第57話 マグメル




『こちら二時機。射出装置を破壊されました、戦闘続行不可能。申し訳ございません』

「よくやった二時機、後は私がやります。即時母艦へ帰還せよ」


 ティルノグとその花弁は防御次元の上空で迫りくるラトーの大群をさばいていた。

 特殊訓練を受けた裁司たちのレーザー砲と機銃は正確にラトーの黒体を貫くが、その穴を埋めるように次のラトーがハダプの向こう側から降ってくる。

 防御次元も万能ではない。他の空間より頑丈というだけで押し寄せるラトーの大元を断ち切らない限り、いずれは限界が来る。

 十年前に神樹が潰されたときと同じように。


 ユークは目を閉じて見ようとした。


 何ものも傷つけること能わずとうたわれていた神樹が、あっさりとラトーの大群に押し潰された日のことを。

 それから今まさしくラプセルに降り注いでくるラトーの大群、彼らが生まれてきた場所を。


 まだ見えない。敵はまだ、ユークの罠が届かない位置に潜んでいる。掴んだと思ったら、泡のようにすぐ消えてしまう。

 ユークに力を使わせまいと、敵は絶えずユークの時間を奪っていく。

 レトリアとユークの敵は時間だった。


 まずはここを平らにしてからだ。

 レトリアが剪定から帰った後に人間が一人でも欠けていたら、絶対に嫌な顔をするから。





 〇 〇 〇





「第二甲板の損傷はどうなっている?播種はしゅに問題はないか?」

『現在、電磁シールドを展開して宇宙空間を遮断しております。完全な復旧には時間がかかりますが、航行と観測防止には問題ないかと』


 7シャハトと通信中の99ノハヌイが展望室からホログラムの艦内図を送る。赤い点がリアルタイムで動いているのがよく見えた。


『アンヌ・ダーターのバロルク胴体部は現在2-4艦橋真下を進撃中。7シャハト様の仰る通り誘導作戦に切り替えました。人間たちの一部をラトー換装室に運び、バロルクに誘爆させてゲートを拡大させます。発動の許可を願います』


 神造戦艦マグメルには特定の形状というものがない。四つの平べったい直方体を艦橋で繋ぎ合わせた形をしている。これは主に敵の攻撃を即座に避けて、即座に反撃するためである。横に潰れたと思えば縦に伸び、時にはバラバラになって独立行動を取ることもある。


「許可する。できればパイロットを説き伏せてやりたかったが時間がない。もしあのパイロットが本当に神に選ばれし外宇宙の者……であれば、自ずからラプセルへの道を開いてくれるだろう。もし偽物なら、ラトーや一部の人間と一緒に“燃料”にするまで。できれば全員を天使にしてやりたかったが……全ては神の御意志、私の判断など些末なことだ」





 〇 〇 〇





「てやあっ!!」


 先にラムノがロケットランチャーを持った兵を優先して銃やフラルの鞭で打ち倒し、その他大勢をバロルク0ノイがびゅーんと跳ね飛ばす。

 フラルは特性と訓練次第で様々に変化するというが、ラムノのフラルはド素人の俺でも超一級と分かる早業と強度だった。

 右にしなった茎の鞭の左側に敵が現れれば、たちまち左に曲がって叩きつける。とにかく隙がない。

 兵たちが一切喋らずに表情を変えずに静止していくのが不気味だった。

 機械なのだろうか?


「戦うのは時間の無駄だ。輸送機やその格納庫があるとすれば戦艦の外周部だろうが、さっきから同じ景色ばかりで今どこにいるのか判別がつかないな……。小部屋の扉が上下左右にも並んで、ここは居住区域だと思うが──マツバ、今度は後ろからだ!速度を上げろ!」


 手掛かりを探しにきょろきょろしていたラムノが叫ぶ。言われた通りに速度を上げていくと同時に、遠くで鋸をぎこぎこと引くような音が響いた。


「何の音だ?大佐、行ってみるか?」

「ああ、輸送機か何か大型機が帰投したかもしれない。あっちだ!右へ曲がって、そのまま二時の方向へ進んでいけ!」


 回廊まで出ると音はかなり大きくなって、断続的にだがまだ鳴り続けている。

 飛行して移動してたから気が付かなかったが、ホログラム・ウィンドウが左右に揺れ動いていた。たちまち閉じて消えていく。


「戦艦が……揺れている……?」



艦内放送が鳴り響く。

『ゲート跡攪乱のため、疑似重力波放射。繰り返す、疑似重力波放射。非常に強い揺れが発生します。まだ格納されていない僚艦は管制官の指示の下、反粒子化域へ避難するように』

『“祝福機”ゲート発生位置、微調整中。“神樹”の攻撃を確認。攪乱後に抹消輻射ふくしゃを実施。抹消完了まで発生停止』



「神樹……ユーク様のことか?この戦艦はユーク様から逃げているのか……?」

「おとなしそうに見えたけどすごいんだなユークって人は。大佐とどっちが強い?」

「比べるまでもない。ラプセルを守るために、崩壊した神樹の力を取り込む決意をされたお方だ。若くして武勇のみならず背負う覚悟、魂の器からして違う。私ごときが敵う方ではない」


 仮にアンヌ・ダーターの言う通りオンリン一族がラプセルを裏切る何かを企てていたとして、幼かったユークはオンリン一族の企みをどれほど知っていたか。またそれについてどう思っているのか。

 どうであれレトリア同様に極力関わりたくない、というか俺の存在を認知されたくない人物である。


 ラムノがハッとしたように顔を上げる。

「! ソフィアのハーブだ、近いぞマツバ!あの上から来ている!」


 見ると俺らのいる階から二階上のフロア、シャッターのような上から閉まる巨大扉が半分開いている。


「入れねえな。面倒だ、壊すか!」


 操縦桿を握り、シャッターに狙いを定めると呆気なくひしゃげてバラバラになった。

 不自然なほど警備システムも、人影もない。

 ほんの少し嫌な予感がしながらも0ノイは突っ込んでいく。


 そのエリアは全体的に暗く、天井や壁のあちこちに時折鋭い光が走っていた。ゲーミングパソコンみたいな風といえば分かりやすいか。

 それでやっぱりパソコンみたいに時々、ぶううううんといった鈍い音を立てている。パソコンって言ったけど、電子レンジも似てるかもしれない。


「大佐、この方向で本当に合ってる?俺は全然分からないから大佐に道案内してもらうしかないんだけど」

「ハーブの香りは強くなってる、あの扉の向こうだ!私を信じろ!」


 言われた通りに扉を突き破る。

 しかしそこにいたのは輸送機でも、人間でもなかった。



 ガラスの向こうで二つのゲートが、合わせ鏡のように向かい合って置かれている。

 片方のゲートから、ラトーがほとんど黒い数珠つなぎになって出てくる。そして絡まり合ったまま、もう一つのゲートに吸い込まれていく。


 ラトーがゲートから出てくる度に、吸い込まれていく度に、壁がちりちりと光った。

 黒い列が、無限に続いていく。



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