第35話 外道
まず、いいニュースから話そう。
ローレンス親子が考案し、ノウゼン社が設計したCFRF-αアンテナは最高の出来だった。
初めは小型ながらスイッチ一つであらゆる長さのアンテナに多段変形可能で様々な周波数に対応可能、フラルとの組み合わせも上々で宇宙環境でも。パラボラアンテナ級の強度とそれ以上の耐久性も期待できる。
さらにもう一つのいいニュースは、エドがハリドラの重要な成分の特定に成功した。
最初はラトーの幼生を凶暴化させる原因の毒を探していたが、ツリーハウス内の設備だとすぐに行き詰ってしまう。
そこでカラクタ研究の原点に戻って、なぜハリドラを食べている限り幼生は生き長らえるのか?に切り替えた。
ハリドラの複数の成分と、涎の他に寝てる間にこっそり採血したラーの血をいろいろと反応させた結果、ある成分だけが特異な反応を見せた。
この成分こそがラーをラトーではない別の無害な生物に押し留め、同時にラプセルの環境下でも適応できるようにしているに違いない。
エドは本来生物学畑の研究者ではないので(俺は十分名乗れると思うが)、ここから先は信頼できる医学薬学の専門家を探すしかないと言っているが、これは製薬化への大きな一歩だ。
それからラーの、どこからどこまでが胴で脚なのか分からないウミウシの如きヒラヒラ、その先っちょの一部に吸盤?肉球?のようなものが出来てきた。
猫で言うとちょうど前脚と後ろ脚にあたる四ヶ所だ。
ふにふにと弾力があって気持ちがいい。触ってると「ラァ~」とくすぐったそうにじたばたされた。
ラーは依然育ち盛りだが、これはどう見てもラトーになる前兆ではない。
アンテナの件が一段落したら、ノウゼン社長にラーのことを打ち明けようと俺とエドの意見は一致した。
俺が古代遺跡で捕獲して、ラトーの幼生だと思って処分しようとしたエドが、調べていくうちにラトーの毒に汚染された古代生物ではないかと分かってきた……そういう脚色付きのストーリーを添えて。
次に悪いニュース。
エドたちのアンテナは、テストもろくにさせてもらえずに軍に蹴られた。
小型化はどうでもいいんだとさ。耐久性も今のシリーズで十分、新規参入されると他の関連部品に混乱が生じる可能性がある。
軍のアンテナ開発の進捗が止まっているのは決して技術面の問題ではないし、CFRF-αが砂漠のフラル枯死を止めた実績はアンテナの革新性を証明するものではない。砂漠と戦場では訳が違う。
……とか何とかかんとか長ったらしいお断りの文句ばっかり返ってきた。
明らかにウロヌス社からの圧力がかかっている。
ポソネム絡みの調査でラムノを通じて動いてくれる連中が出てきて、軍にもウロヌス系列に反感を持っている奴が大勢いるのは分かったし、テストぐらいは参加できるだろうとそれなりに手ごたえは感じていた。しかし未だにポソネムにまで調査のメスが届かないことと、反ウロヌスの連中がウロヌス社の圧力に勝てないという現状は予想以上に厳しい回答だった。
開発費がラーメン屋とノウゼン製品の売り上げを上回り、リターンを見込めないままの大幅赤字に俺とエドは頭を抱えた。
CFRFの特許譲渡なんか雀の涙のように吹っ飛んでいった。
「……振り出しだ。いやマイナスかもしれん。どうすんだよ、今にもウロヌスどもがCFRF-αも回収しに乗り込んでくるぞ。結局頭下げるのは俺たちの方じゃねえか」
「いや、前進はしてる。ハリドラの研究は進んだし、CFRF-αフィルムは砂漠で絶賛稼働中だ。後はいかにウロヌス社の魔の手をかいくぐるかだが……俺はこれからムールス社に会ってくる。ムールス社も過去に何度もウロヌス社に邪魔されて恨みが積もってるし、同盟を組んで製品化にこぎつけるメリットは向こうも大きい。本当は向こうから頭を下げに来るのを待ちたかったが、まあウロヌス社に頭下げるよりはマシだろ」
「そうか……まあ、俺らはそういうのはお前に任せっぱなしだからしっかりやれよ、としか言えんが。ところで、お前そろそろノウゼンさんとの例の話進めたらどうなんだ?自由なのが性に合うってのは分からんでもないが、きちんとしといた方がノウゼン社の営業の人とももっと連携がとれるし、ノウゼンさんもお前への利益配分を見直したい、ラーメン屋の利益をほとんどもらって申し訳ないってすまなそうにしてたぞ」
エドが言っているのは俺とノウゼン社の業務委託契約についてだった。現状は有期契約になっているが、正式に営業顧問として採用したい、部下としての雇用ではなくあくまでフラットな関係のままでもっと自由に意見してほしい、とスモア軍事演習のラーメン出店が成功した頃からノウゼン社長には盛んに言われ続けていた。
まだ俺はエドたちにもノウゼン社にも属しておらず、形式的には外部の協力者に過ぎない。
「ありがたいけど、でも俺って身元不明だろ?一応身分証は作ってもらったけどさ、もし何かあったときに責任取れないっていうか……」
「お前散々勝手なことばっかりしておいて、そんなことは気にするのか。今更なんだ、そのうち俺が保証人になってやる。軍のお偉いさんよりは頼りになれんが、ラトーの幼生の研究を始めちまった以上俺も逃げようがないしな」
やれやれ、これだから研究バカは。
エドはもっと実験データ並みに人を疑った方がいい、と俺はつくづく思った。
いいニュース悪いニュースと来てそれから最後に、いいか悪いかなんて俺の知ったこっちゃないニュースだ。
俺は今、ウロヌスが以前紹介してくれた投資会社の役員と応接室で茶を飲んでいる。
ふかふかのソファが眠くなりそうなほど気持ちいい。
ムールス社には会うよ?
会うけどさ、先にウロヌスのお友達に会いに来た。
「いや~マツバさん、先日はどうもありがとうございました。おかげさまで私もウロヌス様にお声がけ頂きまして、つきましてはこれはほんのお礼の分で……」
三日月形に無理やり口角を上げ続けたまま、役員が小切手を差し出してくる。
俺は金額を見ても変な声を出さないよう耐えるのに必死だった。
しかし、残念ながらこの小切手は寝かせといたままにしておくしかない。
CFRF-αも寄こせ、スパイしてこい、というデカい利息付きの借金みたいなものだ。
「こちらこそありがとうございます~。いや、本当にね、いい技術ってのは使ってもらってなんぼですからね。小さい会社だとそれがどうも難しくって……皆いい人なんですけどね~、どうにも要領が悪くて見てられないっていうか、あのままだと僕まで燻ぶってしまいそうで……」
「本当にもったいないですよ~。マツバさんが独立できますようにね、わたくし共も最大限協力いたしますからね、先ほどのは独立資金の足しにしてもらえましたら……」
「いや~ありがたい!今後ともごひいきして頂けましたら……何卒よしなに……」
そうやってバカ騒ぎするのに忙しくて、ラムノからの着信がひっきりなしに鳴っていることに俺は気付く由もなかった。
〇 〇 〇
毎日、毎日、殺風景な白い天井の景色が続く。
小さな身体に投薬漬けされてベッドに縛り続けられるか、機械を頭にくくりつけられて変なテストを受けさせられるだけの腐った日々。
なんでこんなことになっちゃったんだっけ……。
『リリカ!またフラルを人に向けたの!?あんまりそんなことばかりしてると、今度こそ研究所の悪い博士たちに連れていかれちゃうわよ!』
『だって、あの人たちがまたお母様の悪口言うんだもん!お父様との結婚は財宝目当てだ、フラウシュトラスの家名に泥を塗るのが目的だ、だなんて……』
『……リリカにも、お母さんがそんな風に見える?』
しゃがんで聞いてくるお母様の瞳は、珍しく弱弱しかった。
『ううん!そんなこと言う奴らは、お父様とお母様がどれくらい仲良しか知らないからよ!だからアタシが思い知らせてやるの!』
『うーん、気持ちは嬉しいけどねリリカ、それじゃダメなの。たとえばリリカがフラルの特別な力を持っているのは、フラウシュトラス家の特別な人間だからだって言われたらどうする?』
『え、なんで?アタシが特別で素晴らしいレディなのはフラウシュトラス家と何の関係もないでしょ?』
『そう!リリカが特別で素晴らしい存在なのは、この家と何の関係もないわ。でも今リリカがしていることは、力づくで無理やり言わせているようなもの。はっきり言えば脅し。それは本当に特別で素晴らしい将来のレディにふさわしい行為かしら?』
『じゃあどうすればいいの?おとなしく黙ってたって陰口叩く人はいるんだし、どうせなら暴れた方がよくない?』
『暴れるなんて言い方はダメ。立ち向かうと言いなさい。お母さんだってね、言われっぱなしで黙ってるわけじゃないんだから。いつか皆に信じてもらえるように、精一杯立ち向かってるの。リリカも皆に言いたいことを聞いてもらえるようになるためには、フラルばかりに頼ってはだめ。その特別で素晴らしい頭脳で、立派に立ち向かえる人になってほしいな』
そう言って立ち向かっていったお母様は、誰にも研究を認めてもらえないまま死んで、反論する口もなくして、誰からも魔女と蔑まれるようになってしまった。
お母様は負けてしまったの……?
アタシも負けたの……?
フラルも使えない、フラウシュトラス家の子供でも何でもない、ただの実験動物もどき。
このまま薬漬けにされて、レディに程遠い姿のまま死んでしまうの……?
「……負けるもんか、絶対に!!」
診察のためにドアが開いた隙を狙って、リリカは通算二十回目の脱走を試みた。
今度もあっけなく捕まってしまうだろう。もっと厳しくぐるぐる巻きのように拘束されてしまうだろう。
それでも手ごたえは感じていた。
カメラの位置、警備員がどこから出てくるか、白衣の大人たちの死角はどこか。
ちょっとずつ逃走時間は伸びている。
フラルが何さ、フラウシュトラス家が何さ。
そんなものなくったって、アタシはお父様とお母様の娘なんだから。
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