第29話 宇宙からの贈り物
「内部告発?」
「はい~。詳細はお話しできませんが、ウロヌス社の社員と名乗る方から懺悔をお聞きしまして~」
俺とニーナは治療のためにツピラ聖堂に運ばれて……治療という名のお茶会のおもてなしを受けていた。
窓の向こうでは青空と砂漠が、聖堂の柱廊に区切られて額縁の中の絵のように輝いている。
この国の司祭は全て医師免許かフラル技師のどちらか、もしくは両方を所持している。
神にまつわる儀式を司り、人やフラルを治癒するスペシャリスト。
軍人が武のエリートならば司祭は知のエリートといえる。
ラムノの双子の妹、キルノ・プフシュリテが長くしなやかな指でティーカップを持ち上げると、柑橘類と茶葉の優しく爽やかな香りが一層強く漂う。
蔦模様の掘り細工が施されたティーテーブルに、大きすぎる胸がどんと乗っかっているのが気になるが……じろじろ見ないように努めるのが大変だった。
いやしかし、顔を見ようとしたら視界に飛び込んでくるし、片方だけでも絶対俺の頭分以上はあるって!
身長諸々が全然似ていないのは二卵性なんです~、とのこと。
ラトー襲撃の際に崩壊したこの地域一帯の電気や水道を整備し直したのはウロヌス社系列の会社だが、その後もフラルの枯死は何年も続き、水道の故障や停電も度々起きる。
安定した水の供給のためにウロヌス社は特殊な半透膜で、海水を淡水に変えるプラントを建設した。ところがその途端にフラルの枯死被害は何故かますます増えて、ウロヌス社のような大企業でなければ採算が取れなくなり、ほとんどの中小企業はウロヌス傘下に吸収される形で潰されてしまった。
国から援助される復興のための資金はもちろん住民票を持っている現地の人々に還元されるが、その浮いたお金で人々はまずウロヌス社が販売する“モバイルフラルバッテリー(消耗品)”を買わなくてはならない。いつどこで急にフラルが使えなくなってもいいようにだ。社員割引は三割もある。
フラルが死に絶える砂漠で水や電気に困らない快適な生活を送れるのは、ウロヌス社のおかげです!ウロヌス様ありがとう!
え?なんでウロヌス社系列の社員以外まで助けないといけないんですか?あなた水道直せます?電気通せます?海水から真水を作れますか?
……ウロヌス社なしでは生活もままならぬ、インフラで依存させて脅迫するウロヌス帝国の出来上がりである。
「つまり、復興のためという名目で作られたプラントや水道が逆に土地や住民の害となり、その救済という名目でまた国からの援助や労働力を巻き上げている……マッチポンプって奴ですか?」
「その通りです~」
しかもこのマッチポンプが、最近とんでもないものを掘り当ててしまったというのだ。
ポンプが海水を汲み上げる影響で、周辺の地下水脈の水質が変わってきた。調査の結果それ自体に特に大きな問題はなかったが、同時に神樹跡近くの地下にこれまで発見されていなかった遺跡が埋まってることが新たに判明した。
もちろん重要文化遺跡に間違いないので、直ちに国に報告はしている。
……が、一方で正式な調査隊が派遣される前に会社ぐるみの盗掘が堂々と行われている。役人に賄賂を握らせて金になりそうなものだけ先に回収してしまおうと言うのだが、それ以来謎の声や突然の流砂の目撃情報が相次いでいる。
神樹のお膝元でそんな怪奇現象が起きたらこの国の人なら神を恐れて盗掘をやめそうなものだが、なんとトップのウロヌス自身が盗掘(本人は研究のための採取と言い張る)を推奨し、採取と怪奇現象は全く関係ないから続けろと断言しているのだという。
上層部のそんな会話をうっかり聞いてしまったその社員はどこに相談しても途中で握りつぶされるかもしれない、と悩みに悩んだ末に聖堂に駆け込んだ。
幽霊騒ぎは遺跡に封じ込められていた古代人たちからの警告に違いない……。いや、昔からの生活を捨てざるを得なかった今の人々の生霊かも……。
「なるほどなるほど〜もし事実だとしたらとんでもないスキャンダルっすね、こりゃ〜」
「そうですね~でも遺跡の周辺はウロヌス社さんにがっちり警備されていて、証拠の掴みようがないんです~。いくら豪胆な方とはいえ、ウロヌスさんが何の根拠があって神樹と遺跡は無関係と言い切れるのかも謎ですし~……」
そこでお経のようなぶつぶつとした囁きが聞こえてきた。
見ると隣にいるニーナがティーカップを両手で握りしめながら、心ここにあらずといった風な虚ろな目で呪文を唱えていた。
その青白い顔たるや、井戸から這い上がって来たような鬼気迫る有り様で声のかけようがない。
「海水を淡水に……砂の粒子……半透膜……ま、マツバさん!ちょっと先に帰っていいですかっ!?今思いついてる間にどうしてもやらなきゃいけないことができて……もしかしたらフラル枯死問題、いけるかもしれませんっ……!」
「え、何、どしたの急に?」
「お茶飲んでる場合じゃないっ……!あ、あの、司祭様今日は本当にありがとうございました!せっかくお招き頂いたのですが、急ぎなのでこれにて失礼しますっ……!このお礼は後日にっ……!」
そしてニーナはバタバタと、コケそうにならないか心配になるぐらいの勢いで立ち去っていった。
「あらま~どうしたんでしょう~。お茶が合わなかったのかしら~?」
「全然そんなことないと思いますよ、最後一気に飲み干してたし……」
「そうですか~では話に戻りましょうか~。ローレンスさんを怖がらせたら可哀想だから黙っていたことがあったのですが、マツバさんにはお話できるかもしれません〜」
「え、もっと怖い話っすか?」
「そうですね、幽霊より怖いかも〜。マツバさんは~ラトー側の宣戦布告がどのようなものだったか覚えておいでですか~?」
「えーっと、うろ覚えですけど、確か一方的にこの星を滅ぼすって通信を送って来たんでしたっけ。目的も言わずに、ただ破壊する、と……」
「そうですそうです~。でもその通信が、どのように送られて来たかはご存知ですか~?」
「何があったんすか……?」
世界大戦の終結を喜び、シェルターから出てきた人々の頭上に、それは降ってきた。
粘ついた雨の如きラトーの黒い触手が人々の肉を貫き、骨を砕き、街を壊し、死体と瓦礫の山を積み上げていった。
四肢を捥がれ、胴体は吹き飛び、砕け散った死体の生首は生首を通り越して肉塊と化した。
その殺された死体の欠片たちが、一瞬だけ死者の声を奪い喋り出したという。
『私は全てを殺すために来た。必ず、
短くそう告げると“通信”は途絶えた。
一方的な宣戦布告後にラトー第二の嵐が吹き荒れ、死傷者の山はさらに高く積みあがっていった。
その後ラトーの毒も“通信”が混入して死者を凌辱しに来るような次元の乱れも、レトリアとティルノグが全て浄化して消し去った。
しかしハダプという壁を作れるほどの連中が、いつ何時また隙を突いてくるかは分からない。
「じゃあもしかして……俺らが今日遭遇したのって……」
「まだ証拠はないのでラトーか幽霊かどっちなのか分かりませんが~カラダ、ホシイ、というのはもう一度、何か喋りに来たのかな〜って」
あっけらかんに言って、キルノはティーカップに唇をつけた。
聖堂の停留所までキルノは見送りに来てくれた。
「俺らの方でも何か分かったら連絡しますよ。今日は本当に助けられたんでこっちも少しは力になれれば……」
「ありがとうございます~それにしても姉さまったら、マツバさんのことを内緒にしてたなんて酷いわ~」
俺とラムノが出会った経緯を話すと、キルノは大きな目を糸のように細めて今日一番幸福そうな笑顔になった。
「まあ~じゃあマツバさんの今の身元保証人は姉さまなんですね~」
「記憶が戻るまでの間だけですけどね」
死体の見つかっていない、身内もいない孤独な行方不明者の素性をいずれは借りようと思っていたが、やはりラトーとの戦争が終わるまでは控えた方が良さそうだ。
最初にラムノに言われた、よその星から来たとは絶対言うな、という警告の意味を改めて思い知る。
「あの生真面目な姉さまに、面白そうなお友達が出来たのが嬉しくって~。今日お会いできたのもきっと天のお導きですね~。姉妹ともども、どうかこれからもよろしくお願いします~」
そう言うとキルノは両手を組んで深々と頭を下げた。金髪のつむじから優しい桜の香りが漂う。
物騒な話の後とは思えない、胸を清々しくさせる力のある笑顔と声だった。
すっごい揺れてたな……いや、何でもないです。
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