの力をゲート作成に利用するらしい。

 0ののっぺりつるりとしていた部分から幾つものパーツが浮かび上がり、中から光が漏れ出る。

 花畑の隙間からラムノの朦朧とした眼が出てきた。まつ毛が力なく震えている。


「あ……う……」

「ラ~……」

 ラーが心配そうに鳴き声をあげた。


 この状態で使役できるのか……? 効率悪くないか……?


(す、ストップストップ! なんか大佐使う以外他に方法ないの? 神様の兵器だったら単独でなんかやれるんじゃないの?)


 脳内でバロルク0に呼びかけてみる。

 たいして期待してなかったが、ラムノを照らしていた光線がふっと切れた。

 わずかの間静寂が流れる。


『重力波生成中止、開闢かいびゃく発動に移行。ただし現在パワーが不足しているため、代償として途中でシャットダウンする可能性大。それでも実行する場合は、このまま操縦桿を握り続けること』


 そこでやっと俺はハダプの向こう側の空が、毒々しく青紫色に染まっていることに気付いた。

 何が起きている?


『エネルギー遷移実行』


 すると、せっかく雲に刺して回った杭が一斉に抜けて宙に浮かび上がり、らせん状の渦を巻き出した。

 渦は上下に分かれ、それぞれ横一列に並びだす。

 杭だけでは足りないと言わんばかりに、俺は何もイメージしてないのに0からパーツが浮かび上がり、列を増やし出した。

 ウィンドウに映る青紫の空と、その下の雲を切り裂くどこまでも長く伸びた二つの刃。



 呆然としたまま操縦桿をきつく握りしめると、上下の刃が合わさり、空に亀裂が走った。

 鋏が空を切っているような馬鹿げた光景が広がっていた。




 〇 〇 〇




 やった! とうとうティルノグにまでたどり着いた!

 レトリアは剪定中で身動きが取れない。“神樹”の意識も封じた。レトリアの喉元に刃を当てたも同然だ。


 シフォンとスグルに隙はない。

 “巨人”の頭部はティルノグのレーザーをあっけなくかわして容易く侵入を成し遂げた。


 興奮が油断にならないよう冷静に神経を尖らせつつ、シフォンは戦闘態勢のままのティルノグの外殻を駆け上っていた。

 右手にはごつごつとした砲塔が積み並んで深い暗がりを築き、左手の曇天は薄暗闇に時折目印のように雨を光らせる。


“神樹”の防御壁のおかげで、裁司たちはまだ意識を保っているが長くは持つまい。

“種”はあらゆる物質を原初の花の姿に戻し、その際に放出されるエネルギーを凝集して天の国への扉を作り上げる。

 人間だろうがラトーだろうが神の機械だろうが、を“種”は浄化していく。

 この星の生命はトイヒクメルクによって“底の国”フラル回路に縛り付けられてしまった。

 天の国に行けないまま、狂ったレトリアのエネルギー源として搾取された人の魂は底の国で澱みやがて新たなラトーになる。

 澱みは遠く次元を隔てた天の国にまで及び、神との通信もままならなくなってしまった。


 この鎖を断ち切るには“底の国”ごと皆天に還る他ない。

 レトリアはフラルは外付けの機械であり、先天的な能力ではないと人々に洗脳を施してきたがそれが仇となった。

 じきにラプセル中が天の国と直接つながり、人の身体では得られなかった永遠の幸福を授かる。



 これで私もスグルも本物の天使になれる。本物の天使になって、ラトーだった頃の醜い苦しい記憶を消し去って、あの微かに触れただけで神と繋がる歓びで満たされた、完全無欠の楽園、天の国へ行ける──。



 悦び勇んでシフォンがティルノグ最上部のデッキに飛び乗ったそのとき、


「シフォン・ニングラット──」


 凍てついた男の呼び声が、雨と共にシフォンの耳を打った。



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