第24話 演習 閉幕




「うむむむむむ……」

 分析機関装備開発部パトリック・ヘルマルヤー少佐は頭を抱える。

 タルタン社と共同開発したアンテナは送受信間に多数のノイズとエラーが発生し、到底使い物にならなかった。


 納期を超えてもまだ仕様の変更を言い出されたときはそれだけの情熱があると好意的に解釈したが、何てことはない、それ自体穴だらけで一番の欠陥も見落としてしまうようなテストをだらだらとやっているだけだった。

 上からのお小言は幾らでも聞き流せるが、これからもタルタン社のあのお坊ちゃんたちと組んでいくのかと思うと気が重い。

 研究の核とは純粋な知的好奇心でなくてはならない、というのがパトリックの信条だった。

 お国のため、ラトーを倒すため、戦争に勝つため?

 そんな理由付けはあと、あと。

 まず大事なのは理論の美しさ、パーツとパーツが寸分狂いなく組み合わさり、機能が最大限に発揮されたときの感動を追い求める探究心だろう。

 そういう科学を楽しむ心がどうにもタルタン社の連中からは感じられないのが,

 パトリックは不安だった。






 〇 〇 〇




 合同演習後半、ラムノたちは今度は司令官として空中指揮管制機AWACS-Tに乗り込んだ。

 機体上部に取り付けられた花冠のようなプレートタイプの円いレーダーアンテナの真下、管制室のスクリーンが各機体とドローンの位置をほぼ正確に映し出すのをラムノは見守る。


 シナリオはラトーの大群を撃退し、帰還しようとする途中に新たにラトーの増援が発生。

 各飛行隊は首尾よく進路を転換し、それぞれの残燃料に応じて追撃、援護、空中給緑、退避の判断を迫られる。


 ラトーとの最終決戦は三つの場所、三つの空間に分けて繰り広げられる。

 ハダプより空高くにある宇宙、ハダプがある成層圏、そしてハダプに覆われた地上。

 エンデエルデが成層圏でハダプを破り、ユークとマウパルル天文台の光学赤外線望遠鏡がラトーの本拠地の位置を特定し、レトリアと航空宇宙隊の精鋭らが宇宙に突入して本拠地を殲滅し、軍が地上を防衛する。

 ラムノは地上防衛隊の副司令官として、大将らが見守る司令部と戦闘最前線の橋渡しを担ってかつてない規模の指揮を担当する。

 TMR-1がラムノの刀なら、AWACS-Tはラムノの城であった。


 時刻は夕刻に差し掛かり、橙の夕焼けが雪の山脈を染め上げてところどころ剥き出しになった岩肌と、完成間近のエンデエルデの骨組みがグラデーションを作り出している。

 そうだ、この美しい景色を守ることこそが私の使命。


「大佐、第12飛行隊から追撃許可の要請が出ていますが、フラルの残量に若干の不安があります。ラトー側ドローンとの距離は近いですが、まず余力を残してる第13飛行隊に援護させてその隙に空中給緑した方がよろしいかと。如何いたしますか大佐?」


 私が今この大役を任せられているのも、ラプセルの人々が私を信じてくれているおかげだ。

 個人の些細な願望なんて、国家の存亡を賭けた戦いの前には無意味だ。

 宇宙に行けないのが何だ。ラトーの本拠地に直接踏み込めないのがどうした……。


「……大佐?」

「あ……ああ、そうだな。中佐、よろしく頼む」

 ソフィアが話しかけていたことにようやく気付いたラムノはおぼろげに返事する。

「そんなことまでいちいち大佐に聞いてどうする、中佐らしくバシッと自分で部下に檄の一つも飛ばせねえのか?いつまでも大佐にしがみついてると、ただのでけえお荷物になっちまうぞ」

「……あら、ご忠告どうもご親切に。身軽な鳥頭様はさぞ軽々しい翼をお持ちのようですわね。ヒナの巣立ちは一体いつになるのかしら?」

「なんだとぉ──」


 マックスとソフィアの嫌味合戦が始まる前にアランが間に割って入る。

「二人とも、気負うのもいいがまずはこのフライトを楽しんだらどうだい?ほら、麗しの小鳥たちが僕らを待ってる!訓練を張り切るのも結構だが、リラックスして小鳥たちの声に耳を傾けることが第一じゃないかな?」


「……はい。第12飛行隊、第13飛行隊進路変更へ。シャノン中佐、距離から見て近いそちらの部隊の空中給緑機をお願いできますか?」

「……了解。フペムル大尉、空中給緑機と交信を繋げろ」

 頭の冷えた中佐たちがそれぞれの職務に専念していく。管制官たちがつるつるとしたコンソールパネルをなぞり、密やかな儀式のような音と声だけが残った。


 悔しいがアランの言う通りだった。

 青空の下だろうが、漆黒の宇宙だろうが、飛ぶのに自我はいらない。

 求められるのは勝利のための機械の如き無駄なき判断能力。

 ちっぽけなことでいがみ合ったり、ましてや物思いに耽ってうわの空なんてあってはならない。


 年末にラーを保護して、あの男と協力関係になってからというもの調子が狂いっぱなしだった。

 私欲のまま軽率な行動を重ねたことをラムノは猛烈に後悔していた。

 ……いや、ラーを保護したことは今は認められていないとはいえ、決して間違ったことではない。

 その証明のためにも、一度やると決めたからには最後までやり通す。


 ラムノは気合を入れ直してスクリーンに浮かぶ光点の一つ一つ、部下の活躍を目に焼き付けた。







 演習最終日、閉会式は最高司令官ユーク・オンリンの登壇で締めくくられた。


「最終決戦を前にして陸海空の結束の固さを確かめることができた、素晴らしい十日間でした。これからも厳しい戦闘が続きますが、皆さんのラプセルを守りたいというその気持ちがあればきっと乗り越えられると信じています。今後ともより一層奮迅して参りましょう」


 十年前の夏にラトーが空から降ってきたとき、ユークは十歳になったばかりだった。

 一族郎党をラトーに皆殺しにされ、生まれたばかりの弟もカラクタで悲痛な死を迎えた。

 最もラトーを憎む資格がある者と言っても過言ではない。


 不意に、ラーのことを思い出してしまってラムノは身が竦みそうになった。穏やかに、かつ勇ましく語りかける若干十九歳の青年の人当たりの良い声色にラムノは肝を冷やし、自分が如何に危ない橋を渡っているのかを再確認するのだった。






 〇 〇 〇






 人は死んだら天の国の花になり、永遠の安らぎを得られる。

 

 リリカは物心ついた頃から繰り返し教え込まれた聖典の教えが、どうしても好きになれなかった。

 母マリヒの死でそれは決定的になった。


 レトリアに母はどこに行ったのか聞いても、レトリアは一切何も答えてくれなかった。レトリアは神の力が宿った兵器だが、ここ地の国ラプセルで生まれたのは人と同じだった。


 お母様の魂がどこに行ったかも知らない奴を、どうして神様扱いしなきゃいけないの?

 死後の魂はどこへ行くのか、この国の皆が一番知りたいことなのに。


 母が海の底から見つけた。それだけがリリカの信じられる宝物だった。


 誰も信じてくれなかったけど、いつかきっと証明してみせるんだから。

 それさえできれば意地悪なスタンツも分からず屋のレトリアも、懲らしめることができるに違いない。

 誰もが信じる聖典を誰も信じられなくなったときに、アタシのフラルの力で皆を導いて、アタシこそがこの国の女王になるんだわ。


 そうだ、明日は学校から帰ったらスタンツが押し付けてきたうるさい家庭教師が来るんだった。

 めいっぱい困らせて初日で追い返してやるんだから、それからあとデパートにも行って……。


 わくわくしながら眠りについたリリカは、その夜立派に成人した自分の晴れ姿を、亡き母が祝ってくれる夢を見た。

 それはとっても素晴らしい未来を予感させる、最高の夢だった。


 目覚めたら全部跡形もなく消えるのだとしても。



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