第56話 侵入




「マツバ……起きろマツバ!」

「んん……?どこここ、地上に帰った?」

「そんなわけがあるか!いいかよく聞け、ここは天使どもの戦艦の中だ」

「戦艦?こっちにはまだ来れないんじゃ?」


 俺の寝ぼけ声にラムノが頭を抱える。

「はあ……本当に何も覚えていないのだな。お前が急に物凄い力で光線を空間ごと曲げて戦艦の装甲に跳ね返したんだ!そのまま我々はゲートの向こう側に吸い込まれて、戦艦内に不時着した。ミルルクとの通信も途絶えた」

「マジで?俺がやったの?」

「他に誰ができる!とにかく共に吸い込まれたソフィアたちの輸送機を見つけて、ラプセルに戻る方法を探さなくては……直に追手が来るはずだ。急ごう」


 頭上を映すと何層ものエリアをぶち抜いた遥か上の天井が真っ暗になってしまっている。宇宙空間に吸い込まれるように白煙がもくもくと上がっていた。相当派手にやらかしたらしい。

 とりあえずバロルク0ノイを浮上させて戦艦外に出よう。


「待てマツバ、外に出るな!危険だ!」

「は?戦艦の中にいた方が危険じゃ……」

「私の後ろを見ろ」


 ラムノが指さす計器は異常を示す赤文字で埋め尽くされ、『××不可能、××以上の進行は推奨されない』と読めない文字混じりの注意文が何度も何度も流れていた。

 読めない部分は古代文字みたいな類だろうか。

 アンヌ・ダーターたちが翻訳装置みたいなものを増設してたのだとしたら、それも壊れたのかもしれない。


「は?何これどうなってんの?」

「さっきの衝撃でこいつも損傷を受けたらしい。このまま宇宙空間に曝されていたら私たちの体にまでダメージが及ぶ危険性がある」

「かーっ、ミルルクの奴とんだ中古品をよこしたもんだ!」

「とにかくここから離れろ。どこだろうと危険な状況に変わりはないが、手がかりが必要だ」


 天使の戦艦内は晴れた日の白い教会、といった風だった。明るく照らされた通路の壁に彫り込まれているのは彫刻ではなく、光るセンサーや何かしらのハンドル。

 ときどき映像繊維の進化形のようなホログラム・ウィンドウが飛び出してくるが、書かれているのは俺にもラムノにも読めない文字だった。


「それにしてもあの声はいったい何だったんだろう?大佐、誰か俺以外の男が叫んでるのが聞こえなかったか?」

「何だと?誰かの声?」

「うん、誰かすげー怒ってる奴がいてそいつが『これでも喰らえ!』って叫んでるのが聞こえた」

「そう叫んだのはお前だマツバ。私にはお前がスイッチをでたらめに押す姿しか見えなかったが、お前がおかしくなったとは思えない。ミルルクは自動操縦装置の暴走の可能性とか言い残していたな……。もしこの“巨人”にかつての操縦者のデータが残存しているとしたら、それが“巨人”とマツバの行動に影響したのかもしれない」


「でも変なんだよ、そいつは神に対して怒ってたんだ。神からもらった“巨人”に乗った奴が神にキレるなんておかしくね?」

「古来より戦争の原因の多くは宗教だ。ラプセル内でさえ神の不在期間は多くの宗派に分かれ、統一に時間を要したという。恐らくラプセル以外の神に向けての怒りだろう」

「みーんな“神”なのか?ややこしくない?個別の名前とかないの?」

「異教の名前まで記録しておくのは歴史家の仕事だ。ラプセルの神も色々な名前で呼ばれていた時期があったが、今となってはその必要もなくなった。レトリア様も神樹も……それから恐らく“巨人”も、ラプセルの守り神だ。他の国にはなかった」


 そう言ってるうちにホログラム・ウィンドウがどんどん飛び出してくるようになった。進むのに支障はないが流石に鬱陶しい。

 通路が三方向に分かれたところでラムノが叫ぶ。

「来るぞ!」


 曲がり角から、マネキン人形のようにのっぺりと皆同じ顔の兵隊が数人現れた。

 腕にロケットランチャーらしきものを抱えているが、バロルク0ノイから見たら米粒程度でしかない。このまま押し潰そう。


 と、思っていたら──。

「あれ? あれあれ?」

 何故か壁に張り付けになっていた。ロケットランチャーから発射された粘々した餅状の何かがバロルク0に絡みついている。焼き切ろうにも、粘々がバロルク0の隙間にまで入り込んで重力場の発動が出来ない。

 力でかなわない敵は封じ込める。なるほど合理的だ。

 それにしても“巨人”って図体の割に脆すぎじゃね?


「やべえ!こびりついて動けねえ!」

「くっ、見てられん……マツバ、私をバロルクから出せ!私が斬ってやる!」

「えっ、そんなことして大丈夫?」

「余計な口を挟むな!いいから出せ!」


 ラムノの剣幕に押されてロックを解除する。

 当然バロルク0から飛び出してきたラムノにも兵たちはロケットランチャーを向けるが、ラムノはあっさり兵のバリケードを飛び越えて彼らの後ろに回った。


 繰り出される拳や足が当たれば青い花が舞い散り、喰らった兵が壁にまで叩きつけられて力を失う。背中にショットガン状の武器を抱えた細身の女性とは思えない怪力と速度、元の体術に加えてフラルを身体強化に使っているようだ。

 束になって飛びかかる兵を、水の中の魚のようにすり抜けて振り向きざまに強烈な一蹴り。

 青いポニーテールが舞う度に一人また一人倒れていく。


 最後の敵を蹴り飛ばすと、そのまま側転してバロルク0の元に戻り指から放ったフラルを走らせて拘束を切ってくれた。隙間に入った粘着も葉のブラシでたちまち追い払う。


「ひゅ~、すっげえ」

「何を呆けている、行くぞ!」


 そう言うとラムノはフラルで階段を作って、バロルク0の頂上に飛び乗った。鹿のように均整のとれたパイロットスーツの脚が仁王立ちしている様が映る。

 これでは操作しているのは俺なのに、ラムノがバロルク0を操ってるみたいだ。

 今は進むしかないけど、ちょっと釈然としない気持ちになる。



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