第8話 おさんぽだいすき




『花と人は共にあれ、と命ぜられた。花は人を守り、人は花を育てた』

                         ──聖典 第3章 第1節



 電車を降りて俺が食事とか用を済ませた後で、今度はエドの車に乗り込む。

 日が沈みきってから着いたエドの家は、人里離れた森の入り口にあるツリーハウスだった。

 巨大な木に正方形の小屋が何個もくっついている。一人暮らしするにはかなり規模が広いが、家族と住んでるんだろうか。何割ぐらいが研究に使われているんだろう。


「納屋の鍵だ。中の物は失くしたり壊したりしない限り自由に使っていい。元の場所には戻してくれ」


 納屋はツリーハウスとは別に普通に地面に建てられていて、八畳ほどの広さだった。

 ドア付近に小さな机と椅子、反対側の壁にハンモックが吊りっぱなしになっていて、後は大小いろんなサイズのケースに工具や書類がごっちゃに詰め込まれたまま、ずらっと並んだ棚に積まれている。


 納屋中の物をひっくり返していこうかと思ったが、すぐやめた。

 埃が半端ない!


 埃が積もりっぱなしってことは、ここ最近の研究では納屋は使っていないのが分かる。しかしエドが納屋がヒントと言ったのは嘘ではない気がする。

 あれはどういう意味か……。


 とりあえず今日はもう寝るか。

 俺はハンモックに毛布を敷き詰めて、横になろうとした。

 が、寝転ぼうと足をかけた途端にラムノ大佐からの着信が鳴り響く。軍のお古を分けてもらった通信繊維を引っ張って端っこを耳に当てる。

 通信繊維はタバコ一本ぐらいの大きさから、ノートパソコンぐらいにまで広げることができる非常に柔軟性の高いスマホのようなものだ。

「私だ。あの後どうなった」

「あー大佐、どうもお世話になりまして~」


「大体のことはツユから聞いた。今後どう動くかについて方針を決めておきたい。私は明日の昼二時間だけ空いているが、お前はどうだ」

「空いてます空いてます、めっちゃ空いてます」

「では明日正午、お前が入った会社の最寄り駅前の店で会おう。ちょうど私もその近くで用があるから都合がいい」


 急ぎ足が目に浮かぶような慌ただしさで通信は切れた。

 用ができたから早く寝ようと思うが、そうすると余計に目が覚めるのが人のならわし。立って工具などを見回しているときは気付かなかったが、ハンモックに乗ってみると今は壁に張られている地図が気になる。


 画鋲から外してしげしげと眺める。エドの家に隣接している森の地図らしい。黒地に白い線の道が幾つも引かれていて、奥の方の突き当たりに何個か赤い点がついている。

 あからさまに怪しい。

 明日は早起きして、納屋の中より森の散策を優先することにした。





 翌朝。

 エドも駅前に用事があるそうなので、昼前に車に乗せて行ってもらうことにした。一応大佐に会うことは伏せて、買い物に行きたいとだけ言った。


 早々に森に入ってみると、今日は一際寒く雪がちらちらと降ってきた。しかし逡巡している暇はない。

 茂みに足を取られないように、地図の白線を指でたどって現在地を確かめながら進む。

 木立を映す澄みきった池をちらちらと降る粉雪が照らして、明るいのか暗いのか分からない深い木陰と雪と木漏れ日の下を進む。


 冬でもこんもりと茂った木々の下を、ところどころ途切れた道や折れて低く垂れ下がった枝に気をつけて歩き続けると、ようやく最初の目印に近づいてきた。

 木々の幅が広くなり、陽だまりが増えてくる。

 土の色が変わって、地面がしっかりしてきたと思ったら石畳だった。

 いつのまにか木の列が石柱の列に入れ替わっている。


 ラプセルには廃墟も多いが、それ以上に遺跡が多いらしい。

 廃墟と遺跡の区別は最近まで人が使っていたなら廃墟、使っていた形跡がないようなら遺跡、それだけしかない。

 これはラトー襲撃前の世界大戦で、鎖国してもなお文明が一部の地域を除いて破壊し尽くされたせいだ。歴史や伝説が語り継がれてる遺跡も多いが、いつ誰が何のために造ったのか分からない遺跡もごろごろしている。

 これは後者の方だろう。


 石柱二本の上にさらに石柱が組まれ、さらにその上にもう一段柱の枠組みが出来てまるでジャングルジムのようになっている。元がどんな建物だったかは想像もつかないが、巨大だったことだけは分かる。

 冬の遺跡には獣の気配すらなく、朝鳴いていた小鳥の声すらすっかり静まりかえっていた。


 印の位置はここで合っていると思うが、とりあえず石柱を順番に見て回るか。

 柱は俺の腕二抱え分ぐらいの太さで真四角。細かい溝が幾つも刻まれているが、模様などはなく簡素な印象を受ける。

 何の変哲もないでかいだけの灰色の柱がずらっと続いている。叩いてみても変な音はしない。


 だが五本目の柱を叩いたとき、他よりもちょっと音が低く、柔らかくなった。

 中に何か入ってる。

 柱を上から下まで触ってみると、地面に接した付け根の部分に雪ではない白い粉のようなものがついていた。

 指に取ってみると若干湿り気があるのに、さらさらとしてて心地いい。

 もしかしてこれが地図の印の、そしてエドの傷薬の正体か?


 この柱の中身と関係があるのかどうか、どうやったら中が分かるのか……

 と、さらに柱を調べようとした矢先に。



「ラ~♪」



 聞き覚えのある鳴き声が、耳に流れた気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る