第28話 動く砂と働く司祭さま




『ダンテ・フラウシュトラス様、事情聴取へ』

『南分家、本家と北分家双方へ抗議声明を発表』


 食堂で朝食を食べている間、テレビではフラウシュトラス家の御家騒動が流れっぱなしだった。

 やんごとなき連中がたがこんなにモメてたら聖典の威信に関わりそうなものだが、そこは皆綺麗に切り離して考えてるらしい。

 ヤシの木と藁の屋根越しに熱気漂う窓の外を見てると、数日前にリリカたちに雪玉をぶつけられたのが遥か遠い昔のように思えてくる。

 ……いや、やっぱ昨日のように腹立ってくるな。





「え~っと、これが、昨日時点のフラルの機能する場所をマッピングした周辺地図です……」


 ニーナが二枚の地図をテーブル上に広げた。

 一枚は神樹跡中心、もう一枚は今俺たちがいるホテルが中心になっている。

 フラルが機能可を示す緑の点はホテルの周囲だけやたら多く、神樹跡に近づくほどどんどん減っていく。

 この箇所が毎日ころころと入れ替わり、停電箇所がしょっちゅう発生するのがフラルの断続的な枯死現象の厄介な点だった。

 しかもこの枯死現象は年々拡大している。いずれはこのホテルも使えなくなるかもしれない。


 神樹跡は国の土地だが周辺地域の復興にはウロヌス社と、支援者スタンツ・フラウシュトラス……ポソネムの伯父が大きく関与している。

 砂漠を抜けた荒野にはフラル生産工場がずらりと立ち並び、ウロヌス社の自社製品用に加工して出荷している。

 皮肉なことにフラルが枯死して使い物にならない地域のすぐそばに、最もフラルの花々が繁茂している世界があるのだった。


 ウロヌス社に言わせれば地方の雇用も創出しているし、枯死現象だって周辺の発電所で代用できているし立派に復興に貢献している。

 世間一般から見たら労働力を安く買い叩いて搾取してるし、枯死現象の根本的な解決から目を背けている。全然復興できてないどころか荒廃が進んでいる。

 どっちの言い分もそれぞれの真実なのだろうと俺は思う。


 ウロヌス社が完全な善でないことは一目瞭然だが、ウロヌス社以上に周辺地域を守れるものも存在しない。

 ウロヌス社に代わってこの枯死現象に一石を投じることができれば、ノウゼン社の名を更に売り出せるのだが……。



 今日はちょうどニーナとノウゼン社のメンバーで試作した防護用結晶フィルムの結果が出る日らしい。試験許可場はホテルの近くですぐ帰れるというので、俺も暑いのを我慢してついていった。

 が。


「あ~……またダメだ~……」

「結晶フィルムなら砂の動きを止めてフラルを守れると思ったんだけどねえ」

「砂以外の原因にもアプローチしてみる必要がありそうだな」


 研究者たちの反省会を横目に、俺は容赦なく照りつける砂の世界を見渡した。

 例の船ロボットが脚を折り畳み、中から巡礼者とカラクタを積んだラクダ車が出てくるのが見える。

 カラクタは生きている間は忌まわしき病の象徴だが、死んだ後は遺骨以上に故人を偲ぶものとして大事に扱われる。

 死後各地の聖堂にしまわれるならわしだが、申請が通れば順番にこうして神樹跡に運ばれて中央の洞内に納められるらしい。


 濃い青空と砂漠の狭間で蜃気楼のようにゆらゆらと歩くラクダ、と……突風に飛ばされていくニーナの帽子。


「ひゃああああ!!ま……待って~……」

「あ~あ~、何してるんだか……」


 こういうときこそ人体フラルの使いどき。帽子をつかみ取るために俺は手のひらから枝を伸ばす。

 すると急に足元の砂がぐんにゃり曲がって滑り出した。

 なんと突然目の前にアリジゴクが作るすり鉢状の穴ができて、俺とニーナは一直線に砂の坂を落ちていく羽目になった。


「うわあっ!?」

「ぴゃああっ……!?」


『カラダ……』


「えっ、ニーナちゃん今何か言った!?」

「わっ、私何も喋ってませんがっ……!?」


『カラダ……ホシイ……』


「「しゃべったあああああああ!!」」


 いきなり出た流砂に身体を引きずり込まれ、謎の怖い声に酷暑から一気に脳天を冷やされる。

 俺とニーナはパニックになって必死に砂をかくが、かいてもかいてもその手足にまた重い砂が積もり力を奪われていく。

 仲間たちが上で騒いでいるのはうっすらと分かるが、底なしの穴は双方もはや声が届かない距離にまで広がった。

 口の中にまで砂が入って来た。青空が遠い。視界が暗くなってきた。

 あ、やば……。



『あらま~。あの迷える蕾さんが告白してくれたのは、こういうことだったんですね~』


 こんな状況に似つかわしくない、ゆったりとした甘い声がはっきり耳に届いた。


『大丈夫ですか~?今止めますから、じっとして待っててくださいね~』

「だ、誰……?」


『砂が苦しいかもしれませんが~落ち着いて、そのまま伏せて動かないでくださいね~。もし当たったら、首が落ちてしまいますから~』

「ひいいいぃ!!」

 訳が分からないまま、抵抗せず沈み込むまま俺たちは砂に身を委ねる。

『そうそう、二人とも上手にできましたね~。では、撃ちま~す』


 炸裂音が轟き、桜の大木が上から降って来る。穴の中央に突き刺さると、砂の流れがぴたりと止んだ。

 ひらひらと舞い散る桜の花びらが俺たちを埋める砂の上に落ちると、重かった砂が嘘みたいに軽くなり、あっさりと手足を引き抜くことができた。


 た、助かった……?と一息つくのも束の間、今度は桜の枝が俺たちの胴にがっしりと絡みつき、そのまま勢いよく流砂の外へと跳ね上げた。


「うわあああっ!!」


 熱砂の上に叩きつけられ、俺とニーナは流砂の中にいたとき以上に咳きこんだ。

 こんな乱暴な救助、一体どこのどいつが……。


「大丈夫ですか~?大丈夫そうですね~。無事で何よりです~」


 さっきの甘い声がもっと明確に聞こえ、ぐったりと座り込んだ俺たち二人を人影が覆う。

 現われたのは……デカい。とにかく胸が……いや身長がデカい。


 司祭職を象徴する黒いヴェールとローブに、逆光できらきらした金色の髪と慈愛に満ちた微笑み。

 日差しを背にして差し伸べられたその豊満な胸……いや柔らかそうな、白の手袋越しでも柔らかそうな手につい吸い込まれて、俺とニーナはようやく立ち上がることができた。

 いや、手の話だからこれは。


「あ、あの~助けてくださってありがとうございます……最後はちょっと、痛かったですけど」

「いいえ~これくらい、お仕事なんですから~。そうそう、あいさつが遅れてしまいました~。はじめまして、私の名前はキルノ・プフシュリテ。ツピラ聖堂に司祭として勤めております~ふつつか者ですが、よろしくお願いします~」


「キルノ…………プフシュリテ……?」


 その名字を聞いた瞬間、出会ったときのあの怒声が頭に蘇ってくる。

『私はラプセル国空軍大佐ラムノ・プフシュリテだ!きちんと階級で呼べ!』


 えっと、これはどういうご関係なんでしょうかラムノさん??



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