第23話 ラーは猫である




「ハイフォンか……あれは技術者としては優秀なんだけど、どうにも融通が効かなくてねえ。根は悪い奴ではないんだよ。気を悪くしないでやってくれ」


「いえいえ、こちらも大変勉強になりまして……結晶融合強化繊維CFRFですね、フラル無しで自由度が高くコストも安いのが強みなんですがこっちは成層圏以上の高いところが苦手で……。素人考えなんですけど、葉緑素脱色反動強化繊維と組み合わせたらそれぞれの短所を解決出来たりとかってしないんですか?自由度と安定性が高くて成層圏や宇宙でも活躍できる……もちろん実用可能かどうかは開発畑の連中に聞かないと分かりませんが……」


 俺のアイディアにウロヌスが満足そうに頷く。

「マツバくん、と言ったかね君……面白い!実は俺も同じことを考えていたんだ。俺もこれについては詳しくないからハイフォンに任せっきりだったんだが、何を勘違いしたんだかノウゼン社を傘下に置くとか言い出して……。俺はノウゼン社と共同開発できれば、と言ったんだがなぁ」

「ぜひぜひ!ノウゼン社長が知ったら泣いて喜びます!買収されると勘違いして本当に可哀想になるほど慌てふためいてましたから~」


「そんな勘違いされちゃあ困る。俺がここまでやってこれたのも、素晴らしい人材や技術には支援を惜しまずやってきたからなんだ。互いにWin-Winの関係でないと。そうそうマツバくん、君に将来の夢はあるかい?」

「はあ、夢……ですか?」

「そう、どんなものでもいい。ラー・メン屋を全国展開したい、ノウゼン社の技術を売り出したい……君のそのきらきらと輝く眼を見たとき思ったんだ。ここで終わるような男ではない、何かドデカいことをやろうとめらめら燃える野心を感じる、ってね」

「野心だなんてそんな……今は食い扶持を稼ぐのに必死で……でもそうっすねえ、今の俺たち国民の一番の夢ってやっぱり戦争の終結とカラクタの治療ですよね。そのために俺が今お世話になってるノウゼン社の技術が役立てば嬉しいなあ、って社長さんといつも話してて……ラーメンもそうやって商品化したっていうか……あとそれからウロヌス様みたいに復興支援もできるようになればいいかなって、世のため人のためになる仕事がしたいっていうか……」


「うーん、素晴らしい!やはり俺の直感は間違っていなかったようだ!」

「ウロヌス様、準備の方整いました」

「うむ。マツバくん、短い間だったが今日は非常にいい話ができたよ。お礼と言ってはなんだが、出資会社を一つ紹介してやろう。俺の名前を出せばすぐ動いてくれる筈だ」

 ウロヌスが通信繊維を引き伸ばして名刺を一枚印刷する。

「いや〜何から何までお世話になります!」


 ちょっとでもノウゼン社のアピールができればと思って来た軍事演習で、とんでもない大物が釣れたぞ。

 威張ってたハイフォンはざまあみろだし、ノウゼン社長も喜んでくれるに違いない。





 〇 〇 〇





 ところが、この話はエドにはあまり紹介できなかった。

 ウロヌスのウの字を出した途端に、地獄を覗き見たような渋面をされてしまった。

 演習見学場の出店を無事終えて神樹跡に行く前に立ち寄ったツリーハウスはますます道具でごちゃごちゃしていて、母親の見舞いと研究で生活を蔑ろにしてないかニーナが心配して見てほしいと頼んでくるのもさもありなんって感じだった。


「お前……ウロヌスがどういう男か知らんのか!?あいつに比べたらハイフォンなんかかわいく見える食わせもんだぞ!?」



 サルトレべ・ウロヌス。

 神職・軍部・財界政界あらゆる界隈にその名を轟かせている。


 二十年前までは実家の家電販売店を細々と営む平凡な男だったが、世界大戦で店も家も全焼の大打撃を受けて一念発起。そこから土地転がしで成り上がり、ついたあだ名は『戦争成金』。


 聖典上では土地や財産は等しく皆のものであり公平に分け合え、と書かれているがそんな建前とっくに誰も守っていない。

 ラプセルは金持ちの税率は相続税所得税等極めて高く設定されているが、それも当時の金持ちや権力者が決めた法律なので幾らでも抜け道はある。


 慈善活動の名目で地価の下がった荒れた土地を買い取っては強引に開発を推し進め、労働力も安く買い叩く。

 しかしウロヌスのおかげで経済活動が活性化し、復興に貢献しているのは事実なのがまた厄介だった。


「結局人間は自分で考えたいように見えて、長い物に巻かれるのが好きなんだ。誰か力を持ってる強そうな奴がいたら、そいつに全部任せちまう。あとはもう多勢に無勢だ。陰で泣いてる奴がいたって、でも自分たちはそいつのお陰で助かったし恩があるからと弱い者の声なんざ無視して強い方を庇いだす。ウロヌスが偉くて強そうな奴に見えたのなら、それはあいつを取り巻く犬の糞がクソデカいからだ!」


 大声で怒り出すエドの話を聞いて、そういえばエドがエンデエルデ設計当時に勤めていた企業も、ウロヌスの関連企業だったことを思い出す。


 エドは庇ってもらえなかった側の人間なのだった。


「わ、分かった分かった。事前にエドに相談してよかったよ。危うく食い物にされるところだった」


 じゃあ仕方ないからこの話はエドたちには内緒で俺一人で勝手に進めるとするか。

 ウロヌスが興味あるのは、ノウゼン社やエドよりも俺の方みたいだし。


 何?なんか文句ある?



「ラ~?」

 久しぶりに会ったラーを抱き上げてみると、結構両腕にずっしり重みを感じた。


「ラー、お前……太った?」

「ラ!?」

「太ったんじゃなくてデカくなったんだ。身長も体重も伸びざかりだ」


 そう言ってエドが毎日の計測結果を見せてくる。

 このツリーハウスに来た頃が身長20cmサントマリタ、体重2kgキラグノマ、それが三週間以上経った今や身長50cm、体重7㎏だから倍以上だ。


「公式の記録によると今までに浄化されてきたラトーのうち、最小サイズが60cmだ」

「うーん……ハリドラを食べさせてたらこのまま幼生の、猫みたいな顔したままの段階で止められるのかな?」


「分からん、ラトーの幼生は自然に暮らしている内にある日を境に突如凶暴化するのか、それともラトー側で何らかの処置を施して初めて凶暴化するのか……」

「前者ならラーをこのまま飼っておくのはあまりにも危険だし、後者ならラーのこの姿がラトーの改造されていない本来の姿、ってことか……エドはどっちだと考えてる?」

「後者寄りってとこだな。理由はラトーの毒素だ。十年前地上にまで降って来たラトーはあちこちで動植物に有害な毒をばら撒いたが、ラーや過去に見かけた別の幼生には毒なんかなかったしこうして普通に触れる」

「ってことは、成長したラトーの毒こそが、幼生との決定的な違い?このままハリドラで無毒化できれば凶暴化する可能性は低いと思ってもいいか?」


「希望的観測だがな。だから今のところラトーの毒の同定が最優先課題だ。ラトーの毒素の分析やその影響についてなら、先行研究や資料はたくさんある。はっきりラプセルに同じ物質が存在しなくてもそれに近い物質をもし特定できれば……それにハリドラがどう作用するのかを解明できれば、ラーの存在を公にする前にハリドラの有効性を世に示すことも可能じゃないかと考えてる」

「やるじゃねえかエド!よっ天才科学者!」


「おだてるのは成功してからにしてくれ。今日もこれから毒の分析法のシミュレーションだ。ここでミスったら後々の結果に響くからな」

 そう言ってエドは年寄りくさく腰を伸ばして立ち上がる。


「ところでエド、話変わるけどエンデエルデについて質問していいか?」

「何だ急に」


「今の責任者の一人、ポソネム・フラウシュトラスってお坊ちゃんあんたの元部下だったって?当時どんな奴だった?」

「……お前、今度は何企んでやがる」

「別に~?ただちょっと気になっただけ」

「ララ〜?」


 ソファに寝転びながら高い高いして持ち上げてやると、顎下を撫でられてくつろぐ猫のようにラーは目を細めた。



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