第53話 三十路よ大金を抱け




「あいたたた……全くもう、雨の日はあちこち痛むから嫌だね」


 二十年前にラムノとキルノを引き取った養母、オカ・プフシュリテは生身の方の右肩を義手で何度もさすった。

 実年齢の63歳より老けて見られる顔を一層しわくちゃにして避難施設の天井を見上げる。


「いんちょーせんせえ、だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ、ありがとねぇ」


 集まってくる幼少組たちに笑顔を向けて前三師、現ハスタリ孤児院長は頭を順番に撫でていく。


「いんちょーせんせえ、いつになったらおうち帰れるの?」

「おうちもバリアの中なんでしょー、バリアきかないのー?」

「今レトリア様と軍の人たちがバリアの外を綺麗にしてくれてるからね、大変なお掃除だからおうちにまで響いてビリビリしちゃうんだよ。おうちの中にいても雷はこわいだろ?」

「かみなりやだー」

「僕は平気だよ!僕もおそうじするー!」


「皆えらいねぇ。それじゃあ、こっそり持ってきた新しい絵本を読んであげようか」


 子供たちが不安がらないように、テレビ等外の情報がない隅の部屋を割り振ってもらった。

 それでもつい癖で、光と天井以外情報がない上方向を見上げてしまう。

 地下にはろくな思い出がない。そこから出た後は、いつだって苦難が待ち受けていた。


「ラムノもキルノも、大丈夫かねぇ……。あの子たち、張り切りすぎるところがあるから……」


 三師とは、天の国・人の国・底の国、三界全てのために尽くす者、が語源である。





 〇 〇 〇





『だからぁ、悪いのはトイヒクメルクとレトリアと天使の過激派なんですってば!トイヒクメルクが“天の花”を乗っ取って、人類を全部自分の奴隷にしようとしたんです!私たち天使はラトーと人類を天の国へ導くために、神の命の下ラプセルを目指して……』


「ふざけるな!あんなデタラメを誰が信じる?貴様らの主張は侵略者の同化政策そのものだ!」


『あれを最後まで見てもらえばよかったのに……アンヌ・ダーターは真実を知ってもらいたいだけで、皆さんの十年間の努力を否定するつもりはありません!でもこのままだと、その努力も全部レトリアに利用されて水の泡になってしまいます……。それで先遣隊アンヌ・ダーターが遠征している間に、神の御言葉が上手く伝わらなくて天使も分裂しちゃって……そしたら先遣隊が持ち帰った資料も無視して、弱い人の国に頼るのはやめよう、手段を選ばず強引に天の国へ連れて行こうって流れが出来ちゃってて……』


「偽の神に利用されているのは貴様らの方だ!挙句の果てに仲間割れなど……ラトーの上位存在かと疑ったがそんな力量があるかすら怪しい、ちょっと忍び込む能力を持っただけの火事場泥棒か?」



「ミルルクさんよ、その話は一旦置いといてさ、そろそろなんで俺を地球からラプセルに呼んだのか、今から何をしてほしいのか教えてくんない?」



 あれから俺たちは花に乗せられたまま暗闇を駆け抜けて、霧が立ち込めて植物が生い茂るガラス張りの温室風空間に連れて来られた。

 ミルルク曰く、「ゲートの中にまたこっそりゲートを作った」らしく敵対する過激派の目をくらますために、こういう避難スポットを瞬時に幾つも呼び寄せられるようになっているらしい。

「人間を匿う用」とのことでトイレや寝袋、コンロや筆記用具までついている。


 オシャレなテーブルや椅子のおかげでさっきより姿勢は楽だが、当然誰もお茶を淹れようなんてどころではない。

 サブリミナル攻撃で動揺していたラムノも顔を洗ったのか、シャキッとした様子で戻ってきて……案の定平行線のケンカが勃発した。


「話を切るなマツバ!」

「大佐も知りたいだろ?」

「まあそうだが……お前を呼んだと言い張っているのも嘘の可能性が高い。迂闊に信じて変な行動でも起こされたら困る……ってさっきから何を書いている?」

「状況整理。ラプセルの現状と、天使どもの主張についてだ」


【大佐はさらわれた部下たちを救出したい。俺とラーは地上に戻りたい。ミルルクって奴はなんか俺にしか使えない兵器で、過激派にさらわれた人々を救出してもらいたいらしい】


『そうです!マツバさんはですね、数十億回目の神との接続でやっと繋がった“啓示”を元に地球から呼び寄せた期待の星なんです!その啓示で、レトリアが地球へのゲートをラプセルに開いたっていうから皆もうびっくり!これを逆に利用して、そのゲートからハダプを超えて自由に動ける外部生命体に来てもらおうってなったんです!』

 ミルルクの声がぱっと明るくなる。


【レトリア、あるいは他の誰かがこの世界と地球、太陽系を繋いだ。アンヌ・ダーターはそれに便乗して俺をラプセルに呼んだと主張している……それぞれ何のために?】


『我々天使は生身でハダプの壁を超えることは出来ませんから、こうしてフラル回路を通じて間接的に関わるのが精一杯です。過激派はなんかいろいろズルやってるみたいですけど……基本的には神と同様に最後は依り代頼みになります。そこでマツバさんには我々の遠隔サポートの元!ラプセル救済!戦争終結!エンデエルデで更なる破滅を目論むレトリアの計画阻止!諸々合わせまして天の国、人の国、底の国の救世主になってもらおうって訳です!あ、もちろん一人でじゃないですよ!そのための道具や人員も我々が用意するつもりだったんですが……そこを過激派に邪魔されてしばらく交信する機会さえ奪われてボロボロになって、やっと復旧できたとこなんです……』

 ミルルクの声はジェットコースターの如く、上がったり下がったりを繰り返す。


【アンヌ・ダーターにとってもハダプは邪魔なハズなのに、それを破るエンデエルデを発動させてはならないという。誰がどう情報を吹き込んでいる?実際は何が起こる?】


「あー、あのさ、さっきからずっと聞きたかったんだけど、あんたらの主張通り今の人間たちの正体がラトーで、カラクタもそっから生えたっていうなら……なんでラトーと一切関係ないよそから来た俺にまでカラクタがあるの?」


『それはですね!生きてる人も死んでる人も、地球から呼べなかったからです!呼ぶなら死にたてが一番!』

「「は?」」

「ラ?」


 獲れたての魚を市場で売るように誇るミルルクの声に、俺らは全員面食らった。天使のノリ、永遠に謎過ぎる。


『我々がレトリアの目を盗んでゲートを利用できるのはほんの一瞬でした。ですから啓示機、スパコンみたいなものです、に我々が呼び寄せられる範囲で一番条件にふさわしい人間を呼んでくださいってお願いしたんです。そこで光栄にも選ばれたのが!ニホン出身A国在住の貿易商社経営の、マツバさんだったのです!』

「いやいやいや、何で死にたての人間じゃないと呼べないわけ?それとカラクタがどういう関係?」

 メモを取る余裕もなく質問する俺に、ミルルクはあっけらかんと返す。


『レトリアが作ったゲートだから、我々が作るのと違って自由に運べないんですよ~。重い荷物を一度に運ぶより分けて運ぶ方がいいように、死にたてで物理的状態が揺らいでいないとこっそり運べなかったんで……ほぼ死んでるマツバさんを急いで義体に移植したんですけど、拒絶反応起こしちゃって、それで……』


「……それで?」


『研究に使えないかなーってたまたまゲートから鹵獲できたラプセルの御遺体に移植したら、そっちの方が上手く行ったんでそのまま……調整しやすい外部はマツバさんの生前通りになるように復元しましたし、過激派の邪魔さえ入らなければちゃんと説明するつもりだったんですけど……』


「……!?」

「オエー!」


 思わず俺は舌を出して吐くジェスチャーをした。もっと具体的にイメージしたら本当に吐いていただろう。

 いくら戦場で死体を見慣れていても、自分が知らない間に勝手にフランケンシュタインにされてたなんて状況想像つくか?


『あっ、でもラプセルの言語等がすぐに理解できたのは御遺体の脳細胞のおかげだと思います!カラクタ経由して魂はフラル回路に閉じ込められたままなんで、マツバさんの肉体はご本人が留守の間別荘を借りて模様替えしたって感じの状況ですね~事態が無事解決すれば、お二人ともカラクタの束縛もなくなって自由になれますよ!少しの間の辛抱です!』


 それを聞いて、度々感じていた天使との決定的な価値観のズレを理解した。

 天使とは天からの遣いとは言うが、こいつらは強制的にラッパ鳴らしてアルマゲドンを引き起こして人類を殺そうとしている。しかも死後の幸福という純粋な善意ゆえに動いているから性質タチが悪い。



「黙って聞いていれば……マツバ!やはりこいつらは狂っている!嘘だろうが事実だろうが、従う理由なんかない!」

「うーん、でももう過ぎた話は仕方がないし。その分報酬は弾んでくれるってんなら話聞いてやってもいいかな、俺は。どうなのそこんとこミルルクさん?」

「マツバ!?」


【大佐、ここは俺に合わせてくれ】


 俺はそれからデカデカと不細工な天使の絵を描き、【くたばれカルト集団】と書き添えた。

「マツバ!?」


『もちろん!我々アンヌ・ダーターはあいつらなんかと違って、人の国の価値観を尊重します!前金としてマツバさんの現世の守護と幸福を、全力で支援することをお約束します!』


【やっぱりだ、書いてる内容までは把握できないらしい。聞かれたくない話は筆談でいこう】


「……」

 ようやくラムノもペンを持って天使の横に一言添える。

【分かった】


「現世の守護と幸福ってさあ、具体的にはどういうプラン?困るんだよね、いらねえもん強引に押しつけられても。それよりかランプの魔神スタイルで俺の願いを聞いて叶えてくれる方が、こっちとしてもモチベが上がるんだけど」

『ランプの魔神?』

「地球の一部地域の伝説。あっ、もちろん回数制限はナシで」


【こいつらはレトリアの敵対者で、大佐の言う通りラプセルともいずれ衝突する存在なのは間違いない】


【でも途中まで目的は一緒だ。ミルルクは過激派の計画を邪魔したい。大佐は部下たちを救出したい。俺とラーは地上に戻りたい】

【……途中まで協力しろと?】

【そう、今だけでも。それから今後のためにカラクタとラトーについて、こいつらが知っている(信じている)情報を引き出したい。それは俺がやるから大佐は目の前のことだけ集中してくれ】


『うーん……まあ分かりました。それではまずどういうものをご所望ですか?』

「ちょっと待って。今リストアップするから」


【大丈夫か?キメラ捕りがキメラになったりしないか?】※

【任せろ。俺だってこのまま駒にされて終わりたくない】


【聞く限りだと向こうの技術自体はかなり高度で物も送受信できるが、こっちに天使らが直接来ることだけはできない。俺とバロルク?ってロケット頼みのジリ貧だ】


【だから主導権は俺にある。俺が嫌だと言えばそれで終わり。この謎の空間から抜け出せば、なおさらこっちのもんだ】



「よし書けた!まずは~無限に送金してくれて、かつ税務署にもバレない隠し口座と、セクシー系かわいい系清楚系いろんなタイプの美女十人と後パラシュート二人分とそれから……」




※キメラ捕りがキメラになる……キメラを捕りに行った者が、逆にキメラにされてしまう。相手を取り込もうと近づいて、逆に自分が利用されてしまう者の意。キメラとは食べた生き物に化けることが出来る極めて知能の高い猛獣で、人類との戦いの末にウィボリ紀(蕾紀)1228年に絶滅した。



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