第47話 欠陥工事②~真実~




「なぜラプセルの人間は誰も思い出さない?十年前、海に沈んだ他の国を!なぜ古代の遺跡の歴史を誰も知らない?何年も何年も、語り継がれてきた筈なのに!」


 スグルはレーザーガンのチャージを一段階引き上げた。


「答えは単純だ!このラプセルに、閉ざされたこの箱庭に、そんなもの最初から存在しなかったからだ!」


 上からラトーの群れが押し寄せ、下からスグルのレーザーガンが飛んでくる。

 レトリアは花弁を何重にも広げてなぎ払い続けた。


「かつての人類が戦争に明け暮れる度に、神は力を失っていった。そしてとうとうどうしようもなくなったとき、神は嘆き悲しみ、世界を二つに分けてラプセルを新しい世界に隔離して守ろうと決意された」


 スグルのレーザーガンが花弁を数十個破壊し、煙が舞い上がった。その隙を狙ってラトーがどっと押し寄せてくる。


「その瞬間!お前と、お前を作ったトイヒクメルクの連中はその瞬間を狙っていた……!滅びたとされるトイヒクメルクの残党は、他の国より先に海底深くに潜り、ラプセルを地下深くから蝕む機会をうかがっていた……。そして十年前、フラウシュトラス家の御神体が花から覚醒するその瞬間に!花を汚染し、トイヒクメルクの傀儡に仕立て上げたんだ……!」


 花弁に切り刻まれてもラトーの渦は勢いを増す。


「人体と機械を一体化させる生命エネルギー変換機体バロルクを、神の人形に応用し、その人格を塗り潰した。神に背いた禁忌の発明から生まれた忌み子、それがお前の正体だ……!レトリア・トイヒクメルク!!」

「……」


 どんどんレトリアの周りを黒い蛇が渦巻いていく。


「神の力を奪い“レトリア”を手に入れたトイヒクメルクは“花”を暴走させて旧世界の全てを海に沈めた。ラプセルの人々はトイヒクメルクの毒に汚染され、死んでも天の国に行けなくなった。魂はカラクタに閉じ込められ、カラクタは地中深くで開花してラトーになる……」


 さっきよりも増殖する鎧の規模が小さい。確実にレトリアは消耗している。


「“観測者”の権限を奪ったお前らは、聖典を書き換えて旧世界の記憶を人々の脳から抹殺した……。世界を沈めたのは神の裁きであると神様ヅラして、新世界のしたんだ……!何も知らない新世界の人々は上空のラトーさえ倒せば平和になれると信じて、エンデエルデの完成を目指した……。ラトーを殺すのではなく、神を殺すための魔の銃だというのに……!」


 バロルクの頭部が凹んで、中から砲塔が出てきた。


「十年、十年かかったんだ……!お前たちが利用した“歪み”を突きとめて、世界をこじ開けるのに……!天使たちが、お前を倒す武器を手に入れるのに……十年……!」


 バロルク内の炉に吸収されたラトー前駆体がスグルの脳波に誘導されて、触れるもの全てを溶かす高エネルギー放射体と化す。

 ラトーがたどる宿命は、殺すか、殺されるか、燃やされるかしかない。

 これで決める!


「ちょうど十年、か」

「……え?」

「話はもういい、よく分かった。お前は、私が探している鋏ではない。ただの二六の鋏だ」


 不発。


「何だと?」


 いつの間にか、砲塔の周囲に赤い花弁がびっしりと埋まっている。

 この程度の量、さっきは容易く砕けたハズなのに、今はびくともしない。


「お前は何故、神を信じる?」

「はっ、聞くまでもない!神は僕たちを救ってくださった!ラトーとして死ぬしかなかった僕たちに、人間の身体を与えてくださった!そして僕たちをラトーにした元凶であるお前を共に倒すと誓った!」


 バロルクと対峙する鎧の空洞部分、中央にふわりと浮かぶレトリアの髪が、ラトーが巻き起こす風でなびく。

 遮るものなど何もないのに、花弁が突き刺さったラトーが飛び散ろうと爆炎が鎧を照らそうと、そこだけいつも静寂だった。


「何故、信じられる?お前はラプセルの人間が何も知らないと言ったが、お前こそトイヒクメルクをどれぐらい知っている?バロルク以外に、トイヒクメルクの遺物を見たことはあるか?いや……もっといい質問がある。お前は、自分のことをどれぐらい覚えている?」


 無表情で見つめてくるレトリアの眼差しに、スグルはバロルク越しに初めて恐怖を感じた。

 頭によぎる砂漠の景色、椰子の木越しに見える団地、姉と手をつないで歩いた夜道の水路……。

 姉ちゃん、姉ちゃんの名前は……。

 慌ててスグルは首を振ってかき消した。


「お前の質問に答える義務なんてない!お前のまやかしは僕には通じない!」


「背筋が冷えたか?わけを教えてやる。結果が固定されているのはお前たちの方だ。神を疑った瞬間に、お前は死ぬように作られている。お前の強固な信仰心は死の恐怖の裏返しに過ぎない」


「死の恐怖だと?バカめ、僕は一度死んでラトーになった身だ!今さら死ぬなど怖いものか!それにもう一回死んだって、神が天の国に連れていってくださる!お前という障害さえ取り除けば、僕たちは生死を超越した永遠の幸福を手にできるんだ!!」


 ラトーの黒とレトリアの鎧の赤が浸食し合い、その中をバロルクの白い腕が突っ切る。

 高速回転して肩のガトリング銃を撃ち続ければ、こびりついたレトリアの花片も爆風で剥がれていった。


「地雷は神から教わったか?」

「地雷?」


「お前が言うトイヒクメルクがあった頃、地雷が敵の国力を殺ぐのに役立っていた頃の話だ。ある国は地雷が埋まっている場所を進むときに、敵国の捕虜を先に歩かせた。お前たちはその捕虜と同じだ。大役を任せられたんじゃない、押し付けられたんだ。先陣を切って死ね、と……」


「黙れ!それ以上神の御意志を侮辱することは許さない!お前の哀れな奴隷どものように、僕を騙せると思うな!」


 スグルは猛烈な不快感に襲われた。

 神を愚弄されたから?信仰を否定されたから?

 僕たちは押し付けられたんじゃない、選ばれたんだ。上級天使にはできないから……僕たちしか生身でラプセルに入れないから……。

 なんで、僕たちだけ……。


『カラクタ生存体の回収に成功。疑似人格の投入に移行します』


 聞こえない聞こえない。そんな記憶は知らない。

 事故で手足を切断した人が、まだ手足が残っているように錯覚して手足の部分が痛いと訴えることがあるという。

 幻肢痛みたいなものだ。存在しない記憶に怯えている。


 あれ、なんでそんな悲しいたとえを……?


「クソッ!!」


 スグルは首を振って、バロルクの操作に意識を集中させる。

 バロルクとレトリアの鎧、互いが互いの両手を掴んで力が拮抗した。

 先に動いた方を、先に叩いた方が勝つ。


 しかしこの間にバロルク内に収納されたガンブレードは肩部に移動し、代わりにガトリング銃が右腕に入れ替わる。


 それに気づいたレトリアの花弁が先に動いた。

 正面から群体レーザーを浴びる形になるが、この程度バロルクの装甲なら耐えられる。


 炉内でラトー前駆体が融合している隙を狙われるなら、ガンブレードの熱源に充てて直接叩きこめばいい。

 狙うのは再生速度が速い鎧ではなく、レトリア本体。

 今ならいける。


 右腕から新たに伸ばしたガトリング銃を猛回転させて、阻む鎧を貫いていく。

 中央のレトリアが後退して、赤い鎧が三日月の形に凹んだ。

 距離をとられるのは予想済みだ。バロルクは投擲も外さない。

 肩のガンブレードが射出して、がら空きになっている腕より上の部分目がけて突っ込んだ。


「もらったぁ!!」


 熱と速度が上乗せされたガンブレードに、鎧の花弁が衝突し、爆発が発生した。

 爆炎で一瞬センサーにノイズが生じる。

 ノイズはすぐに除去されて巨大な赤の鎧ではない、レトリア自身の片腕が宙に舞うのをスグルは確認した。


 それがセンサーで知覚できた最後だった。




「図体がデカいと不便だな。中身はこんなに小さいのに」


 突如、暴れ回っていたバロルクがスグルの意志に反してぴたりと動かなくなった。


「……!?」


 バロルク胸部、スグルがいるコックピットに赤い爪が喰いこむ。

 その爪は、天を突く高層ビルほどの高さの鎧とは違う、幼い少女の指から生えたほどの大きさだった。

 小さな小さな爪が、バロルクの頑丈に生成された装甲をめりめりと剥がしていく。

 こじ開けられていく。


(そんな、確かに無力化したハズ……)


 そしてスグルはセンサー越しではなく、自らの視界に、レトリアの凍りついた血の気の無い顔を見た。銀の睫毛さえ氷麗つららに見える。

 レトリアの右肩から少女の腕ではない、鎧と同じ赤い花弁がびっしりと生えているのを見て、スグルは衝動的に吐きそうになった。

 いや、その少女の身体に不釣り合いな、狂ったバランスの花は鎧よりずっと鋭い。レーザーにも爆発にも耐え抜いたバロルクを、いとも簡単にくりいて剝がしてしまった。


「お前は、私がバロルクから生まれたとか言ったな。逆だ。バロルクが、私から生まれた」

「なっ……」


 スグルの息が詰まる。


(わざと!?自ら腕をいでおとりにした!?僕を油断させて、先にバロルクの懐に潜り込むために……)


「その次元で留まっているということは……お前も、私の腕と同じだ。いくらでも代わりがいる」


 レトリアが小さな片腕で造作なく、バロルク胸部装甲をつまんで投げる。ラトーたちが何体も下敷きになって潰れた。

 外の空気がどっと流れ込むほど、スグルは息が苦しくなる。

 バロルクの右腕掌部分が溶けて火花が走っているのを見て、スグルはまるで自分の腕が火傷したように熱く感じた。


 レトリアを消耗させたのに。

 誰も敵わない神の鎧をズタズタに裂いたというのに。

 消耗させたらさらに強くなるなんて。バロルクが効かないなんて。こんなの聞いてないぞ。

 どうしよう。皆に教えてあげないと。


「おとりに構っている暇はない。全部話すか、全部殺されるか、どちらか選べ」



 僕が、僕が勝たなきゃ皆、殺される。





〇 〇 〇





「嘘、ありえない……。これは一体何?バロルクがこんな簡単にぺちゃんこになるわけ……まさか、上級天使の兵器が到着したというの……?救援に来たところを襲撃されて不時着した……?」


 知らない女の声がどんどん近づいてくる。

 女は俺が乗ってた馬鹿でかいロケット?の反対側にいて顔は見えない。

 ラムノの声も聞こえてきた。さっきまで病院上空にいた筈だが、俺と同様にラムノもあの緑色の空間からこの不思議な場所にさらわれて来たのだろうか。


 だとしたらまだ知らんふりが出来る。

 謎の声にさらわれて突然謎のロケットに乗せられたが、俺はラプセルとも天使?どもとも事を荒立てるつもりはない。

 さっさとロケットとは無関係ですってツラして俺もさらわれちゃって~、というていでラムノと合流するぞ。


 ここからは二人の声しか聞こえない。俺はラーを抱えて早歩きでロケットから遠ざかった。


「やっぱりそうだ!次元膜の強度が著しく下がってる!あの“神樹”に気付かれたって訳……?早く別の次元に移らないとスグルが……仕方ない、バロルク無しだと遠回りになるけど──」

「……さっきから何を言っている。貴様は何者だ。天使とは、いったい何だ。どこから来た!なぜラプセルを襲う!?なぜラトーを従えている!?」


「邪魔しないで!……そんなに知りたいって言うならいいわ、一つだけ教えてあげる。私は貴女たち人類の敵じゃない、私の敵はレトリアだけ」

「なっ……貴様、気狂いか!?」

「私たちは、レトリアに騙されている貴女たちを救いに来たの。このままだと天使も人間も、今度こそレトリアに滅ぼされてしまう……」


 あの女が謎のポンコツオペレーターが言っていた“強硬派”の天使か。俺はレトリアのことは聖典にも載っていた神の遣いということぐらいしか知らないが、神に従う天使たちは揃ってレトリアのことを敵だと言う。

 俺はカラクタを消し去って、戦争もラトーも無くしてくれるなら誰が神様でもいいし、誰とも関わりたくないんですけど……。


「さっきから何を言っている!?レトリア様はラプセルを守護するために神が遣わされた!現にラプセルはレトリア様に守られて今日まで無事だった!我々も共に戦い、ラトーから守り抜いてきた!その言葉はまず貴様の身を滅ぼすぞ!」


 激昂するラムノを、女は子供を馬鹿にするように笑う。

「可哀想に。小さな虫って、花と掌の区別もつかないのよね。握り潰されるまで気づかない……」

「どういう意味だ!?」

「いずれ貴女にも、分かる日が来る。大丈夫、神に背いた貴女たちのことも、神は赦してくださるから」


 キン、と花だらけの空間に似つかわしくない金属音が鳴って、女の声の位置が変わった。この場から離れるらしい。


「貴様、待て!!」

 梅の香りが漂ってくる。ラムノがフラルを発動させた。



 ズガン!


「ラァ!!」

 途端に、空をつんざく稲妻が落ちるような音と閃光がそこら中に溢れて俺とラーは飛び上がった。


 花の隙間から様子をうかがうと、光の中から黒髪の若い男が姿を現した。

 慌てて俺はまた花の後ろに隠れる。



「逃がしたか、身体能力も相当改造されている……」

「ゆ、ユーク様……!」


 さっきまで勇ましかったラムノの声が、弱った花のように萎れていく。


「その襟章は、空軍大佐の方ですね。ケガはありませんか?あの者は、何と言っていましたか?……いや、聞かなくても分かる」

「……」


「世界は滅びる、レトリア様が滅ぼす……彼らはそう信じ込むように作られている。実際は、自分たちが生け贄にされて殺されるだけだと言うのに」

「ユーク様、あの女は……」


「あれは人間ではありません。人間の姿を模しているだけ……公表すれば国民の間に不安と疑心が生じるため、現在その存在を把握しているのは中将以上の階級のみです」

「……」

 俺からはラムノの顔が見えないが、困惑と恐怖が呼吸に満ち満ちていた。


「彼らは偽りの神を信じ、世界のために世界を滅ぼす。ラトーを救うとうそぶいて兵器に使い、ラトーのためにラトーを燃やす。真実と嘘が入れ替わっている。こちらの話も、説得も一切通じない。ラトーに人間に、あらゆるものを道具として利用し、ラプセルに穴を開けて忍び込み蝕んでくる……。私たちが戦っているのは手段を選ばない、そういう相手です。何を言われても、耳を貸さないように」


 最後の一瞬、ユークの黒目が光を失う。

 それから、覆い隠すように穏やかな笑みをラムノに向けた。



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