第4話 レッツゴートゥザシティ




 翌日夕方、ラムノ大佐が俺の病室に見舞いに来た。黒地に金の刺繍とボタンで装飾されたいかにも位の高そうな軍服。

 首筋や袖に包帯が見え隠れしているが、それには触れないでおくことにした。


 部屋に入ってきたラムノ大佐が手をかざすと、子犬の唸り声を無理やり電子音声にした感じの変なか細い音が流れた。


「盗聴されていないかの確認だ。……よし、何も無いな。安心して話せる」

 後で知ったことだが、ラムノ大佐のこの魔法のような能力をフラルという。



 ラプセルでは95%の発電が、特殊なナノマシン・フラルを内蔵した疑似植物の光合成と呼吸で賄われている。

 そして動物や人体も神経細胞間のやりとり等で、微弱だが常に電気は流れている。


 簡単な手術で体内にナノマシンと超小型発電タービンを埋め込めば、体内や表皮で疑似植物を生やして発電でき、その電力でさらに疑似植物を変形させて様々な道具代わりに使うことができる。


 人体が咲かす疑似植物の寿命は数秒~数時間と短く、一時的でしかないので建築の素材等への使用は向いてない。ただし一分一秒を争う仕事、たとえばラトーとの戦闘では必須級の能力であり、前線に出る空軍部隊ではほぼ全員にフラルが埋め込まれている。



「早速聞きたいことがあるんですけど」

 俺が昨日目の前で人がもだえ苦しみ医者が安楽死?させた話をすると、ラムノ大佐は一言一言の響きを確かめるように重々しく頷いた。

「そうか……やはり貴様はラトーやカラクタが無い、はるか遠くから来たのだな」


 カラクタはラトーが人類に撒き散らす“死の種”である。

 最初にラトーが降りてきたとき、突風が吹いた。それは毒の風であり、大戦を生き残った人類の遺伝子を深く蝕んだ。


 それは心臓を包み込む八角形の結晶であり、あるとき突然想像を絶する苦痛をもたらす。“発症”するとどんな治療でも治せず、苦しみのたうち回る。


 特に厄介なのはカラクタを取り出せないと、苦痛が続いて死ねないところだ。

 そばにいる誰かが殺してやらない限り、永遠に苦しみ続ける。

 健康でも持病があっても若くても老いてても関係ない。生まれたての赤ん坊が発症して泣く泣く安楽死させたというケースさえある。


 そしていつ発症するかは誰にも分からない。発症中に“アムリタ”を飲めば奇跡的に助かることもあるが、助からない方が圧倒的に多い。昨日見たのはアムリタを飲ませてもダメだった後なのだろう。


 だからラプセルの義務教育には普通の心臓マッサージと、“安楽死マッサージ”が組み込まれている。昨日の医者がやったように、上手にやるとカラクタは死体を傷一つつけずに綺麗にすり抜けてくる。



「じゃあ……ここの人間は皆心臓に爆弾を抱えてるっていうんですか? 俺も?」

「そうだ。ここの空気を吸い込んでカラクタができたからには、貴様もラプセルの人間だ。監視や盗聴がないのはそれが認められたからだろう」


 今まで居住区域を包み込むドームやガスマスク、空気の浄化などあらゆる研究が進められたが全て無駄に終わった。

 ただラトーを地上に近づけず上空で撃退し続ければ、カラクタがわずかに小さくなり、“発症”もわずかではあるが減るとのデータは出ているため、ラトーに完全勝利すれば道は開けるのではという希望に人類はすがりついている。


「はー……戦争に巻き込まれて死んだら、今度は戦争と疫病のダブルパンチですか……」

 今度は俺が話す番だった。


 地球という星の戦地で働いていたが、爆発に巻き込まれて死んだと思ったらラプセルで目覚めた。

 地球の文明レベルはラプセルにそこそこ近いが、植物で電力を賄ったり、人類が手から花を出すほどではない。

 地球上には百を超える数の国があるが、ラプセルの星にはラプセルしか国がない。


「他の国は皆滅び、海に沈んだ。鎖国の道を選んだラプセルだけが“神”に守られたのだ」

 あらゆる国が沈むほどの破壊が繰り返され、やっと世界大戦が終結したのが今から九年前。

 それとほぼ同時に、今度は宇宙からラトーが攻めてきたのだという。

 一難去ってまた一難ってレベルじゃねーぞ。神のご加護薄すぎでは?


「貴様がなぜラプセルにやって来たかは私にも見当がつかないが……貴様がラプセルの言語を理解し、話せるというのは何か手掛かりになるかもしれない」


 そういえば文字や言葉が分かるのも謎だ。今まで見たことない文字でも読めるし、ラトーとかカラクタだとか特別な固有名詞でない限り人の話もすんなり分かるし、口からぺらぺら知らない言語が話せる。

 今まで気づかなかったが、いったん意識し出すと途端に気持ち悪くなってきた。


「なんでだろう……鏡は見たけど地球にいた頃と見た目は何も変わらなかったし、誰かの死体に俺の魂が憑依した、とかそういう線は薄い気がする」

「仮説だが、誰かが何らかの目的のために故意に呼んだ、という考えもできる」

「できる……って誰かそんなことできる奴がいるんすか?」


「知らん。もしくは、たまたまラプセルに迷い込んだ貴様を見つけた誰かが、貴様が意識を失っている間に何らかの操作をした……か。現に貴様は私とネクマ……フラルを通じてアムリタのやり取りをすることさえできた。誰かがフラルを埋め込む手術をしたのは確実だ」

「寝てる間に勝手に脳とか体内とかいじられるってすげえ気持ち悪い……」

「とにかく、原因をはっきりさせないとラプセルの国防にも関わる。仕事の合間に個人的な調査を進めよう、もちろん貴様もだぞ」


「俺も……って、当分入院するよう言われてるんすけど」

「犯罪前科者との一致がないと確認されれば、今日明日にも軍の職員によって身分証が仮発行されて基地を出られるはずだ。身元保証人は私がなろう」

 あれ? これって軍の監視対象からは外れたけど、大佐の監視対象になったってこと?


「いくつか本を持ってきてやった。この国の歴史と常識が簡単に書かれているからよく勉強しておけ。私には退院後案内する時間はないが、代わりに部下を手配しておく。今日は以上だ」

「は、はあ……ありがとうございます」

 慌ただしく立ち上がり、ラムノ大佐は去っていく。けれど帰り際、扉の開閉ボタンを押す前にぽつりと呟いた。


「さみしくは、ないか? 生まれた星から、いきなり遠く離れて」

「え?」


 自分でもその幼げな声にびっくりしたのか、ラムノ大佐は真っ赤な顔で首をぶんぶん振り出した。

「いっ、今のは何でもない! 忘れろ! 命令だ! 忘れるように!」


 ピシャッと扉が閉まる。口調はツンケンしてる割に、初対面の素性も知らない俺に人懐っこすぎないか? 心配になってきたぞ。


 さみしいねえ……そんな感情、とっくの昔に消えたよ。








 四日後の退院日、俺を迎えに来たのはラムノ大佐の部下二人だった。一人はきっちり金髪を七三に分けた如何にも気難しそうな眼鏡の中尉、もう一人はまだ十代にしか見えない星の瞬きのように落ち着きがなくキラキラした伍長だった。


「こんにちはー! ツユ・ハッブル伍長でーす! マツバさん、今日は一日よろしくお願いします! ねえねえ、記憶喪失って本当ですか?? お父さんお母さんからはラトーに襲われたらそういう症例も出るって聞いたことあるけど、私は見るの始めてで~」

「はしゃぐなツユみっともないぞ」

 黒髪のサイドテールがぴょんぴょん跳ねるツユを中尉がたしなめる。


「えー、だって街に戻るの久しぶりですもん! ここんとこ連戦続きでへとへとだし買い物もしちゃおっかなー?」

「部下が失礼した。俺はクラウス・ニューウェンハイゼン中尉だ、クラウスでいい。プフシュリテ大佐から話は伺っている、災難だったな」

「はあ、どうもクラウスさん」


「大佐のご命令で、今日一日君の案内役を務めることになった。大佐は本来自分がすべきだと悔しがっておられたが、お忙しい方でな。君はこれから我々とジュハロの役所に行き、そこで住民登録と仕事探しを行う」

「どうも、お世話になります」


 だだっ広い後部座席に俺を真ん中に三人で座って、車は走り出した。

「入院中の検査で君の能力は計らせてもらった。特に秀でた能力はないが、文章能力と判断力それとプレゼンテーションはなかなかのものだ。恐らく記憶を失う前は営業職か商人だったかもしれないな。中央掲示板に営業職の中途採用が多く張り出されているから、まずはそこを見てみるといいだろう。もしいい職が見つからなければ、俺が知り合いを紹介してやってもいい」

「いや~、恐れ入ります」

 こいつは融通利かなさそうだし、あんまり借りは作りたくないな。


「もうすぐ新年祭ですし、まずは臨時のアルバイトとかもアリですよ! 楽しいし!」

 祭りが待ちきれないと言わんばかりに、ツユが両手をぎゅっと握りしめて拳をつくる。

 ラプセル全国共通の大きい祭りは年に四回、春夏秋冬に一つずつある。あと一週間で冬のお祭りの新年祭サフラスが開かれる。浮かれた人間は本性が出やすい。この国の人々を勉強するには丁度いいだろう。


 見晴らしのいい平原の景色が続いていたが、やがて高層ビルが見えてきた。

「でかいビルだな~あれがジュハロですか?」


 何気なく俺がそう言うとそれまでめいっぱい表情筋を動かしてたツユが、すっと醒めた無表情になった。

 そんなことも忘れてしまったのかという、諦観と同情。


「あれはラトーに破壊された廃墟ですよ。街の機能が停止してしまったので、皆今の街に引っ越したんです」


 通り過ぎるときに、ビルに隠れてた恒星ルクが廃墟を照らす光景が見えた。

 真正面の陰からだと立派に見えたビルはまるでハリボテで、その背中は無残に折れ曲がった鉄骨がぐちゃぐちゃに絡み合っていた。



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