第3章 ワームホール

第27話 砂漠に幽霊あらわる?




 そう、ラプセルの人間には魚介類を食べる風習がない。

 というか食べられないのだ。


 淡水の生き物も海水の生き物も、ほとんどが鉱物の結晶体に近い。プランクトンもウイルスと聞いて誰もが真っ先に思い浮かべる、バクテリアファージのようなやたら角ばった形をしている。

 しかし生きてはいるし、すいすい泳ぎもする。お互いに食べ合うし、海鳥に食べられたりもして、一応生態系の中には入っている。

 でも硬いのを無理やり熱で溶かしてもマズいままだし、人体にとっての栄養素もほとんどない。到底食用にはならない。

 ノウゼン社が絶賛開発中の結晶融合強化繊維CFRFの結晶部分は海洋生物が元になっている。


 代わりに海沿いに生える植物に、地球の魚や甲殻類、貝等に近い味のものが多い。

 葉肉の刺身はぷりぷりと弾力があってなかなか乙な味だった。

 しかしここだけの話、ハリドラこそが最も地球の海産物に、それもマグロやカツオの青魚の濃厚な味わいに近いのではないか……と俺は思っている。

 たった少量で極めてしょっぱく潮臭くなってしまうため今まで料理に使われず見向きもされなかったが、よそに漏れたら一大事なのでラーほどではないがハリドラもノウゼン社と俺たちの門外不出の秘密兵器になっている。


「出汁ってのは俺が考案した隠語だ。一般的なフー・タルは茸からスープ作るんだろ?他の茸なんかとは違うってわけよ」

「ふ~ん……普通のフー・タルも好きだけど、確かに茸で作ったのとは全然違いますもんね……」



 食べ終えてお開きにしようかという頃、ホテル全体が揺れて嵐が吹き荒れるときのような轟々とした音が鳴り響いた。それは耳から背筋を冷やしていく、何だか不気味な音だった。


「ひええええっ!!」

「わわっ、地震か?」


 人一倍地震が怖いのか、隣にいた女性社員の腕にニーナがしがみつく。揺れは止んでもニーナの震えは止まらない。

「違いますこれはお、お、お、おばけです~……!ヒイイイイ知ってたら絶対来なかったのに……!だから日が沈む前にはホテルに避難して、いつも隣に誰かついてもらってるんですぅぅぅ……!」


「はぁ?おばけ?」

「最初は怖がってたのニーナちゃんだけで、私たちはこんな見晴らしのいいあたり一面砂の世界に幽霊なんて出る訳ないよ、って笑い話にしてたんです。それに神樹のご加護もありますし、迷える魂なんかあるハズないって……。でもある夜妙に眠れなくてホテルの庭で風に当たってたら、何か重いものが上から砂に落ちて沈み込むような音と、子供の泣き声みたいなのが聞こえてきて……その次の夜も……」


「イヤアアアァ!もうその話はしないでって言ったじゃないですかぁぁぁ……!!」

 髪を振り乱して金切り声をあげるニーナは、まさしくホラー映画のクライマックスのようだった。


 ……というわけで、明日はフラル枯死の調査と同時に、おばけ調査にも赴くことになったのだった。





 〇 〇 〇





 樺月(一月)二十五日に急遽開かれた、フラウシュトラス本家当主ダンテと分家当主スタンツそれぞれの記者会見は混迷を極めた。



「確かに……私と娘のリリカは血が繋がっておりません。国民の皆様への然るべき説明が遅くなり、十年もの間隠していたことについては大変申し訳なく思っております」


『ダンテ様はいつからご存知だったのですか?マリヒ様にたぶらかされたのでしょうか?』

『バレなければ隠し通すおつもりだったのですか?リリカ様や国民のことを真に思うのなら、最初から養子だと打ち明けるべきだったのでは?』

『先代様に身分違いのご結婚を認めてもらうために、ご自分の子であると工作されたのでしょうか?』


「あ、あの、一気に質問するのはやめてください!まずマリヒは私を騙したことは一切ございません!リリカがお腹の中にいる頃から、この子を二人で育てようと提案したのは私です!全ては私のこの国の真実を知りたい、という向こう見ずな冒険心が招いたことです。しかし、それはラプセルやフラウシュトラス家に対する裏切りなどではなく、むしろラプセルやフラウシュトラス家の地盤を固めたい、国の歴史を取り戻したいという愛国心からです!皆様は変に思わないのですか?数十年前に始まったばかりの世界大戦の原因を誰も正確に知らない!それどころかいつ始まったのかさえ曖昧で──」


『話が逸れているのでは?』


 人前に出るのが苦手なダンテが時間切れでたどたどしいまま会見を終えると、今度は別部屋でスタンツの会見が始まった。ダンテの抵抗を嘲笑うために仕組まれたかのような順番だった。



「ここ最近のリリカ様の立ち振る舞いには、私どもも大変心を痛めておりました。親として本来教育の責任がございますダンテ様も奥様がお亡くなりになられてからずっと意気消沈されておりまして、これはいかがしたものかと思い、何か力になれることがあればと思い奥様の生まれ故郷などを改めて調べ直しました。


それがまさか、とつながりがあったなんて……!しかも、リリカ様の生物学上の父親だったとは……!


ダンテ様とマリヒ様がフラウシュトラス家の本分を怠って、各地の遺跡で遊び回っていたのも彼が唆したせいに違いございません。特にダンテ様にいたってはご自身の子でないと知りながら、難民の子を聖典の次期守り手として養育し続け、ご先祖の顔に泥を塗るような研究ばかり行い──もはや自傷癖のような病にかかっているとしか言いようがございません。このような方がフラウシュトラス家当主であることは、ラプセル中を不安に陥れます。即刻精神鑑定と裁判を開き、然るべき治療と裁きをお受け頂きたいと言う私のこの主張は、国民の皆様の声を代弁しているものでございます」


『このタイミングでの暴露は芥子問題に対する火消しだという意見もありますが、それについてはいかが思われますか?』


「あれについては一部の過剰な不安感が引き起こした狂言騒動だと既に決着がついたでしょう。いちいち繰り返させないでください」


『知ろうと思えば何年も前から知ることのできる立場にいらっしゃったのでは?』

『もし国家転覆罪が適用されましたら自動的に分家当主であるスタンツ様が継承順位繰り上がりで本家当主となられ、フラウシュトラス家の実権を完全掌握する形になりますがそれが狙いでしょうか?』


「酷い言われようだ。私は世界大戦とラトーにより大きな被害を受けた本家をお守りするべく、常に影日向となって本家を支えて参りました。一番信じてきたのに、一番裏切られたのですぞ……!私はフラウシュトラス家の一員として、国を守るために不安要素を取り除きたいだけです!悪質な質問ばかりですが貴方がた記者たちだって、難民の娘をフラウシュトラス家次期当主に仕立て上げようとしたダンテ様と、国のために事実を打ち明けた私のどちらを支持するかはもう決まってらっしゃるでしょう?」



 会見後、ダンテとスタンツは睨み合ったが、蛇に睨まれた蛙のようなダンテに対してスタンツは余裕の笑みだった。


「ダンテ様、あなたが悪いのですよ。あなたがもっと早くお認めになられてたら、事を荒立てずに済んだのに。結果、フラウシュトラス家全体が大恥をかく始末になってしまった」

「……そうです、全て私の責任です。国民に不安と混乱を与えた罪の重さははかり知れない。精神鑑定も裁判も、喜んで受けます。ですからどうか、リリカと聖典の鍵だけは……!」


「逆だ、と何度言えば分かるのですか。私が求めてやまないのは聖典の鍵だ。鍵に本家がついてくるのなら本家もついでに頂くが、鍵のない本家の称号に価値などありはしない。まだご自身に選択権があるとお思いですか?全く本家の皆様は揃いもそろって傲慢でいらっしゃる」


「……なぜ、そこまであの“壁”に執着するのですか。あなたのような人を振り回してばかりの方が、人の手を決して加えられない誰にも揺るがすことのできない神の壁に……」

「答える義務はありませんが、ヒントぐらい言って差し上げましょう。ダンテ様と同じですよ。もっとも、方向性は正反対ですがね」


「それは、どういう……」


 そのとき、ダンテの通信繊維が鳴り響いた。


「もしもし、えっリリカが……!?」

 慌てて走り去るダンテの頼りない後姿を見送り、スタンツは口元いっぱいしわくちゃにして笑う。


「これだけ譲歩してやってるのにまだ折れんか、案外頑固な奴だ。まあいい、今さらどうすることもできまい。後はもう放っておいても、レトリア様を超えるほどの神の力が、この私に……!」

 髭を揺すって笑う老齢に差しかかった男の眼は、眩しいのに濁りきっていた。



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