第15話 演習 幕前




『うたおう、千々にちぎれた巨人の体のために。うたおう、私たちの大地になってくれた巨人のために。うたおう、巨人がいつまでも安らかに眠れるように。』


              ──今は海に沈んだ南の島のおとぎ話、その終わり




「復興支援か……確かにそっちの方が挑戦し甲斐があるかもしれん。軍事開発の方はすっかり既定路線が出来上がってるからな。余程のことがないと割り込みようがない。それに比べると復興作業はガレキ除去、水道復旧等単発のノルマを終えたら、はいそれでおしまいさようならと来やがる。引き継ぎも連携もあったもんじゃない、スカスカだ」


 俺の提案にエドは二つ返事で賛成する。


「だろ?俺はスモアでのラーメン出店と演習見学、あんたら親子は片方がツリーハウスで引き続きラーの研究とハリドラの栽培、もう片方がノウゼン社と協力して復興支援案を練る。時は金なりだ。せっかく人材が一気に増えたんだから、同時進行でやろうや」


 三日ぶりに訪れたツリーハウスは見知らぬ装置でごちゃごちゃしていた。ハリドラの実用栽培に向けていろいろ調べようとしているらしい。

 俺たちもノウゼン社もまだまだ危機を脱したとは言い難いが、次に挑戦するだけの気概は取り戻した。

 もっと本格的に軌道に乗ったら、ハリドラ用の工場地確保も考えないとならない。


 ラムノが送ってくれた復興依頼やコンペのデータを俺は映し出す。直接の関与は伏せるため間に人を挟んだり回りくどくはなるが、こちらの提案内容が良ければ推薦もしてくれるらしい。

「いろいろ案は持ってきた。パーネルド山脈の地割れ再発防止、神樹跡砂漠周辺の断続的なフラル枯死現象の解明、荒れ地に植樹……」

「あ、あのっ、それなら私……神樹跡周辺に行ってみたいです。大学での私の研究内容ですから、フィールドワーク扱いになれば単位もとっ、取れますっ……」


 吃りながらも決意を話すニーナに、エドが少しだけ温かい視線を送る。


「ああ、お前は昔っから神樹に夢中だったなぁ」

「そうなの?」

「はいぃ……今は枯れちゃいましたけど、枯れる前も枯れた後も、大好きなんです……。一番、神様を感じられる場所……」



 そう、ラプセルを北と南に分ける巨大砂漠、その中央にそびえ立っていたラプセルの象徴とでも言うべき神樹は枯れたのだ。

 十年前、ラトーが姿を現したと同時に。

 代々神樹を守ってきた一族も、一人を残して皆死んでしまった。


 宇宙からの敵の急襲と、永久機関だった神樹と守り手の死に、世界大戦をも堪え抜いて生き残った人々の心はとうとう折れた。聖典が語る奇跡の降臨も忘れてしまい、絶望が蔓延したという。

 だがその絶望は、長くは続かなかった。


 神樹が枯れると同時に、預言通り“神の花”が咲いた。

 中から現われたのは浮遊要塞ティルノグと神の化身、聖核レトリア。

 レトリアはラプセル中のラトーを一人で撃退して回ると、最後に枯れた神樹のそばにティルノグを降ろした。

 根元から割れて八つにも裂けて倒れた巨木の黒く焦げた跡に、レトリアは首を突っ込んでからこう宣言したという。


『神樹は死んでいない。姿を変えただけだ』


 レトリアの言う通り、神樹によって清められていたアムリタの水脈はどれも枯れていなかった。永久機関の機能こそ失われたものの、既に人々が作り上げたフラルは光とアムリタさえあれば半永久的に繁茂し稼働できるようになっていた。

 神樹は倒れたが、その樹液だったアムリタは今もなお滾々こんこんと湧いて大地を潤してくれている。こうして人々は勇気を取り戻したのだそうだ。



「神樹の跡とやら、俺も一度見てみたいな。よし、スモアが一段落したら俺もそっちに向かうわ。それまでニーナちゃんたちは実地調査よろしく」

「うぅっ、が、頑張りますぅ……」




  〇 〇 〇




 十年前にラプセルを救い、神の化身として人々を導いたレトリアは今──

 十年前に生まれた聖典の守り手の次期当主、リリカ・フラウシュトラスに壁ドンされて身長を測られていた。


「ねえねえねえ!ユークユークユークってば! 見て見て見てよ! アタシとレトリア、アタシの方が背が高くなったでしょ! ほらほら!」

「ティルノグに傷をつけるな」


 レトリアの叱責を無視して騒ぐリリカに、ユークは困ったように首を傾げる。


「さあ、どうでしょうか……私には全く同じぐらいに見えますが」

「気は済んだか、さっさと帰れ」

「ちょっとレトリア! 動かないでよ! アタシがレトリアよりもお姉さんになった証明なんだから! 今年からは“リリカお姉様”と敬うことね!」

「剪定の時間だ。どけ」

「ちょっとぐらい花が咲きっぱなしでもいいじゃない! 何なら特別にアタシがアレンジメントしてあげてもよくってよ?」


 レトリアの強大なエネルギーは、封じ込められなくなる前に定期的に剪定する必要があった。そうしないと肌という肌が花になって咲き出してしまう。


「いらないから離れろ」

「何よ親切で言ってあげてるのに……もっと戦い以外のことにも興味持ちなさいよねーつまんない女! そんなんじゃユークも他の女に盗られちゃうわよ? 何ならアタシの親衛隊にユークも入れてあげよっかな~」

「人間の色恋なんて知ったことか。ませたことを言ってないで早く家に帰れ」


「ふーんだ、今日はこの後スモアに行くんだから! 明日から演習場の見学よ? ちゃんとVIPバッジもあるんだからね!」

「ティルノグをタクシー代わりにするな、乗り過ごしたら南極で降ろすぞ」

「北極どころか南極!? タクシーどころか電車以下のサービスじゃない! 国土省に訴えるから!」

「ではついでに皆でペンギンと記念撮影もしましょう。リリカ様はかわいらしいですから、ペンギンもヒナと間違えてくっついてくるかもしれません」


 ユークの心からの善意の提案に、リリカはツッコミも忘れて口をぽかんと開ける。


「……神樹のオンリン一族って皆こんなだったのかしら。ユーク、あなたずっとレトリアとお空の上にいるとますます世間ずれしていくわよ。たまには街に出て遊びなさい。結構面白いものよ、馬鹿な庶民が馬鹿なことしてるのを見下ろすのは」

「私はお前や人間どもの馬鹿騒ぎを見ててもちっとも面白くないが」

「いちいちうるさいわね! 咲いた花片っ端から花占いでちぎってやろうかしら?」




  〇 〇 〇




「プフシュリテ大佐、おはようございます」


 軍靴をハイヒールの如く鳴らしてラムノの隣に現れたのは、ソフィア・クライノット中佐。肩の上で切り揃えた栗色の柔らかい髪と桃色の唇にそぐわない、冷淡な声色が早朝の演習場宿舎の廊下を冷たく焦がす。

「おはよう中佐、今から格納庫に寄りたい。時間に問題はないか?」

「ここから格納庫の往復が計十五分、格納庫内の許容時間が計十五分、合計三十分以内でしたらミーティングに間に合うかと。緊急の場合は通信を入れます」


 ラムノの問いにソフィアは瞬時に淀みなく返答する。


「分かった、いつも助かる」

「それから大佐、前方百mほど先、お足元ご注意を。落ちてます」

「落ちてる、って何が……ああ……」


 行き倒れているように眠っているのはアラン・スノータス大佐。金色のさらさらとした髪がモップの如く床の埃を巻き込んでいるが、そんなことは眠気の前には些事に過ぎなかった。


「何廊下で寝てんだこのバカ大佐!! さっきのビンタじゃまだ足りなかったのかよ!!」

 そしてそれを蹴飛ばすのはマックス・シャノン中佐。赤毛の彼ががなり立てる早朝の怒号は、すっかり夜明けを告げるニワトリ扱いになっている。


「むにゃむにゃ、う~ん、おはよう……おやすみ……」

「起きた途端に寝るな! ったく、いい加減戦闘機とファンの前以外でもパイロットらしくあれよマジで! おい、ハンカチとティッシュはどうした?」

「なくした~~~」

「おまっ……フライトスーツに着替えるまでは失くさないって、昨日あんだけ約束しただろうが!! 代わり持ってくるからこれで頭冷やして待ってろ!!」


 マックスの強烈な往復ビンタがアランの頬に炸裂した。


「う~……いたたたた……」


 湯気が見えるほど怒りで沸騰したマックスが走り去っても、アランはまだ眠たげに頬をさする。しかし腫れた赤い頬を自力でぐいぐいと押し込めると、“超音速の貴公子”と名高い軍人らしい凛々しさを見る見る取り戻していった。

 その様たるや詐欺まがいの美容広告のビフォーアフターの如くだったが、この男に限ってはビフォーもアフターも嘘ではない。


「やあおはよう、誰かと思えばプフシュリテ大佐! 年末は随分大変だったと聞くが、すっかり元気そうで安心したよ。今日からの大演習、お互いに全力を尽くそうじゃないか。空の上でも逢えるのを楽しみにしてるよ!」

「……はぁ」


 ドン引きしているラムノの視線を華麗に受け流し、ようやく覚醒したアランは爽やかな笑みとともに前へ歩いていった。



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