第3話 死の種





 そうこうしているうちに、救助とやらの軍用車両が来た。中から軍服の男性と女性が出てくる。


「プフシュリテ大佐! お待たせいたしました! ……そちらの方は?」

「こいつも基地で手当てしてやってくれ。私が着陸の際にぶつかってしまった。記憶障害が発生している」

「そうですか……では大佐と一緒にご乗車願います。歩くのに支障は?痛むところはないですか?」


「は、は、は、ぶえっくし!!」

「……その恰好では寒いでしょう、中で服を貸します」


 風が吹く度に凍えそうでくしゃみがバンバン出る。寒いから今は冬だと思うのだが、砂浜の坂の上に見える野原ではたくさんの花が平然と咲いている。

 ラプセルに季節はあるのかな……年中これだときついぞ。


 車内に案内されて、ラムノ大佐と通路を挟んだ席に座る。

 無骨な外見とは真逆の豪華な内装で、天井も窓も高くて見晴らしがいい。


 遠くに見える空に近づくほど青みがかった山々に、雄大な森と平原。山々が途切れると真っ青な海が広がる。

 車窓の景色は見ていて飽きなかった。というか不思議だった。


 とにかく花畑が多い。それから工場らしき白い建物や温室のようなガラス張りの建物も目につく。

 それだけなら一人でふーんと頷いて終わりだが、ふと空を見て俺は仰天した。


 UFOのような円盤状の物体が、山の上を飛んでいる。

 車と同じ方向に向かっていて、車よりずっと早い。すぐに追い抜かれて消えていった。


「なんだあれ!?」

 驚いて声をあげる俺に、ラムノ大佐は呆れたように額に手をやった。

「全く……全部説明しないとならないか。いいか今のは浮遊神殿ティルノグ、守護聖女レトリア・フラウシュトラス様のお住まいだ。我々をお守りくださるために、ティルノグは常に国中を飛び回っている。よーく覚えておけ」


 花と戦争の国ラプセル、それが第一印象だった。

 次第に冬らしい重たい曇り空になっていく。

 さらに花畑と建物が増えていき、大きな門が現れた。空軍基地に着いたらしい。





 門を入ってすぐ、俺は車から降ろされて軍服とは別のゆったりした制服を着た連中に引き渡された。


「軍関係者と一般人の施設は別だ。私はこれから戦闘の報告と治療に向かう。お互い時間ができたらまた会おう」

「報告より治療が先です大佐」

 そしてラムノ大佐は去って行き、俺は入り口近くの一般人用の病院施設に案内された。



 屋外も屋内もやたら植物が多い。天井を支える支柱かと思ったら木だったりする。壁際の配管隠しも木っぽいが内部はどうなってるんだ?


 照明で人工的に出来た木漏れ日の下、俺は診察を受けることになった。

 顎鬚がもっさり生えたいかにも偉そうな医者が、俺の心臓に聴診器を当てて一言。

「カラクタも正常、身体面は特に異常なさそうだな。後はレントゲンとスキャンの結果を待つように」


 そのときは、この世界では心臓をカラクタって言うんだぐらいにしか思わなかった。

 その時は。


 診察を終えて廊下に出ると、正面奥で男性が倒れていた。毒でも喰らったように口から泡を吹き、けいれんを起こして手足をじたばたさせている。


「うあっ……ぐああああ!!」

「私がやる! 皆下がれ!」


 医者が一人前に出て男性に駆けよる。じたばたしている体を無理やり仰向けにし、左胸に両手を当てた。

 心臓マッサージか?

「ふんっ!!」


 違った。医者が思いっきり力を入れて両手を押し込むと、倒れた男性の皮膚や服をすり抜けて、ゼリーのようなぐにゃぐにゃしたものが絡みついてきた。


 それらが全部集まると、八角形の美しい半透明の結晶体に固まる。そして苦しんでいた男の手足は力を失い、そっと地面に横たわる。

 先ほどとうってかわってその死に顔は安らかだった。


「天にまします我らが花よ、我らが魂を導き給え、どうか導き給え、全て清め給え……」


 手で印を結んで祈りの言葉を呟く医者を呆然と見ている俺を、付き添いの看護師が病室に引っ張っていく。









 〇 〇 〇









 白い柱の列が立ち並ぶ空間、最奥に十歳ぐらいの容貌の幼い少女が玉座に座っていた。

 少女の赤い眼光は鋭く、向こう岸にある重厚な両開きの扉を睨んでいる。

 華奢な身体と重々しい気迫が、荘厳でありながら簡素に石板を貼り付けただけの玉座に妙に似合っていた。


 遥か上の壁際にある分厚い磨りガラスが雲の上の青空の色を全て殺して、白い光のみが降り注ぐ。

 玉座と柱列と玉座へと続く長い道、それ以外は何もない真っ白に静まりかえった空間。

 白銀の髪がなびく風すら起きる気配がない。


「レトリア様」

 精悍な声が高い天井にまで響く。黒髪の若い青年が現れてひざまずいた。


「兵士が二名亡くなりました。明日葬儀が執り行われます」

「司祭たちから聞いた」

「電波計測の結果、今日はもう全地域ラトー襲撃はないと予測されています。特に進路は取らず、このまま巡回態勢を継続いたします」


「分かった、ユーク──私がこれから何を言うか理解できているな」

「……はい」


「なぜ?」


 朝露のようにうっすらと、幼く冷めきった声を出し、レトリアはぎろりとユークを睨みつける。


「それは……“剪定”が十分に済んでいないと判断したからです」

 顔を上げて答えるユークを、レトリアは即座に否定する。


「それは私の許可なく勝手に戦っていい理由にはならない。剪定が戦闘には関係ないことは知っている筈だ。今日はたまたまどうにかなったが、もしお前では通用しない敵だったらどうするつもりだ?」

「……」


「いいか、私からラトを殺す機会を奪うな。ただでさえ、仕方なく人間どもに分けている状態だ」

「しかし……」


「また人間の死を悼んでいるのか」

「いえ……」


「何度言えば分かる。それこそ人間への侮辱だ。言っておくが、たとえ私を起こす選択ができていたとしても、あれに間に合うことはできなかった。それについてはお前の関与するところではない」

「……」


「いいか、これから先、最終決戦が近づくにつれて不測の事態は幾らでも起こる。こうしてお前を注意している暇もなくなってくる。くれぐれもこれ以上判断を誤るな。私の指示から外れるな」

「……申し訳ございませんでした」


「もうすぐ“二六ツクロハサミ”がやってくる。奴らには人間どもの分析機関など通じない。お前のその眼だけが頼りだ」

「はい」


「話は終わりだ。私は今から剪定の続きに戻る、ラトが来たら大小問わず起こせ。それが済んだら今日はもう下がっていろ」

「……承知いたしました」

 玉座から立ち上がり、レトリアはユークに背を向けた。

 ユークが入ってきた方とは反対の、最奥にある扉を片手で造作なく開ける。


 向こう側に広がる花壇がユークの視界に一瞬飛び込み、扉が閉じる分厚い音とともに見えなくなった。



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