第36話 着火




「もしもし大佐?」


『随分遅かったな、仕事中か?』

「まあそう、移動で今やっと一人になれたとこ」

『私も安全な場所に来られた、ゆっくり話せるか?例の件だが、やっと進捗があった。……と言っていいかどうか、例の隔壁の最終設計図以前の途中データも提出してもらったが、専門の奴によると「綺麗すぎる」らしい』

「綺麗すぎる?」


『ああ、随分な変更があったにも関わらず、一度の微修正もなく一発で綺麗に変更できている。お前が寄こしたエンデエルデの証人の発言と一致する。ローレンスを外した後の現場はスムーズにさくさく動いて、何のダメ出しもないのが不気味だった……ポソネム氏が綺麗に設計図を書いたというより、設計図がポソネム氏のために動いている。データの最終変更日も盛んに巻き戻って最初から完ぺきだったように仕上げられていた……ポソネム氏がローレンスの陰口を言いふらしていたという証言もあって、互いの心証は最悪だったようだ』


「だろうなぁ。ここからは俺の推測だが、ポソネムにはお抱えのブレーンか影武者たちがいて、そいつらがいつも綺麗にしてくれてるんだと思う。でもポソネムお坊ちゃまはそれを認めたくない、そんなお膳立てが無くったって俺には才能があるんだぞ……と。だから時々ブレーンを無視してオリジナルの変更を加えてしまう。急な仕様変更によるトラブル多発はそれが原因だ。奴らは成果主義に追われて互いの連携が取れてない」


『私もその線が強いと思う。しかし探れるのはここまでだ、日付まで塗り替えられていては証人の発言もデータの穴の証拠には足りない。ここからの聴取はポソネム氏ご本人の同意が必要になる』

「データは隙がなく守られてて、結局ポソネムに自白させるしかないってことか。うーん、投資会社に渡したアレが吉と出るか凶と出るか……」

『?アレとは何だ?』

「いや、何でもないっす」

『とりあえず検証チームには、外堀を埋めていくように動いてもらっている。また何かあったら連絡する。ところで話は変わるが……リリカ様の例の御病気、マツバはどう思う?』


「獣の耳が生える病気?昔にもあったって聞いたけど……どうなってんだこの国。放射線よりもっとやべー奴が出てるんじゃないの?」

『ラプセルを侮辱するな、そんなことになってたらリリカ様お一人どころか国全体の緊急事態だ。しかしそれだ、なぜリリカ様だけが生まれた時から体内フラルを使えて、なぜフラルを失った後に古代の奇病に罹患したのかが私はずっと引っかかっている。これは不敬な考えだからあまり言いたくないが……リリカ様の実の父親が関係しているのではないかと思う』

「ほう?」

 自分も父親が過去にスキャンダルを起こしたからか、この件でラムノは随分リリカに同情しているようだった。



『お前やラーのように次元の裂け目から来た異次元の存在……という可能性は考えられないか?』

「!……大佐にしてはえらく大胆な推理だね。そう思った理由は?」


『ラーの肉球だ。ラトーの幼生がラプセルの生物と地続きになり得るとしたら、その逆も疑ってみるのが当然の流れだろう。無論、リリカ様の父親がラトーに関係しているなどと言いたい訳ではない。ただ、異次元から来たラーがハリドラの摂取で生き長らえ身体も変わりつつあるのなら、リリカ様も……』

「それはえーとつまり、もしリリカがハリドラやハリドラから採れたラーの薬を飲んだらどうなるか、ってこと……?」


『マツバ、お前次の検診が三日後にあるだろう?ちょうど記憶喪失治療の名医と言われている精神科医が、リリカ様の入院先の病院に勤めている。空軍基地付近に来てもらうよりも、お前がその病院に出向いた方が向こうの都合もいい。予約を入れておいたから、リリカ様に直接会うことはできなくても病院全体の雰囲気の探りを入れてほしい』

 空軍基地の病院を出た後も、定期検診で俺の記憶喪失の治療は続けられていた。

 嘘の記憶喪失だから何もかもが無駄なのだが、そういう設定でラプセルに住まわせてもらっている以上は仕方ない。


「おいおい、やけにぐいぐい動くな。そんなセッティングされても俺は何の力もないし、リリカを解放しろー!とかデモ起こしたりもできないぜ?」

『そんな無茶は言っていない、様子を見てくるだけでいい。お前は私よりも遥かに動きやすい立場だろう。自由も力のうちだ』

「言うねえ大佐。まあ無意味な治療の気分転換にはなりそうだし、期待しないで待っといてよ」





 〇 〇 〇





「これさあ、間違ってるって僕前も言いませんでした?いや貴方が間違ってないと主張するのは別に結構ですけど、そう思う根拠も持ってきてもらわないと。その図面は修正前ですよね?人に指摘する前に手持ちの資料確認する癖つけた方がよくないですか?」


 ポソネム・フラウシュトラスは機嫌が悪かった。穏やかでおとなしい無害な表面に反して、一たび自分より下と見なした者へは次から次へと嫌味・愚痴・悪口が溢れ出す。

 戦闘機の隔壁の件で長い時間取り調べを受け、自分は本件には何の落ち度もない、むしろ下請けの失態に巻き込まれて迷惑していると抗議してもなしのつぶてだった。

 今までだと有り得ない待遇である。


 一人前というには未熟だが、人の助言を聞き入れるには頭脳が驕り高ぶりすぎて謙遜やゆとりがない。

 才能が全くなければ政治もしくは神学方面で地道にコツコツ務める道もあったし、真に才能があれば家族や伯父のフォローがなくても成功できていただろう。

 工学の中途半端な才能と、フラウシュトラス分家の中途半端な権威の相乗効果がその慢心と自己顕示欲を育てあげたと言っても過言ではない。


 ポソネムに似て中途半端に能力があるせいで、それ以上の名声を望んでしまった伯父スタンツの嫌味が耳に残る。

『君は悪くない。悪いのは君の意図を読めなかった末端の者たちだ。それは分かっている。しかしだね、上に立つ者は下の者の面倒まで見てこそ初めて尊敬されるものなのだよ。私がいつも君の面倒を見てやっているようにね。一人立ちしたければもっと周りと協調する術も覚えたまえ』


 そう言って渡された仕事は、ウロヌス社の新たな工事現場で使う小型船甲板の三次確認だった。

 真水でも海水でも柔軟に対応できる結晶融合強化繊維CFRFが使われている。それ以外は聞かされていない。


 隔壁の一件で当分軍の目玉となる大仕事は遠ざかった。アンテナ開発も主導権は直属のタルタン社ではなく、親会社のウロヌス社が握っている。

 新素材に関わる仕事はその埋め合わせのつもりだろうが、どうせ最後に仕上げるのはウロヌス社の誰かだと思うとポソネムは興味が出ない。

 自分の名声に箔がつくような仕事じゃないし、自分が手を抜いたってウロヌス社が気付けばいいだけだから問題ない。

 誰がやってもおんなじの、さして張り合いのない仕事。適当でいいか。


 ポソネムはささっとスピード重視で片付けた。



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