第41話 バロルク




『速報です!ラトーの巨大人型新兵器の急襲が各地で発生しました。非常に危険ですが速度は鈍く、陸軍と空軍が討伐に向かっております。地域住民の皆様は放送の指示に従って落ち着いて避難を……』


 おいおい、こんなことまでやるとは聞いてねえぞ爺さん。



 ウロヌスはツピラ砂漠第五遺跡最下層に、自分の家族とスタンツの家族を連れて降りてきていた。

 避難も兼ねているが、“新世界”に一番乗りするためである。


 ここへは表向きの工事担当とは別の会社に掘らせた隠し通路を通ってきた。

 スタンツが怪しい動きを見せるにつれて、警察や保護局の目も誤魔化せなくなってきている。


 しかし警察が来ようが軍が来ようが、首謀者のスタンツはダンテがいなければ絶対に入れない聖典の最下層だし、ウロヌスも蜥蜴とかげの尻尾は選んである。

 遺跡破壊、盗掘、国家転覆幇助……何も知らない水道会社社長にまず容疑が向くように物的証拠は押し付けてきた。

 ラプセルを救うためには仕方がない、ちょっとの間の辛抱だ。どうせ後で皆救われるんだし。


『レトリア様と衝突する以上、多少の被害は避けられん。が、もちろんそれも神の御考えあってのことだ。私が率いる“天使”たちがレトリア様を浄化すれば、神は御力を取り戻す。そうすれば世界は元通りに“復元”されるし、君の財産や力が損なわれる心配は一つもない。まあ、いつも通りにどっしり構えていてくれたまえ。私の言う通りにして間違った試しがあったかね?』


 神からの預言を熱っぽく語る、スタンツの充血した目を思い出す。


 現実主義者で即物的なウロヌスは神の実在こそ信じてはいたが、特別崇める気は起きなかった。

 神の創世と、ラプセルが神に守られてきた証拠は山ほどある。

 その存在に疑う余地はない。礼拝堂にだって月一で行ってる。


 しかし世界大戦もラトーもカラクタも止められなかった神なんて、はたして崇める必要があるのだろうか。

 神が人間に与えた試練と言えばそれまでだが、だったらこっちも報酬がなければ聞く気は起きない。

 それも天の国なんていう説明書もろくについてない後払いより、カラクタ完治という前払い報酬の方がずっといい。


 とにかくウロヌスはスタンツほど信心深くはなれなかったが、その預言の内容自体は信じていた。

 だからレトリアという畏敬と恐怖、絶対的な力の存在を裏切ってまでここまで来た。

 確かに今のところスタンツの指示通りに全てのシナリオが進んでいる。

 その極めつけが今からウロヌスたちが行こうとしている場所と、だった。


 第五遺跡最下層は造船ドックのように段々と掘り下げられていて、一番下にウロヌスたちが乗り込むための船が鎮座している。

 が、人間たちにとっては結構な大きさの船もドックのサイズに比べればやたらちょこんとしている。

 コンクリートと鋼矢板でしっかりと補強されたドックの真の目的は、その最奥にあった。



 ウロヌスが連れてきた家族は皆、時折岩肌を伝って滴り落ちる地下水への不満も忘れ、巨大な像の残骸に目を白黒させていた。



 降り積もる岩土の汚れを払い落とされた白銀の腕は、人間と同じ細やかな動きが出来るように幾つものジョイント(節)に分かれている。だらんと上向いている掌だけでも数百人乗れそうなほど大きい。

 指の関節から見え隠れするワイヤーの黒い陰から、何百年経とうと劣化しない、尽きることのない亡国の怨念が滲み出てきそうだった。




 世界大戦の前の戦争でラプセルを侵略しようとして滅びた軍事帝国、トイヒクメルク。


 ラプセルの神樹やフラルのオーバーテクノロジーに対抗すべく、当時最新の科学技術と人体改造に明け暮れてトイヒクメルクがたどり着いた結論が、戦術核兵器搭載型人体思考波同調装甲ロボット“バロルク”だった。


 戦艦数隻分のリソースをつぎ込まれた頑丈かつ俊敏な巨体で、海を渡りラプセルに乗り込み暴れまわり核を投げ込む。

 力任せの粗暴な特攻作戦で実際に核を投下されるまでには至らなかったが、上陸してきた機体にはラプセルも随分手を焼かされた。

 無力化に成功した機体は研究に回されて、そのときの教訓を活かして開発されたのが人体の神経信号でも動かせるようになったフラルの内蔵化……だったはず、とウロヌスは歴史の知識を総動員して思い出す。



 今掘り起こされた巨大装甲ロボットは壁にもたれて座る形で置かれていて、天井に迫る勢いの胴体はスタンツの指示通り表面部分だけ改修を済ませたものの、効率主義者のウロヌスには随分燃費が悪そうな見掛け倒しの前々時代オンボロ兵器にしか見えなかった。


 本当にこれに“天使”が乗り込んでレトリアと戦うというのか。

 フラルや電気の類は流すなと言われているが、試運転等しなくて大丈夫なのだろうか。

 電気で動かさずに何で動かすのかというと、やはり神の力か。

 レトリアだって目覚める前はただ極めて精巧なだけの、地上にある素材でできた人形だった。

 神の御力が宿ればまた変わるのかもしれない。



 そういえばこのバロルクと、レトリア様の“鎧”って少し似てるかもな。

 こっちは人型で、あっちは胴体もないし人っていうより花びらが集まってできたような形だけど。






 〇 〇 〇






「い、いったい何なんすかねあれ……」

「さあ、とにかく早く出ましょう!」


 病院内は未だにぐらぐらと揺れるが倒れている暇はない。


 何とか立ち上がった俺と医者は、人の流れに従って化け物が迫りくる正面玄関とは反対方向の裏口通行門へと走った。

 廊下も広くて押し合いへし合いになる心配はないが、ここは病院だ。

 動けない一部の患者を心配して医師や看護師、それに見舞い客が何人か逆方向に駆けていく。


「くそ、病室に直通できる電磁はしごが降りてこない!何のための緊急用だ!」

「エレベーターも止まってます!階段とエスカレーターしか使えませんが、間に合うかどうか……!」


「何している!ぼんやりしていたら潰されるぞ!」

「待って!恋人がまだ上の病室にいるの!!」

「レトリア様と軍が出動したって速報が出ただろ!重病者の救助なら軍がしてくれる!」

「それなら病院から慌てて出る必要ないじゃない!見えた?あの化け物が通った跡、ぺちゃんこに潰れて真っ黒な煙が出てた……ここにいる皆全員助かるか殺されるかしかないのよ!置き去りになんてできない……!」


 パニックで阿鼻叫喚になっている人々の横を走り過ぎながら、俺はこの病院に来た当初の目的を思い出す。


 そういえばリリカは無事なんだろうか?


 そもそも俺自身が死んだらどうしようもないので、引き返して救助なんて気はさらさらない。

 が、そんな小さな懸念が出てきた途端に、もっとどうしようもないことが起きた。



 突然足がよろけるほどまた激しい揺れが起きて、天井に亀裂が走る。


 とっさに頭を抱えて伏せると、バキバキと頑丈なものがへし折れる絶望的に耳障りな音が響いた。

 人間の手のように枝分かれした何かが、上から天井を割って出てきてさらに廊下を床ごと引き裂いた。


 ショベルカーが建築物を乱暴に崩していく解体現場を思い出す。

 ショベルカーと違うのは、なんか不揃いな肉片を継ぎはぎしたようにてらてらと肉光りしている上に、ドロドロとした液体が流れていて気持ち悪すぎるってとこぐらいだ。

 その“手”がもう一回病院を崩そうと、今度は俺がいる方向に振りかぶってくる。


 地球で死んだと思ったら生き延びて、かと思えば心臓にカラクタとかいう爆弾仕込まれて、それでも頑張って科学者とっ捕まえて克服しようとしてた矢先にこれ?



 ショベルカーVS俺。

 これが神様の見たかった試合?本当に?盛り上がるとこなくない?


「たっ、助け……」


 ショベルカーが聞いてくれる訳もなく、降りかかってくる“手”が無慈悲に襲いかかってくる。

 爆風のような、頬が引きつるほどの衝撃波を受けて俺は目を閉じる。


 終わった、と思った。



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