第2章 極北軍事演習

第14話 フラウシュトラス家の人々




『巨人が来るよ』


              ──今は海に沈んだ南の島のおとぎ話、その始まり




 ラプセル建国の歴史は案外若い。

 今のように一つの国であると最初に宣言したのは、だいたい七百~八百年前のこと。


 当時の先住民は国や所有地という概念を持たず、名前さえ持たない神の教えの下、

 諸島──日本列島を南北にさらに引き伸ばして約三倍の大きさのほぼ大陸、の中央に位置する神樹の恵みに感謝を捧げて暮らしていた。



 だから上陸してきた移民は目に見える神の奇跡と、神樹とは名ばかりの天まで届かんばかりのモノリス・プラント、ロストテクノロジーの永久機関に驚愕した。

 今のナノマシン・フラルの祖は神樹だとされている。


 自分たちが信じる神を否定されたように感じた移民たちは、先住民を支配せんと躍起になった。

 先住民は抵抗もせず、荒れ地に追いやられてもそれを粛々と受け入れた。

 移民による支配も、最終的にそれが失敗することも聖典には既に書かれていた。


 その通り支配や略奪を試みた移民には天罰が下り、神樹を操ることさえままならなかった。

 移民たちの神は目に見えるような奇跡を何一つくれなかったが、先住民たちの神は敬虔な祈りに答えて移民たちに裁きを下した。

 やがて移民たちもラプセルの神を信じるようになり争いを止めて、互いに協力して暮らすようになった。


 このとき先住民側の長老だったのが、フラウシュトラス一族の者だったと伝えられている。



 そして近年、この神の存在をさらに科学的に裏付けるとんでもない理論が出てきたらしい。


 ひも理論って知ってる?

 俺も名前だけなら知ってる。


 物質の最小単位が振動するひもの形をしてるっていう物理学の理論。

 あまりにも小さすぎて観測のしようがなく、現代の科学では実証できないのであくまでまだ仮説だが、この仮説が宇宙の始まりやいろんな謎の解決に結びつくので極めて有力な説であるとか何とか。


 しかしラプセルが存在してるこの宇宙では、ひも理論ではなく『花理論』と呼ばれている。

 なんとこっちの宇宙では、物質の最小単位が開いた花や閉じた蕾のような形をしているのだという。

 具体的にはミズクラゲの傘についてる模様のような、輪っかが四〜五本寄り集まってできた一番シンプルな花の模様らしい。

 じゃあ『花理論』ではなく『輪っか理論』なのでは? と外野の俺は思うのだが……。

 とにかくこれは聖典の始まりにある『はじめに花が咲いた。すべての命は、花から生まれた』と一致すると世界中大騒ぎになり、世界大戦の遠因の一つになったともされている。


 以下は地球人でよそ者の俺から見た感想。

 ラプセルに人類の文明を凌駕する神樹という超文明を授けた神とやらは宇宙人、あるいは人類にはまだ到達できない高次元の上位種という奴なんだろうか。

 対移民や世界大戦時と違ってラトーとの戦いやハダプの壁に苦戦しているのも、ラトーとその支配者が神と同じ次元の存在だからなんだろうか。


 ラプセルは宇宙人同士の争いに巻き込まれてる?

 それとも本当に宇宙を創った神様同士の戦争?

 あの地下遺跡もまさか神代の頃のものだったりする?


 今のところ聖典にその答えは書かれていない。


 聖典が教えてくれなかったことは他にもたくさんある。

 リリカ・フラウシュトラスの誕生だ。


 フラルを埋め込む手術ができるのは通常十六歳の誕生日からだ。

 しかしなんとリリカは生まれつき、フラル手術なしでそこら中の疑似植物をハッキングし、操作することができる。

 大人たちが機械の力で魔法を使っている中で、機械に頼らない真の魔法使いがいるという訳だった。

 本来なら神の奇跡と喜びたいところだが、この力を得てしまったワガママ令嬢のイタズラには皆毎日手を焼いている。

 神様も間違いをするなんて……と嘆かれてるとか何とか。


 二年前に母親を亡くしてから、その悪戯はますますエスカレートする一方らしい。




  〇 〇 〇




 時間ぴったりにラムノから通信が入った。

「あけましておめでと~。大佐、本年もよろしくお願いしま~す」

「あけましておめでとう……その腑抜けたあくび面をどうにかしろ、お前は軍人と商談しようとしているのだぞ」


 今日は映像通信だから、ラムノの呆れ顔がよく見える。

「いや~、おかげさまで繁盛しちゃって、連日寝不足ですわ~」


 あれから五日間、サフラスの間大好評だったラーメン屋をノウゼン社の近所の街でオープンすることが決まった。

 屋号も正式に『のうぜんラー・メン屋』に決定した。元は社食だったというストーリーをつけて、ノウゼン社の宣伝も兼ねている。

 俺も早いとこ納屋暮らしを抜け出したかったので、ラーの世話をローレンス親子に任せてラーメン屋の上の階に部屋を借りた。

 しかしここもそんなに長くは住まないつもりで、いずれは完全にラーメン屋の事務所というかバックヤードにするつもりだ。

 ラーメン屋は手段の一つであって決して目的ではない。


「合同演習の見学兼飲食店の出店とは……考えたな。これなら演習場近くまで行ける」

「まあな、でもラーメン屋はあくまで通過点よ。一般人が入れる範囲までしか行けないし。そりゃラーメンが売れたら万々歳だけど、目的はの応用と売り出し。だからノウゼン社の開発部の人らにも、何人か来てくれって声かけてる。最先端の技術の結集を現地で見るのは絶対にいい刺激になる筈だ」


「それについてだがマツバ、復興コンペに挑戦する気はないか?」

「復興コンペ?」

「ああ。皮肉な話だが、国や大企業がこぞってやりたがるのは軍事開発ばかりで、復興のための研究開発はかなり蔑ろにされている。復興なんてとっくにできている、既存の技術で十分……と言わんばかりに。だがそう言えるのは都心で暮らしている者だけだ。地方ではラトーに襲われた跡が根深いまま、住民も移住を余儀なくされて荒廃しきった地域が十年近く経ってもまだまだある。競争率の低い復興支援のコンペで名を挙げてから、最先端の分野を目指す……悪くない考えと思うが」

「そりゃ俺の耳にも痛い話だ。復興なんてころっと頭から抜け落ちてた。ラトーを倒すのも大事だが、ラトーに一度倒された過去も知っておかないとな。の手掛かりになりそうなことに代わりはないし。エドたちにも提案しとくか」



 こうして新年最初のハリドラ売り出し会議は、一言もハリドラとは口を出さずに終わった。

 ラムノが演習場や基地内にいる間は万が一誰に聞かれてもいいようにハリドラの話も、ラーのことも伏せる必要があった。





  〇 〇 〇





 一際高いクリスタルタワーが、石造建築を模した荘厳な街を見下ろしている。

 ここは北ラプセルの首都カタリン。ジュハロからは北東、スモアからは南東に位置する。


『えー、つまりリリカ様が聖堂に対抗して『アタシの方がキレイにできる!』と力を暴走させたのが原因でありまして……いやしかし、首都カタリンのみならずジュハロのランタンまで時限式操作を仕掛けるとは……いやはや末恐ろしいですな』

「もういい、たくさんだ! 全く親といい、娘といい、余計なことばかりしてくれる……!」

 スタンツ・フラウシュトラスは腹立ち紛れに通信をぶち切ると、机を叩いて立ち上がった。

「もっとも、あいつら本家の連中が無能なおかげで私が日の目を見ることになったのだがな。しかし、さらに立場をわきまえてもらう必要がありそうだ……」


 両手を背後に組んで芝を模した絨毯を歩いていると、気分も落ち着いてくる。壁一面のパノラマになっているガラス窓から梅林の如き街路樹と、それに守られているかのような白い石とクリスタルの街をスタンツは見下ろした。

「材料は既に揃った、後はタイミングだ。所詮は私に飼われている犬同然、せいぜい未だに繋がれてる鎖をありがたく思うがいい……」


 スタンツが思案に耽っていると、内線から連絡が入った。

『ウロヌス様がいらっしゃいました』

「通してくれ」


 新年の黒い礼装に身を包んだウロヌスが、入るなり跪いて忠誠の意を示す。


「スタンツ様、あけましておめでとうございます。本年もフラウシュトラス家様の御健勝と御多幸のため、忠誠を尽くして参ります」

「おお、あけましておめでとう。去年はよく頑張ってくれた、本年も一つよろしく頼む」

「全て順調に進んでおります。ムールス社もぜひお力になりたいと決意を共に申しております」

「うむ、来年の選挙に向けてどんどん味方を迎え入れんとな。ところで、ノンノン社……だったかな?あの技術はまだ買えんのか。こちらに加われば手厚く遇してやるのだが……どうにも庶民の考えは理解に苦しむ」

 スタンツの懸念に、ウロヌスは楽観的な笑みを返す。


「なあに、飴も鞭も効かぬというのなら、丸ごと摘まみ上げて飲み込めばいいだけのこと」


 それまで控えめな態度だったウロヌスが、堂々と歩いてスタンツの隣に並び立つ。

窓の下は祭日の綿飴の如き花々に、それに群がる蟻のようにずらずらと歩く小さき人や車の列。緻密に並ぶ白亜の街は、さしずめバニラの菓子か。


「縁日の金魚の如く、すくってやりましょう」



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