第22話 ウロウロ・ヌスヌス




 自分で金も稼いだことないクソガキどもが!!

 お年玉を親兄姉に奪られるか、詐欺商品に騙し取られて一生のトラウマになれ!!


 という文句はますます調子に乗らせるだけなので、ぐっと飲み込んで無言で走り去る。クソガキどものフォームは絶好調で背中にバシバシ当たる。

 うおおおお全員不幸になれ!!

 毎日タンスの角に小指ぶつけろ!!


 どうにか曲がり角まで逃げ込むと、入れ違いに角から男性数人が出てきた。

「おやおやリリカ様、雪遊びですか」

「あっ、ウロヌスだ!えいっ」

 あいさつ代わりのリリカの雪玉をウロヌスは俊敏に避けたが、それでも高価そうなうっすら輝くスーツの肩に強かに当たった。お供の部下は顔面に命中して咳きこんだ。


「全く、相変わらずお元気で……お父様がお探しでしたよ。今はスタンツ様と観客席の方におられます」

 肩の雪を払いながら静かに告げるウロヌスの言葉に、きらきらと見開いて輝いていたリリカの黄金色の眼がしかめっ面に歪んで細くなる。

「スタンツ……」

 さっと指を一振りしてポインセチアの赤絨毯の如き階段を作ると、リリカが屋根から降りて雪道を駆け出す。


「待って待ってリリカ様、私たちも消える前に降りなきゃ!」

「俺たちだけじゃ降りられないよ~!」

「リリカ様の暖房切れた~!寒い~!」

 置き去りにされた悪ガキどもも慌てて後を追いかけ、あたりが一気に静まりかえる。


「おや、君どこかで見たような顔だが……」

 ウロヌスと目が合う。

「アハハ……」

(年末あんたの車に轢かれそうになった者です……)

「ああ分かったぞ!あの一般見学場に出てたラー・メン屋の店長だ!」

 そう大声で言って、ウロヌスは合点がいったように指を鳴らす。

「え?」

「ラー・メンとやらなかなか良かったよ。俺は珍味に目がなくてね、わざわざ部下に買いに行かせた甲斐があったもんだ」

「いや〜ありがとうございます〜。ウロヌス様に褒めて頂けるなんて光栄です〜」


 俺がぺこぺこ頭を下げて調子を合わせてると、ウロヌスに通信が入った。


「俺だ。原因は分かったか。部品同士の接続がそもそも失敗構造だった?じゃあ何だ、耐久テストの仕様に不備があったということか。どうするつもりだね、さらに私の顔に泥を塗る気か。……分かった、先方にはこちらから事情を伝える。他は全てそっちで埋め合わせるように。切るぞ──

うーん、困った。実に困った」


 素早く通信を切った後も困った困った言いながら特に何をするでもなく、ウロヌスはのんびりと寒空を見上げた。

「あの~どうかされましたか?」

「いや何、うちの子会社が新開発したアンテナがレーダーの送受信に失敗してね、事故には至らなかったものの軍のお偉方をカンカンにさせてしまった。せっかくの晴れ舞台にとんだ大失態だよ」


「あ、ニュースで拝見しました。確かエンデエルデにも使われている葉緑素脱色繊維をさらに進化させた葉緑素脱色反動強化繊維を、アンテナ内の伝達回路に用いた画期的な技術とかで……ラトーの早期発見に大きな期待ができると……」

「おお!ずいぶん詳しいね、興味があるのかい?」


「いや~うちは今はラーメン屋ですけど、元は繊維工業会社から出てきたんで。俺みたいな素人も勉強させられて大変なんですよ~」

「ほう?」

 ウロヌスの猛禽類のような目が鋭く光った。





 〇 〇 〇





「お父様〜!」

「リリカ!」

「おお、これはちょうどよかった。冬休みが終わる前に一度リリカ様に会ってお話したいと思っていたところでして」

「スタンツ、またお父様をイジメに来たの?分家の分際で偉そうに!」

 ダンテのそばに駆け寄るなり、リリカはスタンツの顎ひげに向かって指を突き刺した。


「これは酷い嫌われようだ。ダンテ様、お家でどのような悪口を吹きこまれてるのですか?」

「や、やめなさいリリカ……」

「話なんか聞かなくたって分かるわよ、お父様から大学のポストを奪って、研究費用を減らして、あれこれケチつけて……どうせ次は政治に顔を出すなって言いに来たんでしょ。そうなったらアタシのフラルでスタンツの街全部めちゃくちゃにしてやる!アタシたちは飼い殺しになんかされないから!」


「おやおや、そうなったら一番困るのはリリカ様方では?誰の世話で快適な暮らしができているのか、今一度思い出して頂きたいものですね」

 学者肌で歴史の研究に没頭するあまり、経済的に没落していく一方のフラウシュトラス本家を、スタンツたち分家が資金援助してほぼ実権を握っているのが現状だった。


「何よ偉そうに。知ってるんだからね、あなたたちがラトーが破壊したどさくさに紛れて土地を安く買い叩いて私腹を肥やしたこと……」

「こら!やめなさい!」

「リリカ様、そんな根も葉もないデマを信じるのはやめなさい。お父様も悲しんでおられる。今日はね、リリカ様の新しいお母様のお話をしに来たんですよ」


「新しい?お母様……?」

「ス、スタンツさん、その話は……」

「リリカ様はまだ幼い。この二年弱、さぞかし寂しい思いをされてこられたでしょう。貴方たち親子を支えてくれる素敵な女性を何人か紹介したのですが、ダンテ様は頑固で……。先に天に行かれたマリヒ様も、喜んでくださる話だと思うのですが……」


「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

「うわぁっ!」

 声を荒げてリリカが指をさす。たちまちスタンツの顎ひげが花まみれになった。


「お父様、もしお父様が再婚したいのならアタシのことは気にしなくていいから。でも、選ぶならこいつと絶対関係ない人にして!お父様が決めた人ならお母様だってきっと……。きっと……」

「リリカ!」

 上手く言葉が出てこないのを誤魔化すようにリリカが走り去ると、呆然と立ち尽くすダンテと、花の蔓に指を巻かれて解けずに四苦八苦しているスタンツだけが残った。





 〇 〇 〇





 俺の話を聞いてウロヌスは喜色満面笑い転げた。

「まさかラー・メン屋がノウゼン社の人だったとは!面白いことしてるねえ!」

「とんでもない、本業が上手くいかないからたまたま上手くいった飲食業でどうにかやりくりしてるって感じっす。それで今日も開発部の連中の口から話題の葉緑素脱色反動強化繊維が出てきまして。莫大なエネルギーを瞬時に転化する仕組みは素晴らしいがフラルの安定度がどうたらこうたらって……」


 自然の植物もナノマシン・フラルも、光エネルギーを用いて光合成をしている。しかし単純に光エネルギーがあればあるほど良いという訳ではなく、強すぎるエネルギーは逆に葉緑素を壊してしまう。そういうとき植物はどうするかというと、過剰な光エネルギーを受け止めるためのタンパク質を生産し、急ブレーキとエアバッグのごとく発動して光の衝撃を和らげるのだそうだ。

 この反応を能動的かつ大量に引き起こすことにより、柔らかいフラル素材を一瞬で超丈夫な硬化素材に可逆的に変えることができる。

 一言でまとめると、恒星ルクの光を浴びてめっちゃ強くなれるフラル強化繊維ってわけだ。


「そこなんだよ、繊細さと丈夫さを兼ね備えているのが売りなんだが、如何せんフラルへの依存度が高いのが課題だ。今回も何度もテストを重ねて改良を加えたにも関わらず、大舞台で醜態を晒してしまった。最新鋭の技術とはどの角度から見ても穴があってはならない、とあれだけ言い聞かせたのに……。やはりノウゼン社の人たちは賢いね、うちの使えん部下より余程優秀だ」

 ゆったりと寛大そうな物言いで、ウロヌスは煙草を口にくわえてすかさず部下が火をつけた。


「とんでもございません!先日もタルタン社の方に繊維開発でアドバイスを頂いたのですが、これからの宇宙進出のためにはもっと高所の特性を活かした素材研究をしないといかん、と駄目出しを喰らいまして……その反省も兼ねて葉緑素脱色反動強化繊維の勉強をさせて頂いております、はい」


「何、タルタン?君、あんなのは俺が拾ってやった捨て犬みたいなもんだ!自分らの成果が出ない憂さ晴らしに弱い者いじめをするなんざ、君たちもいい迷惑だったろ!またガツンと言ってやらないといかんなぁ!ガッハッハッハ!」

 そう言ってウロヌスは両手を叩いてまた笑い飛ばした。


 あれ、もしかしてウロヌスって……実は案外いい人だったりする?



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