第62話 天国への階段
『ラプセル上空に出現した“種”はラトーをおびき寄せ、栄養──我々人類にとっては猛毒──を吸収して肥大化します。あれが突き抜けてハダプの向こう側まで行くと、もう対処の仕様がありません。それまでに──ッ──』
通信が乱れてノイズが混じる。
「ユーク様!?」
『こちらは大丈夫です。……現在、“種”に便乗して侵入したのか、ラトーではない高度知性体の敵が複数観測されています。“種”の破壊を妨害するためでしょう。申し訳ありません、予測よりも救助が遅くなりそうです』
「ユーク様、それで我々は何をすれば?」
『プフシュリテ大佐、ガルダのユエはまだ手元にありますか?』
「はい! 決して離さぬように、背中に括りつけてあります!」
『それは何よりです。現状、“種”を破壊するにはガルダしかありません。こちらの敵を片付け次第、通信で合図を送ります。角度、向き、座標の調整が済み次第発射しましょう』
「お言葉ですがユーク様、ハダプ内の位置は特定できないのに、どのようにガルダのナラとユエを調整すればよいのでしょうか?」
『“種”を目印にします。ユエを構えた先に“種”が現れた瞬間に合図を送ってください。大佐と私が向かっている方角が一致した瞬間を狙います』
「しょ、承知いたしました。……ですが、それまでに他に何かできることはないでしょうか? フラルでこちらから位置を発信する、ラトーを散らして“種”の発動を遅らせる等……」
ユークと話し込んでいるラムノの顔色がどんどん悪くなる。ユークの作戦指示が相当な無茶らしいことと、ユークでさえ無茶な作戦を選ばざるを得ないという現状の厳しさだけは俺にもひしひしと伝わってきた。
『無茶な作戦だとは私も思います。しかし時間に追われている今、無茶を少しでも可能に近づけるのが一番の近道なのです。一応、発射準備の案は他にもありますが……細かい話はこちらの敵を片付けてから改めて連絡します。今はフラルと体力の温存に努めてください。そちらは我々も敵も手出しのできないある種絶対安全な領域ですが、ガルダを撃って互いに干渉するようになる段階には何が起きるか分かりません。難しいとは思いますが、その時が来るまでさらわれた人々を守ってもらえないでしょうか』
「もちろん、守り抜いてみせます! 国民を守り、不安を打ち払うのが軍の務めです。この場は我々が持ち堪えてみせます」
『ありがとうございます、どうか全員が生き延びることを最優先に考えてください。救助には必ず手を尽くします』
そこで通信は切れた。
「基本、お迎えが来るまで待ってろってことか」
「……口が悪いぞ、マツバ。これから先どんな衝撃が来るか分からない。避難民を優先して全員雲の中央に集まってもらって──」
そう話すラムノの後ろを、十数人が大声で騒ぎながら走り抜けていった。若い男性らを中心に、どこか興奮した様子だった。
脅しや武力で抑えつける訳にもいかず、仕方なく軍人たちが後からついていってる。というより、軍人たちも興味津々という風だった。
「おい、何の騒ぎだ!」
「あっちの方で白いコンテナみたいなのが転がってるぞ! 敵の兵器か?」
「違う違う! 何でも、ウロヌスさんがフラウシュトラス家の命令で発掘した古代の財宝だってよ!」
俺とラムノは顔を見合わせた。
〇 〇 〇
ウロヌスは冷や汗を拭って大きく深呼吸をする。
天使たちが人質の交換を承諾してくれて助かった。天使の方は人質にとったつもりは毛頭ないかもしれないが。
ウロヌスは自分と家族の手術は後でいい、スタンツの遺族を先に天使にしてやってくれ、と交渉してさらわれた人間たちと同じ扱いを受けることを希望したのだった。
神々しく光る天使を見てウロヌスに生じたのは神への畏敬ではなく、スタンツが妄信した新世界とやらへの得体の知れない恐怖だった。
急にさらわれてきたらしい無知な大衆に紛れ込んで、再びラプセルの青空を拝めたのはよかった。
しかし地上に戻ったところで自分はたちまち逮捕され、築き上げたものを奪われてぶっ壊されるのがオチだ。
死んだスタンツに罪を全部被せるにも限度がある。
自分はスタンツに騙されただけで何も知らない、という主張を補強する丁度いい材料は──
「何だあの白いの!? 雲じゃない、機械みたいなのがあるぞ!」
あった。
「ハッ……! あ、あれは……何ということだ! 何故こんなところにある!?」
「ご存知なんですか、ウロヌスさん!?」
遠目で白い巨体を確認したウロヌスは、大袈裟に腰を抜かして尻もちをつくフリをしてみせた。受け止める雲は柔らかい以前に感触すらなくて、どこか薄気味悪い。
「あれはスタンツ氏が発掘した古代の守り神……! どういうことだ、スタンツ氏の身にいったい何が……!?」
何故だとか、どこからだとか、誰がだとか、そもそも遺跡で見たのと同一のものかどうか、とかはウロヌスには全部どうでもいいことだった。
大切なのは、自分はほんの少ししか知りませんという線引きと、スタンツに騙された哀れな被害者というパフォーマンスの完遂だった。
どうせ人型兵器と自分の関与はすぐにバレる。だったらシナリオを書き換えるぐらいしてもいいだろう。
天使たちによれば、レトリアも我々人間の知らない内に書き換えてるそうじゃないか。
〇 〇 〇
「ええっ! じゃあお二人もマツバさんのお知り合いなんですか!? 奇遇~!」
「はあ、何なんだこいつは……」
目の前のけたたましく喋る緑の蝶にエドは頭を抱える。
自分はレトリアに騙されているラプセルの人間を救いに来た。
このままだと人間もラトーも、皆レトリアの生け贄にされてしまう。
でも今レトリアと敵対している過激派も、神の教えを間違えて誤った方向に進んでしまっている。
過激派が撒いた“種”が発動すれば、結局十年前と同じ悲劇になってしまう。
両陣営を止められるのは神に選ばれ、“巨人”に登録されたマツバしかいない。
明らかに怪しい存在の蝶?が何を言っているのかエドにはさっぱりだが、マツバの名前を出されるとそこから場の空気ががらりと変わった。
「しかし妙に危なっかしい、感覚のマヒしたヤローだとは思っていたが、マツバが異次元から来た武器商人だとは……。このヘンテコな蝶が信じられるって訳じゃねえがあのヤローならもしかしたら有り得るかもな……」
「ううう、情報がドバッと入ってきて、訳が分からないよぉ……。マツバさんは異次元から来た人で、神様がラプセルを救うために連れてきて、マツバさんを見つけないと私たちも危ないだなんて……。しかもそう言い張ってるのが変な蝶々って……」
頭を抱えるニーナの前で、ミルルクがこれ見よがしに羽ばたいてみせる。
「この蝶々は仮の姿です! 本体は別の場所にあるのですが、今は義体で入り込むのが精いっぱいでして……」
「いや義体って一言で片づけられても……人間の意識と感覚を昆虫へフルリモートで送り、昆虫の身体を人間の発声までできるように改造なんて、ラプセルの技術だと実現可能まで何年、いや何十年かかるか……」
「そっかあ。ラプセルの人々はレトリアのせいで、神からの恵みが著しく制限されてますもんね。かわいそうに……」
「あわわ、この蝶、レトリア様を呼び捨てばっかりして……」
「で、お前は結局ラプセルの敵か味方か? マツバを見つけてどうするつもりなんだ?」
「うーん、私自身はラプセルの味方のつもりなんですが、レトリアに洗脳されきってる皆さんにはラトー同様侵略者にしか見えないというのが正直なところでしょうね……。とにかく早くマツバさんに会って、ラプセルの崩壊を食い止めなきゃ!」
「崩壊って、いったい何が起きるって言うんだ? それをマツバがどうやって止められるんだ?」
「ラトーが防御次元を超えて押し寄せて、大量殺戮が始まります。でもそれは表面上の現象、カモフラージュでしかない。アンヌ・ダーターの最新の研究が正しければ……リセットされてしまうんです! 全部!」
「リセット?」
「あ! 始まっちゃった!」
エドたちの目の前、コンクリートでできた壁がぐにゃりと歪み、黒い血に似たようなものがどろりと垂れてきた。
それは一瞬の出来事で、気のせいかと思うほどすぐに元の景色に戻る。
しかし間もなく、耐えかねたかように今度は壁一面がぐにゃりと歪み、あちこちで黒い血が噴き出した。
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