第49話 ミルルク、ぶつかる




「ラー大丈夫かなぁ……」


 あれから警官たちとなし崩し的に避難所へと運ばれたエドとニーナは、待機室にずらりと並ぶベンチに座ってテレビを眺めていた。

 巨大な人型の化け物は全て消え去ったと報道があったが、依然としてラトーの出現警報は鳴り止まないしカメラも防御次元より外には出られない。


「……大勢がいる避難所に連れてくる訳にもいかねえ。こうなってしまえば家の中だって安全とは限らん。アイツが俺らに懐いていたなら、ちゃんと帰って来てくれるだろう。あのバケモンはもう消えたんだろ?」

「うん、それなんだけど……あの化け物、私たち人間じゃなくてラーを優先して追いかけたよね……。もしかして、ラーがかばってくれたのかなって……」

「……俺たち科学者が憶測でモノを語るのはナシだ。帰れたらラーを探して、それから物証集めだ」

「うん……」


 北方を映す中継映像の空遠くが赤く眩しく光った。





 〇 〇 〇





「これは……?」

 剪定室に着く直前、レトリアから手渡された花をユークは不思議そうに見つめた。


「バロルクに乗っていた奴が宿していたフラルだ。奴は全身フラルに変換されてフラル回路を通じてゲートに逃げ込んだ。奴らは単に人間の肉体に天使の情報をトレースしただけではない。私とお前に勘付かれない方法で、フラル回路まで数%ジャックしている。重力波の検出と位置特定が遅れた訳だ」

「そんな……全てのフラルはアムリタから生まれる筈では?気づかない訳が……」

「生まれる前から、この世界に来る前から仕組まれていたとすれば?」

「……!では、旧世界の頃から手引きしていた侵入者がいたと……」

「侵入者というより時限爆弾だ。十年以上前は今日のような大規模な侵入は不可能だった。スタンツや二六の鋏へのやり口よりももっと非常に微かな……だが乱暴な方法で、そいつは人間の中に紛れ込んで、家の中から鍵を開けて天使たちを迎え入れた」


 戦闘態勢を解いたレトリアには既に“鎧”はなく、右腕が欠けたまま抱えられた小さな少女の姿がそこにあった。

 軽さへの戸惑いを隠したままユークは尋ねる。


「……見つけるには、どうすればいいでしょうか」

「厄介なのは、そいつは自分が侵入者であることを知らない可能性が高い。そいつは自分のことを、心の底からラプセルの人間だと信じきっている。それぐらい消えそうなほど微かでないと、ほとんど人間と同一の存在でないと最初の侵入はできない。だが必ず、他の人間にはない違和感を抱えている。まずはそこからだ」

「承知しました。必ず洗い出します」


「それで?さらわれた人間どもの状況は?種を撃つ手筈はどうなっている?」

「ええ。多少の時差は生じますが先回りに行きます」



「奴らの動向を逆手にとって、こちら側へ誘い込みます」





 〇 〇 〇





 ユークが去ってからは、文字通り後は野となれ花となれ状態と化した。


 まず急いでラーを探しに行こうと飛び出したら、何故か反対方向からラーが背中にぶつかってきた。


「ラ~!」

「ラー!無事だったか!」

「お前の方に注意が向かないようにまいてくれたのか。結果的にはラーに救われたな……」

「うおっ、大佐!?」


 ラムノは先ほどまではなかったショットガンに近い細長い武器を、背中にくくりつけている。あれがユークとの話に出ていた兵器ガルダらしい。


「全く、こんなところで会うとはな……ユーク様が現れたときはどうなることかとヒヤヒヤしたぞ」

「大佐こそ増援もなしに追撃なんて……いくら強いからって安請け合いなんじゃねえの?」

「素人が偉そうに口を挟むな!いいからラーを抱えてさっさとユーク様が通られたゲートに行け。平時とは違うんだ、民間人は足手まといにならないように防御次元まで下がっていろ」

 久々の再会を喜ぶいとまもない。

 状況もあってかラムノはいつも以上にカリカリしている。


「はいよっと、それじゃあ大佐もお気をつけて」


 口答えせずに俺はユークが使ったゲートの方向に行くフリをして、ほんの少しの間立ち止まる。

 間もなくラムノの「ゲート……?一体どこに……!?」という焦り声が聞こえてきた。


 何となくだがこうなる予感はしていた。

 今ここに残っているゲートはただ一つ、ユークが使った地上に戻れるゲートだけだ。


 ラムノはあのユークって男にかつがれたんだろう。

 ユークはラムノもガルダもすぐ地上に戻ってくると見越していた。

 いくら百戦錬磨の大佐とはいえ未知の敵がいる空間にガルダとかいう大事そうな兵器を貸与してまで、単身で飛び込ませる訳がない。


 ラムノの提案に乗ってあげたフリをしたのは、ラムノの面子を保つためでしかない。

 恐らくユークにはさらわれた人々を救う算段が他にある。しかしそれはラムノには教えられない。

 この戦いには、きっと大佐クラスでさえお呼びでない。

 こっちのゲートで即地上に戻って来たラムノを、ユークは上官としてねぎらうだろう。「無事でよかった」とかそんな言葉を添えて。

 それを聞いたラムノがどう思うかは別として……。



 そうこうしている内に、ますます花が割れ続けて歩きにくくなってきた。

 雲散霧消した花びらは触れたりまとわりついたりしないが目には見えない形で残っているのか、空気がやたら粘っこくて足を動かしづらい。

 ゲートに向かおうにも、地面から生えた花に足を絡めとられて危うくつまずきそうになった。


 地面から生えた花?


 地上ではごく当たり前の光景だが、この逆さまな世界では異様に目立つ。

 踏んづけてしまいそうなほど小さな花が、ゴム風船が膨らむように瞬く間に大きくなって俺の前に立ち塞がった。


 白、黄色、赤、紫、青、花の色はくるくると変わる。変わるというより揺らいでいって、捉えどころのないグラデーションが広がる。

 花の種類も形も厚さも目まぐるしく移り変わり、前の花の残像が残っている間に次の花の色が現れてうっすらと混ざっていく。

 何層もの色の層に視界が覆われて眩暈がした。

 花以外白っぽく光っていた空間が、みるみる真っ黒に塗りつぶされていった。



 真っ黒になった空間に、ところどころ砂のような粒々の光がきらめく。

 宇宙空間に似ているが、星の光よりも頼りなく散り散りにかき消え、また別の方角から新しい光の粒が流れ込んでくる。

 現われたばかりの光の粒はわりと規則的に群れを成しており、さっきまで頭上で揺れていた花の形に似ていた。

 破裂した花の欠片が可視化されたのかと気付いたそのとき、困惑しきったラムノの声が聞こえてきた。


「ううっ、今度はいったい何が……?」

 ラムノの姿は見えないが、俺と同じく謎の花に巻き込まれたらしい。

 その疑問に答えるように、聞き覚えのある例の“声”が猛スピードで頭の中に流れ込んできた。



『は~~、や~~~っと再接続できましたよ!さっきはすぐに切れちゃいましたけど今回は丈夫にできましたからね、多少の妨害どんと来いです!まあ、連中には逃げられちゃいましたけどね、説明もなしで無事着地まで出来て見直しちゃいましたよマツバさん!私が来たからにはもう大丈夫です、力を合わせて乱暴な過激派を成敗しましょう!!』



「またアンタか!早口で言われても状況がさっぱりすぎんだよ……。分かるように説明してくれ」

「どうしたマツバ!誰かいるのか!?」


『……って、ええっ!?マツバさんと猫ちゃんの他にもう一人反応が!?まさかあいつらがまだいたんですか!?』

「いやいや違う違う。この人はラプセルの空軍大佐で俺が地球から来たってことは知ってて……めんどいからさぁ、この人にも声聞こえるようにしてくれる?」


『人間なんですか?……あっ、本当だ。すみませ〜ん、間違えちゃいました!過激派が人間をさらったって情報が入ったから、てっきりそいつらかと……』

「貴様……何者だ!あの女との関係は何だ!なぜ私たちをさらう!?」

 “接続”できたのか、光越しにラムノがきょろきょろと首を動かすのが見えた。


『わ、私は過激派なんかと違ってさらったりなんかしませんよ~。あの次元が危険だったからお二人をバロルクごと保護してあげたんです~むしろ感謝してほしいくらいです~』

「その気の抜けた口の利き方は何だ!姿を見せろ、知っていること洗いざらい吐いてもらう!!」

「あのさぁ、いい加減自己紹介ぐらいしたら?この人自分の部下をさらわれたもんだから凄く腹立ってんだよ。今のままだとおたくが敵か味方かも分かんないから、こっちとしては手を貸す判断ができないっていうかさ~」


『えーっ、じゃあさらわれたラプセルの人たちを助けにこんなところまで追って来たんですか!?くう~っ、過激派どもめ天使が誤解されるようなことばかり……!そういうことならお任せください!今マツバさんたちが乗っているお花は、秘密の抜け道を通って奴らより先回りして目的地へ運んでくれますよ!私は直接戦えませんがばっちりサポートいたしますので、大船に乗った気でいてください!』


「同意もなしにいきなり連れてくって、結局さらってるのと一緒では?」

「ラ~」

「貴様も天使なのか!?何を企んでこんな真似をする!最低限名前ぐらい名乗れ!」

 全員にそう詰められるとさっきまで威勢のよかった“声”が、急に小さく気弱そうになった。


『ええっ……!初対面の人にいきなり名前だなんてそんな……は、恥ずかしいこと言わないでください~』

「変な文化だな……天使と名乗る奴らは皆こうなのか?」

『うう~本当もう人間って野蛮……。じゃあ半分!半分だけですよ!私のことはミルルク、って呼んでください。ラトーと人類の戦争、過激派とレトリアの暴走を止めに来た平和の使者、真の正統派天使“アンヌ・ダーター”の一員です!』

「ラトー、レトリア様、暴走……貴様、やはり敵か!甘言で我々を騙そうとしても、この星を荒らす貴様らの嘘は通用しないと思え!」


 ラムノが手をかざしてフラルを発動する姿勢をとった。青い光が増える。

『わわわっ、なんで助けに来たって言ってるのにこんなに怒ってるんですか~!?好戦的~!理不尽~!』

「いや天使って奴らが人間の姿に化けて襲撃に来たんで、天使ってだけで警戒しちゃうんだよ。そもそもこの世界の天使って何?地球のでっかい宗教の何個かには似たようなのいたけど、聖典ではそんなのいない筈だし」


『あっちゃー、そこから説明しないとダメか~……。せっかくマツバさんへの前金も用意できたからその話もしないとだけど、到着までに全部できるかな……』


「まえきん、だと?マツバ、私の知らないところでこいつと何か話をしたのか?」

「違う違う違う!今みたいに一方的にさらわれて話を押し付けられたんだよ、俺がこんなところまで一人で来られる訳ないだろ!?」

 ラムノが手に青い花を光らせたまま、こちらを向いてくるので俺は全力で首と手首を振って否定する。


『そうだ、映像でお伝えした方が早いですね!到着するまでの間、今からお二人の頭に直接映像をお届けします。ショッキングな場面もあったりしますから、無理だなーと思ったら遠慮せず無理って言ってくださいね!えーっと……あった、これだ!これを繋いで、っと……』




 そんな能天気な副音声から開幕した映像は、まず一面満開の花畑から始まった。

 目の前が宇宙空間に似た暗闇から、遠くに海が見える明るい青空の下に連れてこられる。頬にあたる風までがリアルだった。

 ミルルクのきゃんきゃんした早口から、流暢でゆったりとした機械音声に切り替わる。



『ウィボリ紀2368年、


『レトリアが死んだ世界と、レトリアに滅ぼされた世界の二つに分岐したのです』


『今、私たちは同じことを繰り返そうとしています。レトリアは人形です。与えられた使命のまま、己を殺した世界への復讐のために、己が滅ぼした世界全てを道具として利用します』


『それがレトリアの造物主、天の国からも地の国からも見捨てられたかつての亡国、トイヒクメルクの復讐だからです』



 花畑が火の海になった。遠くの海がどす黒く濁り、照りつく火の粉が暗闇を一層浮き立たせる。

 呆然と立ち尽くす俺とラムノの目の前に、巨大なラトーとレトリアがいた。レトリアというか、レトリアだった残骸があった。



 レトリアの小さな身体に、ラトーの鋭い触手が隙間なく突き刺さり、天へと捧げる供物のように空に掲げられていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る