第63話 昇天
「アレが古代の神って本当ですかウロヌスさん!?」
「スタンツ様は何故そんなことを!? どうして国民に隠してたんですか!?」
「アレで地上に戻れないんですか!?」
ウロヌスの周りに一般人、軍人関係なく群がる。この熱気ではラムノの叱責も効果は薄いだろう。
上から目線で命令してばかりで何も解決してくれない軍人たちよりも、恰幅が良く堂々とした喋りのウロヌスの方に人々の信頼は急速に流れていった。
「あー、諸君落ち着きたまえ。俺にもアレの詳しいことは分からん、発掘に協力しただけだからな。スタンツ氏は世界を救うためとおっしゃっていたが、詳しいことは一切話してくださらなかった。中に何があるか分からん、近づかん方がいいだろう」
「大佐、何なのでしょうか、あの白い物体は……。私には何だか、強そうな兵器にも見えますが……」
「……分からん。私にも分からんが、ウロヌス氏はアレについてどこまで知っているのか……」
「多分ほとんどハッタリだ。フラウシュトラス家のお大臣様が、アレに関与していたのだけは確かかもな」
不安げなラムノとソフィアを制して、俺たちは遠くで様子をうかがい続ける。
「世界を救う? そんな大仰なことを、なぜ国民に内緒に……」
「本家と分家は仲が悪いはずだが……もしやダンテ様の変な研究と何か関係があるのか?」
「私見たわ、リリカ様が私と同じ避難車両に乗っていたのを! リリカ様もこの中にいるはずよ!」
「何か知ってるに違いない! 見つけて喋らせろ!」
「えー、落ち着け落ち着け。落ち……」
今度はウロヌスの制止は届かなかった。新たな騒動が起きて、喧騒がまた一段と大きくなる。
「ねえ、何これ?」
「なんか爪の先から花が生えてきてるんだけど……フラルじゃないみたい」
「本物の花だ! 皮膚の隙間から生えてくるぞ!気持ち悪ぃ!」
赤、青、黄色、白、橙。突然人々の指や顔から花が芽吹き始めた。
「寒いよ……神様、レトリア様、早く助けに来て……」
「空気も薄い、急に本当に雲の中に来ちまったみたいだ……」
「皆さん、落ち着いて、冷静に……。一ヶ所に集まって、暖を……うぅ……」
さっきまで興奮しきっていた人々から力を失い、雲の中に膝や顔を埋めていく。
ラムノもソフィアも汗をかき、虚ろな目になり始めた。頭を抱えるラムノの右こめかみから、青い梅の花が咲き誇っている。
「マツバ、どうしてお前は……平気なんだ?」
ぴんぴんと平気な顔して立っているのは俺一人だけだった。
〇 〇 〇
『こちらカタリンC-5トイハロ地区! “枝”が崩壊し、防御次元が消失。ラトーが侵入してきます!』
『こちらC-6陸軍部隊、直ちに援護に向かいます。この通信が聞こえた班は協力を!』
『こちらジュハロB-3部隊、ラトーではない謎の攻撃を受けています。一部車輛が突然空間に現れた謎の暗闇に呑まれて、しょ、消失しました……!』
『こちらスパリス……海軍部隊が……』
「こちらティルノグ、直ちに防御次元の修復に向かいます。全陸軍はジュハロC-6以外総員移動を停止し、その場で避難民の防衛を、空軍は攻撃を続けながら徐々に撤退せよ、海軍は──後ろか!」
ユークは左半身でラプセル全域の被害状況を頭に叩きこみ、右半身でティルノグを操縦してマグメルの攻撃を
ティルノグの主砲に接続したユークの右腕から光弾が放たれ、上空に舞い上がった。
マグメルの光線と打ち消し合い、稲光が空中に走る。分機からも援護が入るが、無しの
ティルノグ周辺のラトーの攻撃が緩んだ代わりに、今度は戦艦マグメルの遠隔攻撃が始まった。
成層圏よりさらに上から砲塔のみを空間に出すマグメルと、低空を遮蔽物もなく必死に飛行するティルノグ。最大出力にしてあるシールドも徐々に剥がされていっている。
マグメル全貌はラプセルに侵入できない。が、侵入する必要もない。砲塔さえ届けば、ティルノグは袋の鼠だった。
黒、銀灰色、恒星と見間違えるほどの白い光、拡大画像が映す砲塔の色は目まぐるしく変わる。ゲートの向こう側から撃ってきている証拠だ。
今防御次元の修復に向かえば、ティルノグごとその地域も巻き添えになる。
脳内でユークは優先順位を組み立てる。
“種”の影響は高度が高いほど大きい。最優先はラムノたちの救出だった。
まずティルノグでハダプ圏内に突入し、ラムノたちが閉じ込められている領域範囲をしぼり込む。
それには敵である戦艦マグメルが役に立つ。マグメルからの主砲発射時に空間が歪めばそこからだいぶ限定はできる。
領域確定後にラムノの協力の元ガルダでマグメルと“種”を撃破し、ラプセル中の安全を確保してから防御次元の修復に向かう。
文章にすればあっけないがしかし、まずティルノグでハダプ圏内に突入するという最初の時点さえままならぬ状況だった。
本当に、訓練と実戦は大違いだ、持ち堪えてくれている司祭と軍部たちに会わせる顔がない……。
頭を抱えたくなる状況を、ユークは唾を飲み込んで耐える。
上空から巨大な眼のように覗き込んでくるマグメル砲塔を睨み返すと、ティルノグは突然狂ったようにジグザグに飛びながら回転して全方位にレーザーを乱れ撃った。
それに呼応して、秋のコスモス畑を逆さまにしたような光線がマグメルから降り注ぐ。
しなやかに咲く花のように真っすぐに飛んでから四方八方に弾け飛ぶ光、折れた茎のように突然曲がって狙い撃って来る追尾弾、光の洪水がたちまちティルノグを取り巻いた。
ユークが仕留め損ねた追尾弾を、分機の一体がすんでのところで打ち砕いた。
このままでは無駄に戦力を疲弊させるだけだ。
十年前、レトリアに見せられた光景がユークの脳裏に
また人々がラトーに食い荒らされて、そして、それから、花が一斉に咲いて──。
あのとき、手術を終えたばかりのユークの背丈はまだレトリアより低かった。
『70%あれば戦える。70%を超えたら剪定を中止して、私を叩き起こせ。それ以下でも何かあれば速やかに起動しろ』
レトリアの剪定はまだ50%を超えたばかりだった。
起動するか。いや、今不完全な状態でレトリアを起動させればその後がより大変になる。
マグメルの発射の癖はだいぶ読み取れた。あと少し、あと少し、で上回れる──。
届いた!
無我夢中で力を込めるユークの右腕に血管が青く浮き出た。マグメルの発射より先に、ティルノグが一際大きな光を放つ。
それを追うように赤い閃光が十字に光り、マグメルの砲塔を打ち砕いた。
『下がれ、ユーク。後は私がやる』
窓の向こうに浮かぶのは、暗雲を超えた蒼穹の空に靡く銀髪。
十年前から変わらない、今や自分より遥かに小さくなってしまった背中。
「レトリア様!? しかし、剪定がまだ……」
『疲れただろう、ゆっくり休め』
振り向いてレトリアが目を細めてにっこりと笑う。
有り得ないほど幼くて、無邪気で、普通の少女のような笑顔。
強烈な違和感に襲われながらも、ユークは口を開くことができなかった。
既に瞼は降りている。
〇 〇 〇
『
「うむ、シフォンとスグル、よくやってくれた。……二人とも、安らかに地の底へ還れ」
『? 申し訳ございません。最後のお言葉がよく聞き取れず……』
「構わないよ、ただの独り言だ。こちらは引き続き援護を行う。二人の偉業が、神の
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