第10話 地下取引




『嘘の花が混じりて、人々を悪に走らせた。人々は悪の限りを尽くして、苦しみ苛み合う道を選んだ。』

                         ──聖典 第7章 第2節



 腐食する素材とそうでない素材の混合で作られたらしい、ところどころ抜け落ちてる危なっかしい螺旋階段を下りていった。一番下に着いたらラムノが手探りでスイッチを押す。明るく広々とした青い空間が照らされた。


「ええっ、ここもしかして歴史的にすごい場所なんじゃないの……? なんで管理されずに放置されてんだ……」

「さすがに遺跡の下にこれほど綺麗に遺跡が残ってる例は私も他に知らないが──上の神殿も、こういう機械的な空間も、ラプセルにはあちこちにある。金目のものは既にほとんど盗掘されていて、政府が管理して保護できているのは歴史的に重要なほんの一部のみだ」


 確かに俺が地球で最後に武器売ってた国も、遺跡なんか壊す勢いで毎日撃ち合い爆し合いしていた。日本でも工事を優先して遺跡を潰したりするなんて噂を聞くし、どこの世界でも今生きてる奴にとって重要な遺跡とそうでもないやつを勝手に決めて露骨に扱い変えるのは共通かもしれない。


「光源用の植物をつけていったのも盗掘者だろう。もしくは世界大戦時に誰かが防空壕代わりに籠っていたのかもしれない」

「なるほど……完全に忘れ去られてた場所、って訳でもないみたいだな」

「私はここに幼生を隠していた。人目につきにくい場所というのもあるが、もう一つ理由がある」


 かつて巨大な導線や太いパイプだった、腐食しきった金属片が壁沿いに散らばっている。元は何かの工場だったのだろうか。

 壁が崩れきって進めない行き止まりまで来た。

 そこに生えていたのは、草とも花とも茸ともつかない、ヘンテコな形状の植物だった。

 全体的には太った鈴蘭みたいな形をしている。小さな花や茸に、またもっと小さな花や茸が連なって、そのまた花や茸に……と続いてて、とにかくすごくモジャモジャしている。白くてぶよぶよしていて、見た目は全く良くない。


「ラ~♪」

 幼生がラムノの腕の中から飛び出して、植物に齧りつく。よっぽどの好物らしい。

「これはハリドラという。ラトー襲撃前から存在した植物だが、ここ数年ですっかり不吉な植物とされて嫌われ者になった。何故かというと、このハリドラはカラクタで死んだ奴が溶けた跡に好んで生えるからだ」


「溶けた」という言葉が内心引っかかる。俺が病院で見たカラクタ死の奴も、あの後溶けてしまったんだろうか……。


「前の幼生が衰弱したときにいろいろ試してみて、最後の最後にたどり着いたのがハリドラだったんだ……。少しだけ元気になったように見えたが、間に合わなくて……。だから、こいつには真っ先にハリドラを食べさせた。他のものもよく食べるがハリドラを定期的に食べてるからか、こいつが今までに見た幼生の中で一番元気だ」


 幼生が齧る度に白い粉がこぼれていく。

 この粉が、柱についてたあれか……。


「残念だけどもうこの場所は使えないと思う」

「何故だ?」

 そこで俺はエドの傷薬の原料を探しに来た話をした。


「エドフィック・ローレンス、エンデエルデの設計責任者だった男……だがその設計に不備があったせいで建設中に落下事故が発生し、多数の負傷者が出た。ローレンスは責任を取って辞職し、その後民間の会社に就職したらしいがそれ以外は私も知らん。そのローレンスといったい何をするつもりだ?」

 なるほど、それでエドはやさぐれて見えたのか。


「実はな、ここに来たのはラトーの幼生の痕跡を探せと依頼されたからなんだ」

「……!」


「今のエドはこのハリドラの研究をしている。エドの目的はまだ不明だが、傷薬や美容クリームはその研究の副産物だ。ハリドラが生える場所で幼生の目撃情報があるからって言われて、俺はこの地図をもらった」


 嘘混じりの俺の話をすっかり信じ込んだラムノが顔を青くして焦り出す。


「くっ……この場所が使えなくなったのはまずい……。どうすれば……」

「過去に、大佐以外に幼生を隠し持っていた奴はいるか?」

「……いない。一応刑罰は存在するが、隠し持っていても何の利益もない。犯罪組織の取引物から出てきた試しもない。ラトーは犯罪よりも忌み嫌われている」


「そうか? 大佐のように、同情や個人的な研究を理由に、隠し持っている奴が他にもいる可能性を考えたことはないか? 利益がないなら誰かに言う必要もないから、話も広がらない」

「……まさか」


「まだ確信は持てないが、エドがラトーの幼生を発見しても殺したり、軍に引き渡したりはしないんじゃないかと思う。この地図を渡してきたってことは、多分エドもハリドラと幼生の関係を知ってるはずだ。実験には使うかもしれないが……見つけ次第殺すってことはまず考えにくいんじゃないかな」

「うーん……そうだろうか……」



「そこで取引だ。大佐、こいつを俺に預けてくれないか?」

「えっ?」


「俺はこの後帰ってエドにそれとなく話を振ってみる。まずハリドラ“は”見つけたって話をする。そっから探って行って、エドがラトーの幼生を探す理由が分かって安全そうだったら、思いきってこいつのことを紹介する。もちろん大佐の名前は絶対に出さない、俺が森で見つけたってことにしとく。もし途中でヤバくなりそうだったら、こいつに合図してひとまず逃げてもらう。それぐらいできるよな? お前も!」

「ラ~!」

 幼生が前脚?っぽいヒラヒラを振って頼もしく答える。


「そ、そんな危険な真似……。いや確かにここに置いたままでも危険だが……」

「もし仮にこいつが豹変して暴走してしまったり、そうでなくても他の奴にバレてしまったら、あんた一人でどこまで対処しきれる? 俺だって大して力になれない。覚悟を決めた方がいいぜ、大佐」

「うぅ……」


「そもそもさ、こいつは本当にラトーなのか?」

「ど、どういう意味だ?」

「ものすご~くラトーの幼生に似てるだけの別の生き物って可能性は? この際嘘か本当かはどうでもいい。少なくとも俺はこいつがこいつが本当にラトーの幼生かどうか、まずはそこから調べたい。そのためにも天才科学者エドの協力は必要不可欠だ」


「た、確かに……私も変に思ってたんだ。お前が現れて、幼生が降ってきた場所……お前と幼生が一緒に来たという可能性は考えにくいが、揃ってあそこに現れたのは何か意味があるかもしれない。上手くは言えないが、次元の隙間というか歪みというか……。幼生の正体を探ることが、お前が意識を失っている間に何があったか知る手掛かりに結びつくかもしれん」

「俺もそう思う。いいか、ラトーの幼生を隠し持っているという罪悪感はまず捨てろ。俺たちは謎を解き明かすためにこいつを保護するんだ。悪いことなんかしてない」

 俺が真っすぐ見つめて力説すると、ラムノはうつむいて幼生を差し出してきた。

 腹いっぱいになった幼生が体重のせいか心なしか更にもふもふになったように感じる。


「……今日ここに来たのは、こいつを殺すか、隠し通すか、決めたかったからだ。年末に私は集中治療ポッドに二日間入る。その後は新兵器の試乗や演習、戦闘で、身動きのとれない日が続く。半端な同情心で拾ったこいつを放置して不幸にするぐらいなら今日この手で……と思ったが、こいつの目を見るとどうしても出来なかった……。私は弱い奴だ。こいつが助かる可能性があるのなら、ますます心が揺らいでしまう。悔しいが、幼生のことを頼めるのはお前しかいない……。すまない……くれぐれもよろしく頼む……」


「よしきた!大丈夫、エドも出会ったばかりの俺を信じてくれた。きっとあんたと同じいい奴だ。代わりにと言ったら何だが、もしこの作戦が上手くいったら頼みたいことがある。大佐ともなれば軍で顔が広いだろ? 空軍に出入りしてる奴で、何かトラブルや困りごとはないか? 軍に直接出入りしていなくても、下請けの関連会社とかでもいい。何でもいい、見つけ次第紹介してくれ」


「……狙いは何だ?」

「簡単さ。この戦争をとっとと終わらせる協力がしたい。でないと、俺もいつカラクタでオダブツになるか分からんのでね。二度も殺されるのはごめんだ。俺は軍人でも研究職でもないが、商人として軍とのコネを作ることで常に最新情勢に触れていたい。エドのような研究者たちもサポートしていきたい。俺なりにできることを探してる最中なんだ」


「分かった、考えておこう。ただし、あくまで私の目の届く範囲で動いてもらうからな。ラプセルに尽力したいというその気持ちは買うが、勝手なことをされるのは困る」

「アイアイサー。恩に着ます、大佐」


 権力はあるがその使い道を分かっていない。強情だが上手く誘導すれば素直に従う。

 そしてバラされたくない弱みがあり、それを守るためなら進んで危ない橋も渡る。


 ラムノは駒に使えそうだ。



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