第58話 達磨と奥の手
それは異様な光景だった。
本能のままに人類を無軌道に襲う黒い化け物が、一列に並んでゲートからゲートへ向かっていく。
「もしかしてこのゲート、ラプセルに繋がってんのか……?」
「やはりだ、ラトーをラプセルに強襲させていたのはこいつら天使だった……!」
怒りのあまりラムノが強く歯を食いしばる。近づこうとしたが、その前にまた壁が揺れ出した。
「また揺れてる……大佐、生身だと危険だぞ。中に入った方がいい」
「……分かった」
ラムノが素直にハッチを開けてバロルク
箱根細工の秘密箱を思い出す。
一見ただの木の箱だが、普通には開かない。少しずつ指で引いたり押したりできるようになっていて、正解の型を作り上げるとつっかえが取れてようやく箱が開くのだ。
来た方向の床が下に降り始め、反対に俺たちがいるフロア全体がせり上がっていく。
上昇すると壁はなくなり、見渡す限りラトーの行列が何列も何列も続く場所に出た。
出てくるゲートと入ってくるゲートがずらりと並ぶ様は、工場の大量生産を見ているようだった。
「何だこれは……いったい、何のために……全部壊せマツバ!こいつらも、アンヌ・ダーターも、我々の敵だ!ラトーのラプセルへの侵入を今ここで阻止する!」
両の拳を握りしめて激昂するラムノに俺は疑問をぶつける。
「大佐、その前に一つ聞きたい。なんでここからハーブの香りがしたんだ?今はどの方向から匂う?」
「それは……あそこだ」
ラムノが指さす方を振り向くと、俺たちが0に乗って浮かんでいるのは崖の端だった。
谷を挟んだ向こう岸にもラトーの行列は続いている。
が、最後方にちらりとラトーの黒ではない白が見えた。0のウィンドウ機能で拡大表示してみる。
「間違いない、深海で見たのと同じ輸送機だ! だが何故、ラトーと同じ空間に……?」
急いで向こう岸に行こうと0を飛ばしたが、見えない壁に弾かれてしまった。
「バリアか何かか? 破壊できるかな……」
「やめておいた方がいいわよ、アンヌ・ダーターの使い走りさん」
向こう岸から声が飛んでくる。あのライダースーツの女だった。
「お前は!」
「全く……とんでもないことしてくれたわね、貴女たち。神造戦艦に神造物をぶつけて穴を開けるなんてメチャクチャもいいとこだわ。でもおかげで“神樹”の眼を誤魔化せたし、遠回りせずにひとっ飛びでレトリアの元に行ける。これも全て神の御導きなのかしらね」
「何が神だ……! 偉そうなことを言ってないで人間たちを解放しろ! 何故人間とラトーを同じ場所に集めた!? ここは何のための場所だ!?」
0越しに吠えるラムノに女は余裕綽々の笑みを返す。
上目遣いなのに見下すような視線だった。
「待ってたわ、いい質問ね。ここはゲートエリア……天使たちが十年間せっせとラトーの出現する次元の歪みを観測、捕縛、収集、そして固定したエネルギー発生場。確かに本来は人間の来る場所じゃないんだけど、深海で貴女たちに邪魔されちゃったから、代わりにここからゲートを開こうってわけ」
「やはり……ラトーの大量出現は貴様ら天使の仕業か! ラトーを使役して人類を襲い、殺戮し、侵略しようと……そうまでして何故ラプセルを狙う!?」
「使役? 侵略? そんな野蛮な真似する訳ないじゃない、自分も獣のくせして動物に首輪をつけたがる人間じゃあるまいし。私たちはラトーの力を借りて追跡してるだけ。魂の流れを、魂の行きつく先を。ラトーがハダプを越えてラプセルに行き着くとき、ラトーの魂の欠片が零れ落ちる。そしてその力を一ヶ所に集中すれば、次元は破れ、ハダプの壁も意味を為さなくなる。まあ、人間を使うよりは効率は悪いけどね」
「ハダプ? ハダプは貴様ら侵略者が作った障壁ではないのか?」
ラムノの質問に女は唇に手を添えて吹き出した。
「まっさかぁ! いったい何教えられてんの? ハダプを作ったのはレトリアと“神樹”。ハダプが邪魔だから、天使はラトーと人間の力をちょっとずつ借りて十年近くかけて一生懸命ゲートを作ったのよ」
「有り得ない! ハダプさえなければ人類はとっくに貴様らの居場所を突き止めていた! 貴様らにそんな歪んだ嘘を吹き込んだのは誰だ!」
「それは貴女たち人類がレトリアに捕らわれて、都合がいいように改造されたから──っと、いけない。つい話が弾んでしまったわ。なんで私がこんなに懇切丁寧に教えてあげてるか分かる? 貴女たちと無駄な争いをしたくないからよ。最初から言ってるけど貴女たちは敵なんかじゃない。敵はレトリアと“神樹”だけ」
「ええい、貴様とこれ以上話していても無駄だ! そこをどけ、貴様も天使だというのならこれが何かは知っているだろう!」
「脅したくはないんだけど、もし深海でやったみたいに“巨人”のガンマ線瞬間閉鎖照射で破壊しようとしたら向こう岸にいる人間諸共木っ端微塵になるわよ」
「なっ……」
「レトリアに邪魔されてる今、哀れな人間は死んだって天の国に行けやしないわ。救済は天使に任せて、安らかにその身を委ねなさい」
すると二人の話をぼーっと聞いてるだけだった俺の全身に、突然猛烈な痺れが襲いかかった。
二時間以上正座させられた後のような、動く動かせるの問題の前に、神経がはたらく度にビリビリと肉体に電流が波打つ。
計器ウィンドウがエラー信号を出して真っ赤に染まる。
「ぐえっ、何だ!? なんか、すげえ力が、かかって……」
「ラ~~?」
「マツバ、どうした!? なんだ、あれは!?」
0の斜め上に白い巨大な面が浮いているのが見えた。それは剣道やフェンシングの面に似ていた。
中央に鼻のように盛り上がった稜線があり、その下に顎らしきごつごつしたパーツが広がっている。
「すごく強い反応……疑ってたけどやっぱり本物の“巨人”だったのね。お土産としては超一流よ。そんなものなくても今の剪定中のレトリアは仕留められるけど……
じゃあこいつが、0の頭部だって言うのか!?
アンヌ・ダーターと喧嘩別れした後で、戦艦も胴体以外を発掘していたというのか。
「うわあっ!! なんだ、力が吸われて……」
0の頭部、顎の下がこちらを向いて眩しい光を放つ。
全身の痺れでどうしても思考がはたらかない。
『重力制御解除、緊急手動操作停止。接続、開始』
ウィンドウが閃光で真っ白に染まった。0がぐるぐるとぶん回って、頭部の顎下に引き寄せられていく。
「凄い……これならレトリアの“鎧”だって叩き潰せる……。でも、手足がないとどうにも不格好ね」
「目が、目が回る~!」
「ラ~~~!」
「ラー!マツバ!くっ……」
操縦桿を握る俺の手をラムノが上から握る。
「大佐!?」
「落ち着いて目を閉じろ、マツバ。初めて会った時のことを思い出せ。私にアムリタを分けてくれた時だ!今度は私がお前にアムリタを送る。いいか、力を感じたら何も考えずに、目を閉じたまま放て!!」
手の甲が熱い。スーツ越しのラムノの掌が燃えるようだった。
頭部からの攻撃と、ラムノの掌で感覚がしっちゃかめっちゃかになった俺は無我夢中で操縦桿を強く握った。
「クソッ!!」
激しく揺れ動いていた0が停止する。それから、肉食獣が獲物の腹を切り裂くような、鋭いのに粘ついた音が轟いた。
凄まじい衝撃に得体の知れない恐怖を感じて、思わず俺は目を見開いた。
「キャアッ!?」
今度はあの女が驚く番だった。
黒い橋が、0と頭部の間にかかっていた。橋ではない。触手だ、真っ白で硬質な0から黒くぐにゃぐにゃとした触手が伸びている。
触手の中に青い梅の花がみっちりと埋まっている。
青と黒が混ざった藍色に近い触手が、頭部と胴体の間の光を鷲掴みにして、握りつぶした。
接続を掴んで引きちぎった黒い触手は、そのまま反動をつけて頭部をぶん殴る。
向きが狂った頭部は床の端にぶつかって跳ね返ると、そのまま力を失くしたように暗い谷間に落ちていった。
間近でラムノの荒い呼吸を聞いて、俺は自分が息をするのも忘れていたのに気づいた。
「大佐、今のは……」
「見たのか。目を閉じろと言ったのに……」
眉を下げ、諦めた顔でラムノは静かに言う。血が通っている証拠を示すように、頬は汗ばんでいる。
「そうだ。私ラムノ・プフシュリテは……人の姿でありながらラトーの力を持っている、人でもラトーでもない、正真正銘の化け物だ」
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