第65話 剣山




「そんな大声で怒鳴るな! 誰かに聞かれたらどうすんだよ!」

『聞こえてるのはマツバさんだけです!』


 明後日の方向に怒鳴る俺を見て、ウロヌスが気味悪そうに後ずさりする。


『おい、聞こえるかマツバ!』

『ま、マツバさ~ん、いったいどういうことなんですか~……この蝶々はいったい何なんです……!?』


 続けざまにエドやニーナの声まで聞こえてきて、俺は飛び上がった。


「エド!? ニーナちゃん!? あんたエドたちまで誘拐したのか!?」

『誘拐じゃなくて救助です~! 私たちがいる場所が次元崩壊で危なくなってきたので、マツバさんとの通信復帰も兼ねて地下遺跡まで避難誘導しました!』


『お前が病院に行ってる間こっちは大変だったんだぞ! 警察が家宅捜索に来て、特許の件でしょっぴかれるとこだったんだ!』

「警察!? 特許!?」


 特許、と聞いてウロヌスの動きがぴたりと止まった。


『ラトー襲撃で警察沙汰はうやむやになったけど、ラーは逃げちゃうし、家には帰れないし、ママは心配だし、変な蝶にさらわれるし……もうどうしたら……』

「あ、ラーなら俺と一緒にいるけど」

「ラ~!」


 しょげこんでいたニーナの声がぱっと華やぐ。


『ラ~! ど、どうやって家からマツバさんのところまで来たの……!?』

「俺だって聞きてえよ。ミルルクに会ったってことはいろいろ一方的に言われただろうけど、天使って名乗る連中の中でも特に悪い派閥が暴れ回って、あちこち空間がおかしくなってるらしい。ラーが俺のとこまで来たのも、ミルルクがエドたちの前に現れたのもそれが原因だろ」


『とにかく! もう地上にも過激派の侵略影響が出てきています。一刻も早くマツバさんにハダプから出てきてもらいたいのですが……バロルク0ノイでもハダプ内でゲートを作るのは極めて至難……ですが、今回みたいなピンチにちょうどぴったりなアイテムをご用意いたしました!』

「通販番組か何か?」


『今フラルに乗せてお届けしますね~大丈夫、小さいからマツバさんのフラルへの負担も小さいですよ!』

「わあああっ!」

「うっわっ、なんか出てきた」


 ウロヌスと俺が驚くのもお構いなしに俺の掌から針……?のような小さく尖った物体が数本出てきた。


「ええい、こんな奴といつまでもこんな場所にいられるか! 俺はこのバロルクに乗るぞ!」

「あっ、待てっ!」

『マツバさん?』


「それがさ~今なんか違う奴がコックピットの中に入って、俺は追い出されちゃったんだよね」

『な、なんでそんなことに!?』


「言わせてもらえればね、俺はあんたら天使に突然飛ばされてきたせいでラプセル内では非常に立場が弱い人間なわけ。迷子と一緒、分かる? そうだよな、エド、ニーナちゃん。ローレンス家が拾ってくれなかったら俺は今頃路頭に迷ってたよな?」

『それは分からんが……まあ弱いもん同士、誰が欠けても研究が成り立たんのは確かだ』

『ま、マツバさんに帰ってきていろいろ説明とかしてもらわないと、ラトーから助かっても私たち檻に入れられちゃいます~……!』


『でっ、でもラム──』

 ラムノを出されると話がややこしくなるので俺は遮った。


「天使はどうか知らねえけど、人にはそれぞれ立場ってもんがあってそうそう自由には動けんの。無敵のメカがあろうが、強い軍人様だろうが、信じてついてきてくれる人がいないと何もできねえんだわ。今もさ、0から出て他の人たちと合流した途端に花が咲くパニックが起きてさ、皆0に群がって大変で俺なんか隅に追いやられちゃってさ。もう俺とさっき言った一人除いて皆花になっちまった」

『……その無事な人はなんで無事なんですか?』


「さあ、CFRFってやつのおかげ? 言っても分かんないだろ、あんたらが俺に分かんない命令するのと同じで」

『あ~もう、悪かったです! その点については本当にお詫びいたします! だからその埋め合わせのためにこっちも頑張ってるんです! この事態が解決次第満足いくまで話し合いますから! まずは今送った針をよく見てください!』


「何なのこの針?」

『これはですね、早い話がアンヌ・ダーターが“巨人”胴体発掘時に分析したデータとそこから得た御神託を元に開発したバロルク0の拡張パーツです。この際コックピットに入った人のことは無視して進めちゃいましょう。いい機会だから説明しておきますと、登録認証されているマツバさんなら、ハッチに関係なく自由にどこからでもバロルク内に入れるんですよ』


「そんなことできんの?」

『そう、逆を言えば登録者以外はコックピットにいようが何も操作できないんです。ですから放っといても問題ありません。試しに手のひらをバロルクにぐい~っと押し当ててみてください。強ければ強いほどいいです』


 言われた通りに、手のひらを0のコックピットがある場所からだいぶ離れた下部に押し当ててみる。



「うおおおっ!?」

「どわあああっ!」


 手のひらから光の線が何条にも走り、走った部分だけ0が凹んで俺の全身の形に窪みができた。

 代わりにウロヌスが入っていったハッチの箇所が隆起して、中からウロヌスが転がり出てきた。


『うまくいきました?』

「なんか急に中に入れて……んで、代わりにコックピットに侵入してたおっさんが弾き飛ばされた……」


『マツバさんと0がすると同時に、登録者と登録者が認めたもの以外は異物として拒絶されるシステムなんです~。マツバさんが搭乗しないと起動しないシステムですが、くしゃみでウィルスの侵入を防ぐのと同じですね』

『くそ……何かとんでもないことが起きてるのに、点々しか表示されねえ……! この点滅してるのがマツバか?』


 エドの悔しそうなうめき声が頭に響き、俺は0に吸い込まれたと思ったらまた何条もの光線に囲まれて、それが走り去っていったと思ったらもうコックピットに着席していた。頭上から伸びたアームが慣れた仕草で俺の両手首をつかむ。


『さあ! “種”がハダプの上に行ってしまう前に急いでやりますよ。たとえ原初のバロルクでもハダプの中から外に出るのは困難です。出るためには、出ようとする発想を捨てなくてはいけません』

「発想を捨てる?」


『そう、境目があるから出られないんです。であるハダプをに変えるには、外と内を同じにすればいいんです。今のマツバさんたちは風船の中にいると考えてください。風船を割ってしまうことはできませんが、少しずつしぼませていくことならできます。バロルク0ならそんな風穴にだってなれます。発想を変えて──ハダプではなく、0の中にゲートを作ります』

「全然分からん。どういうこと?」


『え~と、上から送られてきた説明書を読み上げますね。ページ数が多いから、そっちに転送するより私が読むのが早いかと』

『お前、蝶を操ってる本体は今どこにいるんだ? 視覚と聴覚はどうなってる?』


 アンヌ・ダーターの技術力が気になって仕方がないらしいエドがしょっちゅう口を挟んでくる。


『うるさいですね! 混乱するからやめてください! え~、操縦桿の上のパネルをずらして、さっきの針を投入してみてください』

「はいはい」


『次に、0の胴体を脳内でイメージして、ほんの一かけらだけちぎってみてください』

「ふんふん」


 そう簡単にイメージと言われても、取っ掛かりようがない。

 しかし目を閉じた途端に、俺が思い描いただけの白いぼんやりした丸い塊が、詳細な型をはめ込んだように正確無比の0の胴体部分に早変わりした。

 これが0と登録し、接続しているが故の力なのか?


 正確に作ってもらったイメージの一部を切り離すと、外で本物の0の一部もカチリと外れて浮き上がった。欠けた部分を埋めるように即座に新しいパーツが補充され、脳内のイメージも修復された。


『実際の0の一部も切り取られて、また元通りの形になりましたか?』

「なったなった」


『やった! 成功です! 今送った針のような物体を、0が取り込んで情報を同化して書き換え、何千倍もの大きさに自己複製したんです。これで0は己をすり減らすことなく、どんどんパーツを増やすことが出来ます。小麦粉でパンが膨らむようなものですね。神代の“巨人”は1を100にできちゃうんです! さあ更に針を送りますからバロルク0をどんどんしてやりましょう。切り取ったパーツを杭のように雲に差し込んでください』

「へえへえ」


『花になってる人々をぐるっととり囲んで、柵みたいにしちゃいましょう! 杭と杭の間は狭ければ狭いほどいいです』

「ほおほお」


 ウィンドウを引き伸ばして視野を広げ、空間の端から端までを確認すると、後は0がどんどんやってくれる。見る見る間に人でできた花畑を囲む柵ができていった。


 と、その中で一人、やっぱりウロヌスが蠢いている。

 他よりかなり遅れた進行だが、少しずつ花は咲き始めていた。耳の中からくすんだ色の花が出てきている。

 0の杭が近くに刺さる度に、牛のような肩を怯えて震わせる。


「ひっ! な、何だこの攻撃は……!」


 試しにウロヌスの足元に狙いを定めてぶっ差してみると、蛙のように腹を見せて無様に足をばたつかせてひっくり返った。


「ひいいいいっ! ま、マツバくんか!? 何故こんな真似を!? さ、さっきの発言は謝る! 本心ではないんだ、水に流してくれ!」

「本心ねぇ~せっかく譲り渡してやった特許にイチャモンつけて警察に手回したのも、本心ではなかったんですかねぇ~」

『あ!? マツバ、そこにいんのはウロヌスか!?』


 エドの声をあえて無視して俺は杭を打ち続ける。この状況下でウロヌスを追い詰めるには特許と警察の単語だけで十分だった。


「どわああっ! な、なんて残酷な、ひどい、頼む、やめてくれ! 俺はノウゼン社は切り捨ててもよかったが、マツバくんのことは買ってたんだぞ! いや俺は本当は嫌だったんだがタルタンが技術譲渡なんて生ぬるい、徹底的に叩き潰したいって言うもんだから仕方なくな……マツバくんだけは俺が拾ってやってな、噂のCFRF─αもウチの力でもっと大々的にPRして……」


「ごちゃごちゃやかまし~!! CFRF─αも掠め盗って自社開発ヅラするつもりだったんだろが!! 今さら話の分かる奴のツラしても種は割れてんだよ! 助けてもらいたけりゃその場で逆立ち即前転土下座でもやってみな!!」 


 ウロヌスの頭、肩、手足をぎりぎりの線で取り囲むようにどどどっと杭が打たれた。

 俺のアバウトな指示の後に0の調整が入る。

 その修正で頭上で杭がゆらゆら揺れるものだから、ウロヌスの恐怖心は倍に膨れ上がるのだった。


「っつわ……! ぐうえっ……! たっ、たすっ、ひょええええええええ!?」


 哀れなウロヌスはまな板の鯉兼図体のでかい赤ん坊と化し、気絶するまで手足をみっともなくばたつかせ続けた。



 そんな俺の戯れをよそに、ミルルクが無邪気に声をあげ、ニーナがどっとため息を吐く。


『やったー、0の識別反応どんどん大増幅の大成功です! 上も大喜びです! これで二千人超一気に運べるゲートができちゃいます!』


『は~、何が起きてんだろう……でもこの蝶々レトリア様の……敵、なんだよね……? レトリア様の敵に協力したなんて知られたら、わっ私たち、檻どころかもうラプセルにいられなくなっちゃう……』


『あ、その心配なら大丈夫ですよ。もうすぐレトリアが目覚めます。現段階の我々ではまだ勝ち目はありませんから、レトリアに観測される前に一旦撤退します』



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