第25話 God doesn't play dice




「皆の者、此度の演習完遂誠にご苦労だった!明日からも全力で勝利に打ち込むべく、今夜の間に存分に羽目を外しておくように!以上!」


 最終日まで残った全部隊が各基地に戻る前に、スモア演習場宿舎ではささやかな打ち上げが開かれた。





「ソフィア……酒は一杯まで、とこの前約束したばかりだろう……」

「だってぇぇぇ!!シャノン中佐ったら酷いですぅ、わたくしを、たっ、大佐のお荷物呼ばわりだなんてぇ!ねえ大佐、私っ、大佐のお役に立ててますよね!?お荷物なんかじゃありませんよね!?お願いです大佐っ、捨てないでくださいましぃぃ!!」



「あ~……飲んだら眠くなってきた、おやすみ~……あっ、クノンちゃん昨日のヘリ操作よかったよ!カッコよかった!すやぁ……ああ~お酌ありがとう、こんな素敵な娘に注いでもらえるなんて最高だな~いい夢見れそう~ふわぁ……あっ、ツユちゃん!よかったら僕の隣に来るかい?えっ、ダメ?ぐぅ~……」

「あ~っ、もう!寝るか飲むかどっちかに出来ねーのかバカ大佐!!いちいちもたれてくんな肩が凝る!!」



「あっ、いた!こんなとこに!大佐~風邪ひいちゃうよ~。打ち上げつまんないのは同意だけどさ~あったかい部屋に帰ろうよ~」

「……」

「……そっか、ボクらの故郷に続く星を見てたんだね。……ねえ、今度の休暇は山登りして星見しようよ。たまには海じゃなくて山もいいかなって!」

「……!」





「はあ、スノータス大佐……宇宙に行ってもどうかご無事で帰って来て……」

「ねえ、なんでスノータス大佐が航空宇宙隊で、プフシュリテ大佐が地上防衛隊に選ばれたか知ってる?」

「えっ、普通に二人とも最初からそれぞれ志願したからじゃないの?それか適性検査で……」


「違う違う、本当はプフシュリテ大佐も航空宇宙隊に志願したのを、空軍のお偉方が命令して地上防衛隊に変えさせたんだって。スノータス大佐は失ってもまだ堪えられるけど、プフシュリテ大佐は絶対に地上に残すって」

「まあ確かに、部下への指導や全体の指揮能力の方はプフシュリテ大佐が一歩抜きんでてるから少将になるのは早いかもね。スノータス大佐もカリスマ性ならピカイチだけど……それでもプフシュリテ大佐と比べたら鉄砲玉扱いか……」


「でもね、それだけじゃないみたい。プフシュリテ大佐の出自が決め手になったんじゃないか、って……」

「出自って、大佐は戦災孤児だったんでしょ?世界大戦の方の。妹さんと二人まとめてプフシュリテ前三師が引き取られて……」


「公にはね、でもその前三師が一時期あの“気狂い”中将と同棲関係にあったんだって。それも、大佐が幼い頃に」

「えっ……何それ初耳なんだけど」

「私から聞いたなんて言わないでね、証拠は残ってなくて、ただの噂に過ぎないから。私もマスコミ関係の親戚から最近聞いてびっくりしちゃってさ、当時の軍と司教たちが必死に情報統制してもみ消したんだって。私たちより上の世代ならもう少し知ってる人いるんじゃないかな。その頃からプフシュリテ姉妹は既に神童と名高くて将来有望だったから、姉妹の存在を中将ごと抹消するよりは、姉妹と中将が一緒に住んでたなんて事実を抹消する方に舵をきったみたい。前三師と中将は入籍はしてなくて、戸籍上は何の関係もなかったってことも幸いして。でも前三師がまだお若かったのにご引退されたのは、あの事件のせいらしいよ」

「……もしかしてそれでプフシュリテ大佐は、宇宙に行くことを禁じられたっていうわけ?」


「そう!“気狂い”中将が狂ったのも宇宙に行ってから、らしいし。血のつながりはなくても、ゲン担ぎしたくなるのがモネネム大将の人情なのかなぁ」

「モネネム大将が尊敬するほどの人格者だった、って話なら私も聞いたことある。それが突然発狂して二人も殺害するなんて……」

「人格者だったからこそ、人間同士が殺し合う世界大戦に耐えられなかったんじゃないの。私たちはまだ小さかったけど、やっぱり世界大戦の頃から従軍してた人たちの殺気って半端ないよね」


「五十年も殺し合いが続けばしんどいよねえ。この戦争もとっとと終わればいいのに。そうしたらラプセルはやっと敵なしの、平和な国になれるよね」

「えっ五十年?世界大戦は七十年間続いたんでしょ?」

「あれ、そうだっけ?世界史の時間、寝てたからなあ」





 〇 〇 〇





 その日、事件は北首都カタリンで起きた。

 カラクタ緩和ケア研究所の記者会見で、スタンツ・フラウシュトラスは最高席に鎮座していた。

 夏以降の最終決戦と、聖典に約束されているラトー抹殺によるカラクタ根絶の間にはまだ大きなタイムラグが予想されている。

 カラクタを完治することはできなくても、せめてその死の苦痛を和らげたいというのは万人共通の願いだった。

 今回スタンツが運営する医療財団法人が開発した『カラクタ・プル(カラクタを無視する)』は、一週間に一度服用するだけでもしその週にカラクタが発症しても苦痛が発生することなく安らかに逝けるという代物だった。


 主な原料となったのは最も希少な芥子の花の亜種から採れるアヘンの一種であり今は大変高額な代物だが、今後広く一般に流通できるように開発を進め、国の制度改革にも強く訴えかけていきたい。カラクタ以外の難病の緩和ケアにも結びつき、将来に渡って長く活躍するだろう、というのが研究所長のスピーチ内容だった。


 会見は順調に進み、スタンツのスピーチする番が回って来た。

 しかし口を開こうとしたその瞬間に、天井から大量の水が直撃してスタンツはずぶ濡れになった。さらに天井から『残念でした☆』と書かれた垂れ幕がスタンツの前を塞ぐ形でぶら下がり、動揺と失笑で会場中がざわめく。


「な、何だこれは!」

「はい、皆ちゅうもーくー!せっかく完成したカラクタ・プルだけど~この薬には皆が見落としてる重大な欠陥がありま~す!」

 ドアを開けてリリカがずかずかと会場中央通路を歩き出す。


 欠陥?

 ざわつき出す記者団を尻目に、リリカは垂れ幕をスクリーンにして映像を映し出す。


「これは薬の原料の芥子の産地よ。去年ここの地下で新たな遺跡が発掘されたの。歴史的には既に発見されている年代と同一と確認されて、目新しい発見はないからって全く話題にならず無視されたけど……問題はその土壌。鉱脈と繋がっていて、人体に有害な物質が検出されたの!それはちゃんと公表した?テストはクリアしてる?」


「皆さんお静かに!もちろんその件は当事者の我々がリリカ様よりも、よっく存じ上げております。テストは完璧にクリアしてあります!鉱脈は確かに近い位置に存在しますが、遺跡が防壁になってくれているので芥子への影響は一切ございません!後ほど公表予定でしたが、前倒しにしてこの会見が終わり次第公表させて頂きます」

「そう言うと思った。だからこれを持ってきたの」


スタンツの苛立った声を楽しげに聞きながら、リリカは今度は一枚の文字が書かれた紙を映し出す。


『もう一度、人は花を咲かせた。希望の花と信じたそれは毒であり、絶望に変わった。』


「これは二年前におかあさ……私の母マリヒ・フラウシュトラスが発掘した、もう一つの聖典の欠片に刻まれてた文の写し一部。どう?今回のことをピンポイントに言ってると思わない?本当に薬の件進めて大丈夫?」


 もう一つの聖典?聖典が二つあるって?聖典が毒を預言していた?

 マスコミたちが騒ぎ出し、スタンツはとうとう垂れ幕を忌々しげに引きちぎった。


「くだらん!こんなものでっち上げだ!子供の戯言など誰が信じる!」

「そうかしら?以前から薬害を訴えていた団体と、マスコミ各社に教えてあげたら喜んで飛びついたわよ。スタンツはこれから忙しくなりそうね。今日はもう帰って弁護士の準備した方がいいんじゃない?」

「リリカ様、此度のイタズラは少々度が過ぎております!おい、さっさと捕まえろ!本家の者だろうが裁きは平等に受けなくてはならない!蔦を使っても構わん!」


 怒鳴るスタンツの剣幕に気圧されて、SPたちが恐る恐るフラルの蔦をリリカに向かって伸ばしてきた。


「フン、大の大人が無様に取り乱してみっともない。それに、こんなものアタシには効かないって何度言わせれば……」


 鼻で笑ってリリカは指を一振り、旋風で蔦を一刀両断──



「え?」


 しようとして、できなかった。

 風は起きず、指が宙を空振りする。


「あれ?……あれ?え……?」

 何度も何度もリリカは指を振る。



 何も、出てこなかった。



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