第2話 空から舞い降りた花





「ぐうっ、な、なんだこいつはっ! 離れろっ……!」

「ラ~♪」

「あの~、いい加減どいてもらえません?」


 女が顔面に貼りついた子猫とスライムを混ぜたような謎の生物と格闘している間に、俺は現状把握に努める。

 俺はテロに巻き込まれ、意識を失ったと思ったら海辺の砂浜で目覚めた。

 そして目覚めた瞬間、空から降ってきた女の下敷きになった。


「ラ、ラ、ラ~~~」

「ぷはっ……! はあっ、はあっ、そこのお前、突然ぶつかってすまなかった。怪我はないか?」


 やっと謎の生き物を剥がし終えた女が、顔真っ赤で息が荒いまま真面目に声をかけてくる。

「あんた誰? 女神様か何か?」

「はあ? き、貴様、何を不敬なことを……」


 女はせいぜい二十代前半ぐらいで青い髪を後ろに束ねている。同じく青い瞳が真っすぐに俺を睨みつけて、まつ毛がピンと上向いている。

 ここ数日土煙と曇り空の下で過ごしてきたから、女とその背後の太陽がことさら眩しく見えた。


 ところどころゴテゴテした装甲? がついてるが、全体的にはぴっちりとしたフライトスーツを着ている。


 腰のベルトにホルスターが付いているから、恐らく軍服だろうが俺の記憶ではこんな軍服は見たことない。そして背中から羽のように生えてたジャスミンの花が散っていく。

 現代の科学力と地球の物理法則では見たことない。


 どうやらここは地球外の別世界らしい。

 やっぱり俺は死んだのか? ここは地獄か天国か? 死後の世界にも軍隊があるのか……?


 ようやく俺に四つん這いで覆いかぶさっていることに気付いた女はもっと顔を赤くすると、慌てて立ち上がろうとした。

 が、急に脇腹を押さえてまた俺の上に座り込んでしまった。


「ううっ、つつ……」

「あんた、ケガしてるのか? 大丈夫?」


「こ、これぐらい平気だ! なれなれしく話しかけるな! 私はラプセル国空軍大佐ラムノ・プフシュリテだ! きちんと階級で呼べ!」

「ラムノ大佐さん? そんなに大声で喋ったら疲れるって、いったん深呼吸して落ち着きましょ?」

「~~~、ッいきなり名前で呼ぶなっ、なんだ貴様は、いちいち癇に障る奴だな! ってこんなことしてる場合ではない。おい貴様、手を貸してくれ」

「手?」


 ラムノ大佐は言葉通りに俺の手を指差す。

 下にいる俺が手を貸したところで立ち上がれないのでは、と疑問に思いながらも俺は言われた通り手を伸ばす。

「すまない、この借りは必ず返す」


 そう言ってラムノ大佐が手袋越しに俺の手を握ると、二人の手の間から植物のツルや葉のようなものが生えてきた。次々と生えては消えてまた生えてを繰り返し、まるで立体映像のようだがほんの少しだけくすぐったく、もう片方の手で触ってみると確かに本物の植物だ。その上、小さな花まで生えてきた。


「な、なんだこれ!?」

「なんだ貴様、ネクマもしたことないのか? ……もういい、十分だ」

 ラムノ大佐が手を放し、脇腹を押えつつ立ち上がる。その瞬間小さな葉や花は大佐の掌に吸い込まれるようにして消えた。


「ううっ……よし……ぶつかった上にアムリタまで分けてもらってすまない。貴様は軍人か? どこに所属している?是非上司に連絡して礼が言いたい。それとも聖職者か一般人か?」

「えっ、え~と松葉孝志郎、って言います」


「ラ~」

 ラムノ大佐に掴まれてた謎の生き物が今度は俺に抱き着いてきた。


 黒猫によく似てるが、猫のような耳の下にさらに猫耳が生えているので、猫ではないと一目で分かる。

 耳が四つの猫が、赤い両目でうるうる見つめてくる。

 ただし脚はなく、ナメクジやウミウシのように胴体だけが伸びている。もふもふで柔らかい毛があったかい。それでやっと俺は今寒いと感じてるんだ、と感覚を取り戻してきた。


「変わった猫だな……この世界の猫は皆こんななのか?」

「おい何をしている! そいつに触るな!」


 撫でようとしたら、突然凄まじい形相になったラムノ大佐にぶんどられた。

「ラトーの幼生と猫を間違える奴がいるか! さっきから貴様おかしいぞ!?」

 ラムノ大佐がじっと睨んでくる。

 正直に戦争で爆発に巻き込まれて全然知らない生き物がいる世界に来ました、と言うべきかどうか。


 いや、軍人がいる世界でよそから来ました、なんて言ったらスパイの疑いがかかる。できる限り俺はこの国の人間だということにしておきたい。ここは記憶喪失ってことにしとくか。


「いや~、実は俺……

「まさか……記憶喪失か!? 私がぶつかったせいか!? 私ともあろう者がなんてことを……信号は出ているから、既にこっちに救助が向かっている筈だ。貴様も基地の病院に運んでもらおう。事情は私が説明する、心配するな」


 人が喋ろうとした途端に遮るな! いっぺんに喋るな!

 ラムノ大佐の怒り顔が、みるみるうちにしゅんとした顔に変わった。本当にこの女は大佐か? 落ち着きもなければ威厳もない。


「いや、実は俺地球ってとこにいたんですよ。知ってます?地球」

「チキュー?」


 あー俺らしくもない、なんでそこで馬鹿正直に話し始めるのか。せっかく大佐が勝手に勘違いしたんだからそれに乗っかればいいのに。

 自分でも分からんが、乗っかったら負けという謎の意地が出てきてしまった。


「そしたら爆発事故に巻き込まれて全身吹っ飛ばされて、あ、死んだと思ったんです。でも目が覚めたら全身無傷に戻ってて、全然知らない世界に来たみたいで」

「……」


 途中でラムノ大佐が「何言ってるんだこいつは」みたいな態度になったらすぐやめようと思ったが、やめるタイミングがなかった。真剣な顔で聞きこんでいる。

 異世界から突然人が来る。地球ではありえない話だが、もしかしてこの世界ではよく起こり得る現象なのか?


「最初死後の世界かな~って思ったんですけど多分違うのかな……ここってラプセルって言うんでしたっけ? 宇宙人とかって信じます?」


「貴様……それは絶対に私以外に言うな! 捕まって殺されるぞ! いいか!?」

「へっ?」


「我々は今戦争をしている。奴らは空高くの宇宙から侵略に来たんだ……ラプセル以外から人が来たなんて知れたら大変な騒ぎになる。ここは私に任せろ、救助隊が来たら私がぶつかったせいで記憶喪失になったと説明するから合わせろ。できるか?」

「はっ、はい」

「異世界から来た……なのにネクマができる……」

 ラムノ大佐は聞き取れないほど小さな声で呟き出した。うつむいて一人で考え込んでる。


 えーと、どうやらラムノ大佐は俺をかばってくれるらしい。

 軍人、それも大佐なのだから相当な権力側なのだが、ぶつかっただけなのに酷く義理堅い。


「でも大丈夫ですか? もし俺の正体がバレたら大佐も……」

「バレない!! 貴様はともかく、この私にそんなミスは有り得ない!!  

 くれぐれも私の足を引っ張るなよ!」

 うん、不安だ。まあ元々記憶喪失でいくつもりだったし、ここはラムノ大佐に合わせるか。


「それと、ラトーの幼生を見たと他の者には絶対言うな。約束できるか?」

「は、はあ……でも何でですか?」

「ラトーは我々を殺戮に来る全人類の敵だ。幼生が出た、と公になっただけでもこの辺り一帯大騒ぎになる。こいつは私が秘密裏に処分し、後で調査隊を送る。住民を無闇に怯えさせることはない」


 そう言ってラムノ大佐は、幼生を胸部装甲の隙間に詰め込んだ。四次元ポケットか何かか?

「ラ、ラ~……」

「ふーん、猫みたいでかわいいのにな」

 俺が素直に感想を言うと、ラムノ大佐は遠くを見るような顔になった。


「……コージロー、突然知らない世界に迷い込んで不安だろう。困ったことがあれば私を頼れ。弱者を守るのが軍人の務めだ」

 あっ、この世界は名前が先に来るのか。


「すみませんさっきは気が動転して……俺の故郷だと名字が先に来るんです。ラプセル風に言うとコージロー・マツバです。はい」

「~~~~~ッ、それを先に言えっ!!」



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