第6話 商売繁盛
ぽつんと端っこにあるその売れない店に、俺は近づいて話しかけた。ツユは手作りのぬいぐるみ店に夢中になってる。
「よお、おじさんそれ一つ見せてくれ」
「ああ、好きに見てけ。普通の傷薬より早く綺麗に治る。実際に自分でやって保証済みだ」
円くて白い小さなケースには何の表示も煽り文句もない。売ろうという意志があるようには見えないが……。
「ふーん……そんなにすごいのに全然売れないんだな」
「……冷やかしなら帰ってくれ」
「いやいや買いに来たんだってば。……しかし残念だが、今の俺にはこれを買う手持ちの金がない」
「やっぱり冷やかしじゃねーか」
「まあ最後まで聞け、そこで提案だ。今から俺が客をたくさん連れてくるから、それで残りの二十個全部売れたら紹介料としてこれ一個くれ」
口をあんぐり開けて男は俺をじろじろ眺める。何急に言ってんだこのバカは、って顔だ。
「何言ってんだお前……まあ、いい。どうせ売れねえんだ、やってみろ」
「あんがと。ついでにペンと紙とハサミ借りるよ」
怪しい不審者を見る目つきを無視して俺は工作を進める。
よし、こんなもんだろ。
んで、仕掛けるタイミングは、と……。
向こうから中流階級といった感じのマダム連中が歩いてきた。着ている服の質は人並みだが、一点物のスカーフやブローチで皆それぞれ個性の演出を頑張っている。
決して贅沢はできないし物も大事にするが、ちょっとした気分転換に露店を見て回る余裕はある。そんなところか。
「今度の新兵器開発にはムールス社が関わるんですって? 化粧品会社がどうして武器開発なんかに?」
「なんでもムールス社が特許を持ってる技術が役に立つそうよ。一体何かしらね、変なものが入ってなければいいけど」
「戦争続きで嫌になっちゃうわ。最近お肌の調子までどんどん悪くなって~」
「何言ってるの奥様ったら、まだお若いじゃないの~」
「そのお召し物素敵ね、どちらで買われましたの?」
「うふふこれはバーゲンよ」
見栄を張りつつも安売りの話題は共有し合う。ぴったりだ。
メガホンが欲しいところだが仕方ない。俺は手を叩いて声を出す。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 早いもん勝ちだよたった十個の限定商品! 新開発成分入りの美容クリーム! 本来はサフラス初日に発売開始のところ、本日特別にここ市役所前にて出血大サービス割引価格で先行販売いたします!! 試供品も無料配布中!」
「な、何言ってんだおま……!?」
マダムたちが振り向いた。こっからはトーンも声量も落として優雅なイメージで決める。
「今日ここに来た皆様は実に幸運です! 本日は無料配布と特別パックをご用意いたしております。どちらも限定十個ずつの特別サービス採算度外視価格! こちらのケースは試供品となっており、無料でお持ち帰り頂けます。そちらのケースは特別パック! 中身は試供品と同じですがチケットがついております。このチケットを次の開店日のサフラス初日にご提示いたしますと、製品を半額でご購入頂けます!」
「お、おいおいおい……」
マダムたちが立ち止まった。化粧品には似つかわしくない俺たち洒落っ気のない男二人をじろじろ見るが、慌てるなかれ。
幸い俺がダウンジャケットの下に着ているのは、軍が就活用に寄贈してくれたやや質のいい素材のスーツだ。嘘も真と思えば真になる。
ダウンジャケットを脱ぐと、寒さを吹き飛ばす勢いで俺は身振り手振り流暢に話し始めた。
「実は私ムールス社を早期退職しましたばかりでして~、長い間やりたかった新商品開発にやっと乗り出せたんです! これからはお客様の生の声を直接聞くお仕事がしたい……そう思いまして本日ここに出店いたしました!」
さっき小耳に挟んだばかりの化粧品会社の名前を出すと、マダムたちの顔色が変わった。
「試供品なのにすごいたっぷりある!」
「出血大サービスですので」
「あら、成分表示はないの? 何が入ってるか気になるのに」
「すみません手違いで本日は間に合いませんでして……次回には完成してますので!」
「さらりとして気持ちいい~、これ効くかも」
「いいかもしれないわ、チケット付きの方をちょうだい」
マダムたちが買って帰るのと入れ替わりに次の客が来た。人は賑わっている方に流れるものだ。
「すっごーい!! マツバさん私にもそれ一つくださーい!」
ついでにツユも来た。
無料分はあっという間になくなったし特別パックの方もすぐなくなった。価格設定は傷薬のときの倍にしてさらに二割増しにしといたが、三割増しでもよかったかもしれない。
「ほいよ、売り上げ合ってるか確認してくれ」
「ぼった分は受け取れねえよ、勝手に値段変えやがって」
「あんたの値段設定がおかしいんだよ。増えた分は契約料だ」
「契約料?」
「そう、俺と契約してあんたの共同経営者にしてくれ。これからじゃんじゃん儲けさせてやる」
俺の発言に男は頭をぼりぼり掻いて唸った。
「あのなあ……次から次へと勝手なことばかり言いやがって、俺はここに儲けに来たんじゃねえぞ。在庫処分で来たんだ」
「儲けるチャンスをみすみす捨てるなんて許せない。それは逆不法投棄だ。あんたには儲ける義務がある」
「さっきから儲ける儲けるって、デタラメ並べてぼったくっただけじゃねえか!肌に良い成分なんか入ってねえぞ」
「偽薬っていうもんがある。頭痛薬と言って小麦粉飲ませたら頭痛が収まったって話もある。傷薬は元々肌に塗るもんだし、たまたま良くなることはあっても悪くはならないだろ。それに」
「それに?」
「稀代の天才科学者エドフィック・ローレンス殿が開発した商品に、間違いなんかあるわけないだろ?」
それを聞いた、エンデエルデの設計責任者エドフィック・ローレンスの眉がぴくりと動いた。
うんうん、本で見た通りの無愛想顔だ。
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