第5話 工業都市ジュハロと超巨大観覧車?
のどかな田園地帯に入り、徐々に工場らしきのっぺりとした箱のような建物の数が増えていく。
色とりどりの工場の周りを、さらに色とりどりの花が囲んでいる。
「ジュハロは北ラプセルで一番の工業都市なんです!私たち軍の兵器も多くがここジュハロで生産されてるんですよ」
太い配管や高い鉄塔、巨大なタンクにそれを取り巻く点検歩廊が緻密に入り組んでいる様子は地球の工場とよく似ているが、花や緑の景色越しだとなんだかテーマパークのアトラクションみたいに見える。
車が電柱兼街路樹のアーチをくぐる度に工業地域から商業地域に入れ替わっていく。歩く人や車の数も増えてきた。
道路を高層ビルの反射光から守るように街路樹の巨大な葉が広がっている。葉は時々半透明になるシステムなので、低層ほど日当たりが悪くなるということはない。木漏れ日のグラデーションの中を車は進んでいく。青色のビルたちが頭上で白黒の格子模様のように光りきらめく。
王宮のような細かい装飾が施された塀を抜けると、長い坂を登って広場に出た。
坂道の裏側はデパートの吹き抜け部分になっていて、大勢の人が買い物に来ているのが見下ろせた。
「さあ着きましたよ中央広場です!」
車を降りてみると圧巻の絶景だった。
白い花の海と、青く輝く高層ビル。
街路樹の下が電気仕掛けのカラフルな熱帯雨林だとしたら、上側の景色は雲海を貫く天高き高層ビル群といったところか。街路樹の隙間なく白く敷き詰められた花が、雲の海に見えて一瞬空高くに来たような錯覚に陥る。
疑似植物が半透明になる度に、今度は雲海の下のあらゆる階層で車や人が盛んに行き来している様が見えてくる。最果ての細々としたところも、何か大きな光が点滅していて活気が満ち溢れていた。
そして見上げると雲海とビルの柱の向こう、街を遠く離れさらに山々を幾つも超えた遥か遠くに、うっすらと光る輪っかのようなものがあった。
「今日は晴れてるからエンデエルデがよく見えますね~」
あれが本で見たエンデエルデか……。
ほとんど透明な素材でできたそれは実際には桁違いの超巨大な観覧車の形に近いというが、雲の上まで貫くその姿はここからだとまるで視力検査のあのマークのように上だけ穴が開いて見える。
昔、日本にいた頃三重の伊勢志摩からうっすらと富士山が見えてびっくりしたことがあったが、極北のエンデエルデとジュハロはそれより遥かに距離がある。
つまりエンデエルデは、富士山でさえ比べようがないほど桁外れに巨大な建造物だ。その姿は人々に希望を与え、新たな信仰の対象にすらなっている。
エンデエルデこそがラプセルの神と人の総力がつぎこまれた対ラトー決戦兵器!!
……なのだが、これについては少し後で話すことになるので一旦置いとく。
広場の噴水周りで子供の笑い声が響いている。
あちこちから通路が伸びており、いろんなビルに繋がっているようだった。
「ここは職業紹介所や役所などいろいろな場所に繋がっていて便利だ。まずは役所で登録を済まそう」
そして皆で歩こうとして──いきなりやって来た高級車に跳ねられそうになった。
「うわあっ!」
急ブレーキの騒音と共に運転手が車窓から身を乗り出す。
「そこの者ども! ウロヌス様の車の前で何をしている!」
「まあまあ落ち着きたまえ。おお、大丈夫かね君たち?部下が失礼した」
「ウ、ウロヌス様……」
後部座席の窓からぬっと顔を突き出す中年男性に、ツユは顔をひきつらせる。クラウスも嫌なものを見たように眉をしかめた。
「おお誰かと思えばプフシュリテくんのペットたちか!街の見張りにでも来てくれたのかな?いやはや大いに結構!そういえば北部工場の件はどうなっている?」
野太い声にたくましいが決して肥満ではないがっしりした身体つき、そこにいるだけで場を威圧する態度だった。
「そ、それは……」
言い淀むクラウスをウロヌスは鼻で笑う。
「君らに聞いても分かるわけがないだろう、ジョークだよジョーク。おっと、こうしちゃいられん。プフシュリテくんによろしく!」
高級車は慌ただしく走り去っていく。ラプセルの車は排気ガスを出さない。出すのは花や葉、ハーブの香りなのだが……妙に湿気てて腹が立つ。
「な、なんで怒らないんですか?」
「ウロヌス氏はラトー襲撃後の復興に大きく貢献されたお方で……先ほど通った道路も彼が建てたものなんです……」
「そうだ、それに軍の兵器製造・開発にも大きく資金提供している。悔しいが、我々の位では真正面からやり合える相手ではない。ここで事を荒立てて大佐にご迷惑をおかけする訳にはいかんのだ……」
ツユは落ち込んだ顔になり、クラウスも苛立ちを抑えきれず歯噛みする。
「そっか……大変なんですね……」
ってことは真正面からやり合わなきゃいいんだな。オッケー、分かった。
役所で仮だった身分証を正式に発行してもらい、お隣の職業紹介所に来た。
掲示板には職種や待遇条件が記された紙がずらりと貼り付けられている。
「軍の仕事も事務に製造に引く手あまただぞ。ゆっくり探すといい」
クラウスは言う。
でもなあ……俺、人の下について働くの嫌いなんだよな~。
生前に起業したのだって、自分で好き勝手やりたかったからだし。
『契約社員:パソコンのデータ入力、その他事務作業等』
『急募鉄鋼業製造職:未経験者大歓迎! やさしい先輩が教えてくれます。資格取得応援!』
ぼーっと眺めてても気乗りしない仕事ばかりだった。
仕方なく熱心に読んでる振りをしていると、クラウスの通信繊維に着信が入る。
「ニューウェンハイゼン少尉だ。む、何だと……? 了解、すぐ行く……すまないが急用ができた。夕方になるまでには戻れるだろうが、ツユ、後はしっかり頼んだぞ」
離脱するクラウスにツユがびしっと敬礼してみせる。
「はいっ、お任せくださいませ!」
クラウスがいなくなるとのびのびできて、心なしか視野が広くなってきた。
掲示板の端の方、色の違う張り紙に惹かれる。
『設営からのお手伝い募集、大がかりな出し物あり、報酬弾みます!』
『サーカスのレジ係募集、設営準備等不要。契約期間三日間』
どれも臨時のアルバイト募集といった感じで、雇用期間も短い。
「それは露店の求人ですね~。人目を惹く派手な催しが多いから面白いですよ~」
「露店?」
ツユが気安く距離を詰めてくる。
「お祭りの日は中央広場の周りでたくさんお店が出来るんですよ。参加資格が簡単で時期も祭りの前から設定されてるんです。人が集まる場所ほど競争が激しいですね」
「早い者勝ち、ってことっすか?」
「そうですそうです。でも露店のエリアは普段から少しはありますよ~。せっかくだから見ていきますか?」
本人が一番見て回りたそうだったツユと、二人で露店の方を見に行くことにする。
職業紹介所の廊下から回廊を通って、来た方と反対側の広場に出る。
白いパラソルが数多く並ぶ場所をツユが指さす。
雑貨品や日用品を並べて多くの店主が客人と話し込んで盛り上がっている。
「それにしてもびっくりしたなー! タルタンがウロヌス社に買収されるなんて!」
「なんでも前から内部分裂してたらしいぜ。フラウシュトラス一族様も一枚岩ではないってこった」
「ロルオ遺跡が封鎖か~。金目のもん探しに来てトラブル起こす奴増えたもんな」
「金塊が出たのって最初だけでしょ? 後から来たって残ってるわけないのに馬鹿だねー」
「あのプフシュリテ大佐が負傷したんだろ? これからラトーもますます手強くなりそうだな」
「心配だなぁ。早く元気になってほしいよ」
「けっ、俺はハナから信用してなかったぜ。知ってるか?あいつがあの──の娘だって噂」
……あの大佐もいろいろ事情があるみたいだな。
いつかは自分の店を持とうと張り切って呼び込んでる若者に、本店の宣伝にやって来たのに客とのおしゃべりに夢中になってる呑気な店員に、人の持つ雰囲気がそのまま店のカラーになってるようで賑やかだ。
が、一番端の店だけが辛気くさいオーラを垂れ流していて、そこだけ人が近づく気配がない。売ってるのは小さな円い容器に詰められた傷薬。ポップもどきの白い台紙には『よその薬より早く治ります』とだけ素っ気なく書かれている。
店主はいかにも冴えない中年の男性で、無精ヒゲに眠そうな顔をしている。売る気があるようには全く見えない。
しかしそのシケたツラに、俺はピンとくるものがあった。
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