第61話 ほころび




「大佐~!! いったい何者なんですの、この大佐にれ馴れしい男性は!? そこの貴方、お名乗りなさい!!」

「落ち着けソフィア、私はたまたま運よく脱走できてたこいつに道を案内してもらっただけで……」

「その通り。拙者は名乗るほどの者ではござらぬ」

「ふざけてる場合か!!」


 ラムノにお熱?の残念美人なソフィア中佐とも合流し、さっきまでラトーの群れに囲まれていたのが嘘のように周囲は人で賑わっている。

 あれからすぐに俺たちはバロルク0ノイから出て輸送機の元に駆け寄った。ラーは俺のジャケットの中でおとなしく丸まっている。


 なお、せっかく着けたパラシュートについてだが「こんな逃げ腰の恰好で部下の前に出られるか!」とラムノが脱ぎ捨ててしまったので、0からまた遠く離れた場所に隠した。俺も一人だけ逃げ出そうとしてる、などと絡まれないように外すことにした。



 それにしても不思議な雲の上だ。寒くもなく暑くもなく、青空が透けて見えるほどの薄い雲の層も、人間の足を柔らかく受け止めてくれる。逆に言えば、どれだけ雲の中や雲の外に手足を突っ込もうとしても、決して外に出ることが出来ないのだった。


 それから景色も目を離した隙にころころ変わる。後ろを向いてからもう一度振り向くと、空の色も雲の形もがらっと変わっていたりする。空の上であることに変わりはないが、すぐ下に海や陸地が見えるほど低い雲から、雲なんて存在しない筈の宇宙に近い紺色に一気に移り変わったりする。

 時々、ラトーに似た色合いの黒い影が見えるのも何となく気にかかった。


 当然人々は混乱しっぱなしで、ラムノの部下たちが「敵の攻撃を受けている可能性があるため、現在救難信号を発信しております。救助が来るまで勝手な行動は慎むように願います」と、冷静になるよう呼び掛けている。


 さらわれていた人々はラムノの部隊の軍人のみではなく、病院の患者や見舞い客等一般人も混じっている。


「多少の動揺や精神的不調は見受けられますが、帰還さえできればすぐに収まる範囲かと」

「説明を求める声が相次いでいますが、我々にも分からず……」

「大佐、ここはいったいどこなのでしょうか? もし敵の追撃があった場合、逃げ場はあるのでしょうか?」


 ラムノとソフィアが各班ごとに担当する人数を割り当てて、部下が度々報告に来る。


「分かったのは敵は次元空間に干渉する攻撃を得意としており、大規模な艦船を所有している。そして我々は機体を次元と次元の狭間で喪失してしまったことぐらいだ……。あの女はラトーを操っているような素振りをしていたが、ラトーとはまた関係ない別の侵略者の可能性も捨てきれない。私はあの女と接触し、交戦の末に中佐たちや市民の奪還は出来たが、女が乗っていた兵器は見失ってしまった」


 打ち明けていいこと、打ち明けてはならないこと、慎重に言葉を選んでラムノが発言する。


「くうっ……大佐が戦われていたときに、私は何もできなかったなんて……!」

「己を卑下するな、中佐。お前のフラルがなければ私はここまでたどり着けなかった。目覚めた人々の混乱が少ないのもお前のハーブの鎮静効果があってこそだ」

「大佐……!」


 ソフィアがまつ毛をはためかせて顔を輝かせた途端、ラムノの通信繊維が鳴り響いた。

 ラムノが目を見開いてインカムをいじると、俺たちにも声が届いてくる。その声を聞いて隣のソフィアも目を見開いた。


『プフシュリテ大佐、聞こえますか?』

「は、はい、こちらラムノ・プフシュリテ大佐であります!」


 ユークの声だ。通信が繋がったということは、ここは一応ラプセルの中なのか?


『よかった……救助に支障が出てしまい、申し訳ない。今そちらに何名いるか確認できますか?』

「部下に確認させている最中ですが、おおよそ二千人以上はいるかと。リストが手元にないため避難民の照合は不可能ですが、誰かはぐれた者はいないか現在聞き取りで調査を行っております」


『それは助かります。一刻も早く皆さんを無事に地上に戻すべきなのですが……その地上が今無事ではないのです』

「い、今どうなっているのでしょうか地上は?」


『単刀直入に説明していきます。現在皆さんがいる場所はハダプの境目、ラプセルの外と内の間です。ハダプというのは単に目に見えない壁というだけでなく、中に途方もない異次元を抱え込んでいます。私と敵の攻撃が正面衝突した結果、次元の裂け目を開くエネルギーが暴発し、宙をさまよう結果になってしまいました。敵を排除した後に、安全に皆さんの元に接続できればよかったのですが……』

「ハダプ……ということは、我々は今成層圏にいるということでしょうか? 近くに雲も見えたりするのですが……」


『ハダプ内はような空間です。そのためこのままでは救助に向かうために位置を特定することが出来ません。ハダプを脱出するにはプフシュリテ大佐、貴女の力が必要になります』

「私が……!?」


『空の景色の中に、ラトーの影のような黒い半透明の物体は見えませんでしたか? ほんの少しでも』

「はい、そういえば端の方に時折見えていたような……」


『アレは“種”の第一形態です。アレを壊さない限り、後三十分で防御次元が崩壊し、ラトーが地上に雪崩れ込んできます。十年前と、同じように』




 〇 〇 〇




 ラプセル海軍第一攻撃隊、ホルネオとスフィーはラプセル西部環礁沖で超巨大ラトーと長い間交戦を繰り広げていた。といっても、ほとんどは丘のように立ちはだかる触手を避ける防戦一方である。

 部下からわざと離れて交信を断ったのは正解だった。こんな奴を隊全体で相手にしていたら他の場所を守れなくなる。


 二人は慎重にフラルの出し時を見計らっていたが、半端な物量では無駄なのは尽きかけたフラルミサイルが証明していた。


 天気も悪化している。北の方からラトーと見紛わんばかりの黒雲が張り出してきていた。


「大佐、ここはボクに任せて! 新しい方法を試したいんだ!」

「……? ……! !!」


 スフィーが向かう方角を見て、何かを察したらしいホルネオががっちりと太い首を横に振る。


「お願い、ボクのひらめきを信じて! こんな奴ぐらい簡単に倒せるようにならないと、これからの戦いで前に出してもらえなくなっちゃう!」


 そう言いながらスフィーは返事も聞かずに行動に移す。

 海面すれすれまで急降下して触手を振り切ると、四十五度でまた急上昇。

 どこを行こうと壁のようなラトーに阻まれるが、行き止まる場所を選ぶぐらいはできる。


「雲に突っ込む!!」


 スフィーが目指す先は、ラトーの頭上にある黒雲だった。尋常ではない向かい風がスフィーと、後を追うホルネオの機体をさらに上向かせる。最新鋭のXでも空気の流れに打ち克てず、失速していく。


「ここだ!!」


 上昇をやめて、機体を風向きに急に素直に任せてロールした後にヨーイング。雲の真下へと機体は傾く。ラトーの触手は空振り、さらにそこにホルネオ渾身の蔦が絡みつく。

 容易く千切られてほどけたが、時間稼ぎには十分だった。

 既に超巨大ラトーの半身は積乱雲の中に突っ込んでいる。


 変わりやすい沖の天気に鍛えられたスフィーの直感が当たった。

 雷がラトーを貫き、空全体が眩しく光り輝く。


「やったぁ! ビンゴ!」


 雲の左右を通る二人はそのまま再浮上。

 修復の間を与えず、がら空きになったコアに残りのフラルミサイルを撃ち込んだ。硬かったコアは容易く砕け、崩れた先からあっけなく風雨にかき消されて消えていった。


「気象、方角、敵自身……あらゆるものを武器にしてやるんだ。こいつ程度に、ボクの“眼”を使うのはもったいないからね!」


 そう言ってはしゃぐスフィーだったが、ふと雨音や雷とは違う音に気付き、針路を変更して曲がった。

 ホルネオもその隣に追いつく。



 雲を超えて晴れ間に出た二人が遠くに見たのは、雲を突き抜けて伸びる黒い木だった。

 違う、その木は天から生えていた。

 天に生い茂る葉のような根を張り、大地に近づくほど幹は細い。しかしそれも段々と太くなっていく。


「ラトーが……吸い寄せられている……?」


 次から次へとラトーが集い、寄せ合って。




 〇 〇 〇




 ミルルクは首を振り振り、うんと大きく伸びをした。

 この義体はいい感じだ。小さくて軽くて省エネで、小回りがきく。

 マツバたちとはぐれたのは痛手だったが、“巨人”とマツバの無事が確認できたと同時に過激派たちの妨害も途絶えた。“神樹”の力も弱まった。恐らく過激派と“神樹”で大きな衝突が起き、互いに力をすり減らしたのだろう。おかげでほんの僅かだがこうしてラプセルの防御次元内に直接入ることが出来た。

 過激派たちもラプセルに侵入し、マツバたちの正確な位置はまだ把握できない。予断を許さない状況だが、ここまで近くに来たら波長を検分するより目視で捜索した方が早い。



 とりあえず目の前に座り込んでいる父娘?に話を聞いてみよう。


「もしも~し……」

「? こんな真冬に、蝶々……?」


「もしも~し、聞こえますか?」

「わわわっ……蝶々が喋ったああああっ!?!?」

「もしも~し、あの~私は人を探してる極々普通の蝶なのですが」

「おいうるさいぞ、何いきなり大声……ってうわああっ!?」

「ぎゃあああ! 唾をかけないでください!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る