第51話 花の根




『シュヴァルツクライハンガーの種によって、人間の兵士は繰り返し再生し続けるロボットゾンビに成り果てました。と、同時に新たな問題も発生しました。フラルの蓄積です。シュヴァルツクライハンガーの種は他の代謝活動には影響しませんでしたが、フラルだけは使っても使っても体内に戻って、種の中に蓄積していきました』


『えっ、フラルを使えるのは神樹とアムリタがあるラプセルだけなんじゃ?人体はナノマシンを埋め込まないとフラルを使用できないんじゃ?今のラプセルの皆さんはそう思うかもしれません。しかしそれこそが嘘なのです』


『アムリタの水脈は惑星ザークル中どこにでもありましたし、人間は訓練次第で自分の細胞内のフラルを無限に引き出すことが出来ました。フラルが人間の発明したナノマシンというのは、十年前にレトリアによって作られたまやかしです』


『フラルのエネルギー源はアムリタですが、フラル自体は底の国が発生源であり、人の国へはフラル回路という高次元通路を通じて空気中や体内にあまねく行き渡っています。フラル回路は人類のすぐそばにありますが、次元が違い過ぎて生物の知覚では感知できません』


『フラルが蓄積した兵士は体中からフラルの花や葉が常時吹き出すようになりました。高い能力を発揮しますが、脳までフラルに乗っ取られてもはや命令を聞く聞かないどころの話ではありません。最終的に使い物にならなくなった身体をバラバラにして消去しても、フラルとそれが蓄積したシュヴァルツクライハンガーの種は残ります』


『確かに少し困った問題ですが、当時のトイヒクメルクならフラルの蓄積ぐらい造作なく解決できる問題でした。何故あえて放置したのか。これが為政者の真の狙いだったからです。死体になって底の国から天の国へ導かれたりしない、どこにもいけないまま封じ込められた大量の怨念がには必要だったからです』



『何の儀式か?神が人類救済のために植えた“天の花”を乗っ取る儀式です』



 フラウシュトラス家の邸宅。柱廊と花畑を幾つも越えて最奥の聖典、そのひとつ前の拠点である宝物庫へたどり着く。


『奇跡、天災、自然現象……神の力は直接人の国に接触しているわけではありません。依り代──必ず媒介と、フラル回路を通じて発現しています。フラルリンクで遠くの距離までフラルを飛ばすようなものです。代表的な依り代は神樹と天の花ですね』


 暗い地下室。目覚める前のレトリアが、ガラスケースの中で目を閉じている。ケース内に液体でも入っているのか、宙に浮いているように見える。


『神樹とレトリア──になる前の天の花が重要視されてきたのは、フラル回路にアクセスする権限を保持していたからです。トイヒクメルクは天の花を乗っ取るべく、神のフラル回路に侵入したのです』



 奇妙なことに、ケースは二つあった。全く同じ白銀の髪の少女が、並んで静かに眠っている。


『いくらトイヒクメルクの科学力が随一だったとしても、当時の文明でフラル回路への侵入なんて不可能です。ましてや技術に倫理観の追いついていないこんな邪道が、なぜ神罰より先回りできたのか』



『ここで神樹の守り手、オンリン一族が出てきます』


 俺とラムノはかつての神樹の葉っぱの上に乗せられた。もちろん全て映像だ。

 白い直方体のモノリスと、その周りを取り囲んで浮遊する透明で葉脈以外にはほぼ見えない葉のキューブたち。

 モノリスの頂点は雲に隠れて見えそうにない。


『オンリン一族は当時からトイヒクメルクと密かに手を組み、神樹を悪用したフラル回路を通じた天の花改造工作を進めていました。フラル回路ならフラウシュトラス家の警備も手薄だったからです』


 宙に浮いて見下ろす景色、真下のラピツ砂漠を中心に蓮の池、カラフルな熱帯雨林、山脈に海に点在する人工の建造物。

 青くかすんだ向こう側にジュハロの工場地帯さえ見えてきそうだ。

 いつの時代を再現した映像かは不明だが、ラプセルの中央部がほぼ見渡せてしまうほどの高度だった。


 俺が高所恐怖症じゃなくてよかった。いや大丈夫。足が震えてるのは気のせいだから。

 天使たちが一生懸命作ったであろうプロパガンダ映像は、ところどころで人間の視点が抜け落ちすぎている。

 俺が監修してやった方がいいぐらいでは?



『自然界の花同様、“天の花”も開花するには栄養が必要です。いえ、天の花の場合は栄養ではなく、救済すべき苦難、天の国へ連れていくべき人類が開花条件となります。トイヒクメルクの見せかけの滅亡後、休戦や調停を挟んでもますます混迷を極めた先の世界大戦こそ聖典が指し示す条件そのものでした。レトリアは、人々の悲鳴を聞いて目覚めるのです』


 時々モノリスも透明になり、ハニカム構造の六角形の窓だけが残る。窓の内側には白衣を着た人々が情報繊維片手に忙しなく動いていた。

 ここまで高い位置に入れるのはオンリン一族しかいない。


『でも、トイヒクメルクとオンリン一族は、現代と過去両方の人々の苦しみを蹂躙しました。天の花の接続を切り替えて、フラル回路に封じ込められた大量のシュヴァルツクライハンガーの種に繋いだのです』


『すると何が起きたか。先ほどのラトーと人々が入れ替わる映像より少し前に遡りましょう。今度もラプセルでは海に沈んだと言われている全世界側の映像です』




 足元のラプセルが海の紺碧の濃淡で塗り潰される。ニュースのアナウンサーの声が聞こえてくる。



【続報です。本日朝に突如海中へ沈んで姿を消したラプセル諸島ですが、その後海の中から巨大な花の蕾が出てきました。現場は非常に磁場が乱れており、これ以上近づいての撮影は、こんななななななんんんんん──】


 ノイズと共に声は途絶えた。


 比較対象が一切ないが、確かにそれはデカくて大きな、色鮮やかすぎて逆に不気味な赤い薔薇の蕾だった。

 先端はSの字型にカーブしており、今まさに開花する瞬間だった。


 しかし中から出てきたのは美しい花などではなく、血、のような赤い液体だった。大量の液体が迸り、それとは正反対に薔薇は色艶を失い、急速に萎れていった。端の方から花びらが千切れて散っていく。枯れていく茎が花の重みに耐えきれず、ぐにゃりと首を垂れた。液体が海に流れ落ちる滝の音が響く。


 とうとう花が真っ二つに割れて大部分が海に落ちた。高い波しぶきが上がる。

 残った部分の内側から、たくさん足が生えた黒い虫のようなものがわいて出てくる。ラトーだ。


『二百五十年もの間、シュヴァルツクライハンガーの種に閉じ込められ、フラル回路の果ての底の国に封じ込められていたトイヒクメルクの哀れな兵士たちが、変わり果てた姿で人の国に戻ってきました』


 ラトーの触手が突き刺さった状態の、少女の亡骸が引きずり出されてくる。目も胴も頭も貫かれていて、ところどころ残った髪の色でやっとレトリアと判別がつく。



『我々の世界側のレトリアは、目覚める前に体の内側からラトーに食い荒らされて死にました。記憶を共有するラプセル側のレトリアを憎悪で洗脳するために、トイヒクメルクとオンリン一族の傀儡にするために』



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