第46話 欠陥工事①~救済~




 右腕でブレードガンを振り抜き、同時に肩口からガトリング砲を出す。


 スグルは味わったことのない解放感に酔いしれていた。

 さっきまで重病患者たちが横たわっていた病室だった瓦礫をさらに踏み砕いた。

 道路と反対側の開けた土地、遠くの山々を塗り潰さんばかりに白い粉塵が舞い上がる。


 銃弾の雨をレトリアに浴びせかけながら、突進して十文字にブレードガンを斬りつける。

 こんなに簡単に世界を塗り替えられる。自分の手足のように自由自在に動かせる。

 制限時間があるとはいえ、ザークル一周さえ出来そうなほどスグルとバロルクはエネルギーに満ちあふれていた。

 レトリアも鎧をブレードガンに変形して応戦するが、手に取るように動きが読める。


 レーザーを撃とうとする花弁たちを、胸部装甲下方の熱光線カッターで一刀両断して黙らせる。

 爆風で一台だけ取り残された駐車場の救急車の窓ガラスが粉々に割れて、車体ごと吹き飛ばされた。地面に炎が走り燃え上がる。


「ラプセルの人間どもはどう思うかなぁ……。人間を守るためにラトーと戦うお前が」


 勢いよく加速して、空中回転してガンブレードを叩きこむ。


「人間を喰うためにラトーの殺戮を繰り返していたと知ったらなぁ!」


 互いの刀身が弾き合い、バロルクの盾二枚を張り付けたような無骨な頭部、その隙間に火花が眼光のように映った。


 第一層の天使がレトリアに殺られた。

 天使は階層が低いほど人間に近く、あらゆるゲート間を制限なく移動でき、自身も強力なゲートを作り出せる。

 運び屋にはぴったりだが、その分人間同様脆くて弱い。

 上級天使たちを呼ぶ一番の近道を断たれたが、無論プランBはある。


「十年前、ラトーがこの惑星に攻め込んだ。それと同時にお前が目覚め、ラプセルをラトーから守った。そうなっている。そう聖典には書かれている。そして──」


 第一層を失った今、神樹跡よりさらに厳重な結界が張られたエンデエルデに突撃しても無益だ。

 先にレトリアとユークを殺して、結界を無力化する他ない。


「そして生き残った皆は、カラクタはラトーがばら撒いたと信じ込んでいる……。ラトーさえ滅ぼせば全て平和になると、皆お前に操られている……!」


 ラトー、人間の姿を奪われ、天使にもなり損ねた生命エネルギーの暴走体。

 神の救済がなければ、自分もあんな化け物に成り果てていたかと思うとスグルは震えが止まらない。


 導くべきものを騙し、救うべきものを殺す。

 こんな世界は間違っている。


 天使を増員する前に、僕たちだけでレトリアを倒す。

 リスクは上がるが、スグルには自信があった。


 レトリアを直接食い止めるのは、ラプセルに侵入できた僕たちにしか出来ない。


 新たに形成されたレトリアの群体レーザーをガンブレードで受け止め、スグルはレトリアの頭目がけてレーザー銃を発射した。


「僕は違う……僕はお前がどこから来たか知っている……!神の人形に憑りついた亡国の幽霊……!」


 かわしきれなかったレトリアの頭右半分、白銀の髪が蒸発し皮膚が焼け爛れる。

 たちまち修復が始まるが、瞼を失い剥き出しになった赤い眼球は凍りついたまま何も語ろうとはしなかった。


「……」





 〇 〇 〇





 全ては一瞬の出来事だった。

 ラムノは己の無力を呪った。


 ラトーの上に座る黒いライダースーツを着た女性が不敵な笑みを向けた瞬間、あらゆるスクリーンに砂嵐が流れて何も映らなくなった。


「レーダー系統、映像送受信系統、エラー発生!アンテナは異常なし、電波障害の可能性大!」

「大佐、今のは一体……」

「見間違いだ!人間がフラルも装備もなしで八千mの高さに生身でいられる訳がない!……恐らくは、人間の姿を真似たラトーの上位種……!」

「上位種!?かつて宣戦布告をしてきたきり姿を見せてこなかった、知性を持つ存在の……!」

「指揮管制機が情報を得られなくては死んだも同然だ!後退して回復するまで距離をとれ!私は中佐と緊急避難口の窓を見に行く!」


 AWACS-Tは探知用のレーダーから極めて強力な電波を発しており、乗組員の身体保護のために全体が特殊な分厚い防壁で覆われていて窓もほぼない。

 外の様子が一切分からない不安を消し去るべく、ラムノとソフィアは機体後部へと走り出した。


 乱気流に突っ込んだように、やけに機体が揺れる。

「大佐、これは……」


 そして、窓を覆うエメラルドグリーンの渦模様に二人は息を呑んだ。

「これも、さっきの奴の仕業というのか……!?」

「この空間はいったい……直接攻撃するのではなく、何のために私たちの機体を……わっ、きゃああ!」


 機体の揺れが激しさを増し、ラムノとソフィアの身体は宙に舞い上がり壁に頭をぶつけた。







 意識を取り戻したラムノは、まずソフィアの姿が消えていることに気付いた。窓が割れている。振動が止み、しんと静まりかえっている。

 どこかに不時着したらしい。


 窓から外に出てラムノはあっけにとられた。

 無数の巨大な花々が、天からラムノのいる地面に向かって咲いている。

 冬とは思えないほど濃い青空と太陽と、雲の代わりの透けた葉っぱたち。


 青空は地面に近づくほど黄色や赤に近くなっていく。夜明けと真昼の空を混ぜてもう一つおまけに太陽を放り込んだような、時間感覚も空間認識も狂いそうな世界が広がっていた。



「あら、まだいたの」


 その声に振り向くと、シフォンの愉快そうな鳶色の目とラムノの怒りで光る藍色の目がぶつかった。

 フラルを使う前に、ラムノはスーツのベルトホルスターから短銃を抜いてシフォンに向ける。


「貴様……! 何者だ! 部隊をどこにやった!返せ!」

「そんなにカッカしないでよ。皆は生きてるから安心して、レトリアから貴女たちを救うのが私の使命なんだから」


 シフォンの言葉はどうやら本当らしい。ラムノはソフィアの霧の甘い香りが漂っていることに気付いた。


「レトリア様……? 貴様はラトーとどういう関係なんだ!? 誰の差し金でこんなことを!? いったい何をするつもりだ!」

「うーん、うるさそうなクレーマーが残っちゃったわね。まあいいわ、いずれは説明しなきゃいけないことだし。まずはこの空間、不思議でしょ?どこだと思う? ここは海底の底の底、地殻とマントルの間。その中でも特別な道……アムリタの水脈を辿らないと入れないところなの。で、顔パスを持ってる私が特別に皆様をご招待してあげたってワケ」


「高度八千mからマントルへ!? そんなバカな真似信じられるか……何のために!?」

「決まってるでしょ。人間たちを天使に昇格させて、天の国に連れて行ってあげるの。ラトーにされちゃう前に」


「天使……?」

「ああ、そっちの聖典には天使がいないんだっけ! 可哀想に……でももう大丈夫。もうすぐ神がお戻りになられたら、戦争も、カラクタも、全部消えてなくなるから!」


 天使、そっちの、もうすぐ神が、一言一言がラムノの胸に深く突き刺さった。

 この女は知っている。

 私が知らなかったこんな場所を。

 私が命を捧げた国に背いてまで、追い求めた真実を。


「貴様、神はいるのか!? どうやったら会える? 教えてくれ! そっち側はいったいどうなっている!?」


 ラムノは掴みかからんばかりにシフォンに詰め寄る。


「ちょ、ちょっと銃しまって、神に会いたくて興奮する気持ちは分かるけど、私も暇じゃないんだから……。ここに来るのだって随分遠回りしちゃったし……」


 シフォンの胸元から閃光が迸り、ラムノは目が眩んだ。

「くうっ……!」


「どうせ後でお迎えが来るわ。少し後回しになるけど貴女もちゃんと天使にしてあげるから! じゃあね!」

「逃げるな! 待て!」


 するりと身をかわして花の陰に逃げ込むシフォンをラムノが追う。

 何機もの戦闘機が片隅に転がっている。不時着したように不自然に傾いているが、目立った損傷はない。

 中にいたパイロットの気配は、どこにも感じられなかった。あるのはソフィアが残したほんのり甘い香りのみ。


 花と空、戦闘機だけの空間をがむしゃらに走っていたラムノだったが、ようやくシフォンに追いついた。

 というか、先にシフォンが止まっていた。

 先ほどまでの余裕は吹き飛び、肩を震わせ呆然としている。



「嘘でしょ……なんで……? 私が授かったバロルク、最強のバロルクが、ぺちゃんこ……なんで、どうして……」


 そこでラムノが見たのは、石像のような白造りのロボットがうつ伏せに倒れているのと、ロボットの肩のあたりからめり込んでいる超巨大なコンテナ型の物体だった。


 コンテナは、どこからどこまでが端だか分からない。二人の前に壁のように立ちふさがっている。

 その向こう側から、声が聞こえてくる。


「ラ~」

「わっ、ラー! 誰かに聞かれたらマズいって! もう少し口閉じてろ! ていうか、ここどこ?」


 そこでラムノの張り詰めていた緊張がどっと崩れた。



 

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