第1話 今日の日はさようなら、そしてこんにちは
お世話になっております〜、松葉でございます! どうもどうも大臣! この度は弊社とご契約いただきまして、誠にありがとうございます! ご安心を、この前の第一弾に留まらず、銃もカートリッジも絶賛製造中、絶賛輸送中です! 勝利を確信してじゃんじゃん湯水のようにお使いくださいませ! ……はい、はい、かしこまりました、では直ちにそのように。いえいえ恐縮です、では今後ともよろしく……
おいスミス今の電話聞いてただろ、お大臣様が輸送先を西部に変更だとよ。さっさとCブロックに連絡! 安井、ゲリラ用の爆薬はどれになった? ……フン、あれなら量の割に安く済むからな、たぶん元兵士が選んだんだろ抜け目のないやつめ、まあこっちも調達は楽だからいいさ……
何、ジャンマール、ゲリラから苦情? 銃に装填できない弾の混入? 兵が錯乱して暴れてる? 何のこっちゃ、うちはそこまでアフターケアしてねえぞ。自分が統率できてないのを押し付けてくんな、マニュアル通り適当に流しとけ……
どうした高田、ゲリラの一部が暴走して進路を変えてる? はあ~、それで大臣も急いでんだな、工場の奴らと話つけてこい。この前の東の道がいい。あれなら軍と鉢合わせしなくて済む……
あれ高田? もう出て行ったのか? あれ、皆? 急にどこ行った?
あれ?
後になって思い返せば、皆どっかに行ったんじゃなくて、逃げたんだろう。俺は俺の足元に転がった爆弾よりも、パソコンに映る売上の数字に夢中になってて、何も見えてなかったし、そもそも何も聞こえてなかった。
やっと閃光が見えたと思ったら黒煙。痺れは突き刺さるガラスの破片。割れた窓から爆風とともに投げ出される身体は意識より先に死を察知したのか、全くの無感覚だった。動けない。
えっ、俺死ぬ? 死ぬの? まだ自己紹介もしてないんだけど!?
というわけで俺、
とは言ってみるものの助けなんて来るわけないのは重々承知。昨日の友は今日の敵、今日の敵は明日も敵。奪い合う世界と知って喜んで乗り込んだのは俺の方だし、転落した後は戦車に轢かれるか、良くて孤児の追い剥ぎにぐにゃぐにゃ曲がった死体から身ぐるみ剝がされるのがオチだろう。
でもなぁ……酷い死に方の覚悟はしてたけど、こういう想定外の死に方は覚悟してなかったなぁ……悔しいなぁ……。
〇 〇 〇
フロアに乗った途端背中を叩かれて
「ルード! やっぱり隣隊の名簿に載ってたのはお前か!」
「覚えてたかロドリゴ! 訓練以来ひっさびさだな~三年ぶりか?」
「お互い出世コースで何よりだ。きつい訓練に堪えてきた甲斐があったな」
「全くだ。親にプフシュリテ大佐直属機部隊って伝えたらもう大興奮、ご近所全員に自慢するってはしゃいじゃって……」
「演説中のプフシュリテ大佐、カッコよかったな……。恋人とかいるなら、やっぱそいつも超一流なんだろうな~まさに高嶺の花、か」
「いや~、ああいうタイプは遠くから眺めるのが一番だよ。おっかねーし」
「絶対尻に敷いてくるタイプだよな~」
ルードとロドリゴ、その他大勢の兵士を乗せてフロアは流れていく。走るより遥かに速い。
「いよいよか……」
「なんだよ緊張してんのか?」
「へっ、お前と一緒にすんな。俺は今どれぐらい狩れるかウズウズしてるんだから」
「言うじゃねえか。じゃあ昔みたいに競争するか? 負けたら晩飯おごれよ」
「上等だ。『トゥルー』の最高級フルコース、財布足りてるか見とけ」
「俺は『伽藍亭』の隠し舌鼓火炎鳥丸焼き八味宴! 『トゥルー』より高いぞ~、大丈夫か?」
アルヴァ・ゲートへの到着を告げる甲高いベルが鳴った。
「よし、行くとするか」
「おう」
騒々しく雑談していた兵士たちは一斉に静まりかえり、右手を額にあげ敬礼した。
「「我ら肉体死すとも魂は不滅なり。神樹のお導きがあらんことを」」
全員、ゲートへ足を踏み入れる。
ラムノ・プフシュリテ大佐は歯ぎしりした。
分析機関は何をしている!?
報告によればいつも通りの百頭程度の群れのはずだ。確かに最初はそうだった。だが半分以上浄化したところで、空が闇に覆われた。
突如巨大な、規格外サイズのラトーが舞い降りる。猛スピードで触手を蠢かせ、部下たちの戦闘機をあっという間になぎ払ってしまった。ほとんどは何とか態勢を立て直し、一部を破壊されても持ちこたえたが、もろに直撃を受けた二機は見るも無残に粉々に砕け散った。
「ロドリゴ・クエンシー! ルード・スウェントン!」
つい最近配属されてきたばかりの二人。昇進してから束ねる部隊も兵の数も跳ね上がったが、部下の姓名は一人一人必ず覚えていた。
悲嘆する間もなく、ラムノは二人のカラクタが無事だと目視で確認する。
「クフィンテンからユントスはカラクタを回収しろ! 奴は私が止める!」
「了解!」
「タントンからサムポッケは援護を! 二機ずつ左右に回りフランタイルを撒け!」
「了解!」
「残りのうち無事な機体は合体してファムルクを! 私なら平気だ、行け!」
「「了解!」」
指示を飛ばすとラムノは巨大ラトーに突っ込んでいった。
と見せかけて機体を左に回転(ロール)、そのまま旋回してラトーの死角に入る。90度ロールしてから今度は右旋回して、ラトーの真上目指して急上昇。
見上げてきたラトーの、臓腑のように黄色くぬめった眼窩目二つと目が合う。まばたきする隙さえ与えてはくれない。
窓を覆い尽くすばかりの触手が機体を打つ前に、ラムノはありったけのガトリング砲を轟音立てて叩きこむ。巨大ラトーの皮膚は分厚く、ゼリーのように凹んでは、飲み込み吐き出すだけだった。大人の腕ほどの弾丸を百発叩き込んでも、足止めにすらならない。
間髪入れずにミサイルを、真下のラトーにではなく、斜め下の何もない方角に向かって撃った。
直接撃っても倒せない。やれることは全部やる。
人差し指から“蕾”のマスクを生成し、強風の衝撃を受け流し、体温を守る準備はできた。風防を開くと、ラムノは身を翻して機首に飛び乗る。
高度一万二千
ほんの一握り、天賦の才と血もにじむ努力によって選ばれし人間は、戦闘機の砲撃すら超える“植物”や“花”を持つ。そして今こそ、その花を咲かす時だった。
砕かれる寸前に、機体を捨ててフランタイルへと飛び移る。空中歩行を可能にする、雲に溶け込んでしまいそうなほど小さく儚いかすみ草たち。
しっかりと踏みしめてラムノはがら空きになった側面へ回り込み、手から咲き広がる花の波動で、先ほど真上に撃ったミサイルを呼び戻す。
ラトーの黒い半透明の胴体の中で、植物の茎と機械類がぐちゃぐちゃに絡まり合っている。
「こいつ、相当に混ざってるな……」
『オ縺雁燕縺ォ──縺ッ辟。逅?□リ、ダ──』
触手が向かってくる。ミサイルと花をリンクさせている間に気付かれた。ラムノの反対側から回り込んでいたミサイルが中途半端なまま暴発する。相当な爆風が膨れ上がったが、表皮を焼いたのみで中まで届かなかった。しかし焼け爛れた部分は見るからに柔らかく、抉り抜くとしたらそこだった。
接近戦でコアを狙うしかない。走りながらラムノは刀を咲かそうとしたが、足首に細い触手が絡みついてくる。高く持ち上げられてかすみ草の床に叩きつけられる。
「ぐあっ……!」
腹を中心に全身に痛みが張りつく。あばらがダメになった。腕でかばわなくて良かった。まだ武器を持てる。
脚を奪われたら腕。腕を奪われたら脚。どれも奪われたら噛みついてやる。
『オマエニハ──ムリダ──』
「黙れ!! 無理かどうかは私が決める!」
大きさだけでない。パワー、スピード何もかもが常軌を逸している。
どうにか触手を斬ったラムノを弄ぶように、今度は腕に絡みついてくる。
それがどうした!
縛られた腕からラムノは必死に花刀を引っ張り出す。
私は、強い! 誰よりも強く、強くならなければならない!
だって、そうじゃなかったら、私は……。
そのとき閃光が巻き起こった。とっさにラムノは身を伏せて、かすみ草の床に這いつくばった。
咲きたての花ごと全身が爆風でビリビリと震える。強烈だが、吹き飛ばされるほどではない。
ファムルク?
違う、これはファムルクではない。
ラムノの腕を縛っていたラトーの触手が、するするとほどけて宙に落ちていった。
こんな桁外れの怪物を迅速に沈黙させられるのは。
はっとしたラムノが見上げると、巨大な浮遊神殿兼要塞がその図体に似合わず静かに浮かんでいた。
神殿の頂上に誰がいるかまでは分からなかったが、植物の種類と戦い方で分かる。
その彼が一瞬で放った“高次元樹”が圧倒的な速度でラトーを貫通し、そしてコアごと砕ききった。
(レトリア様が出られるまでもない、という訳か……)
窮地を救われたラムノだったが、その心は無力感で重く沈みきっていた。
既に疲弊しきっている身体では、自力で翼も生やせない。
「……皆、ゲートに戻れ。私もすぐ“翼”で行く」
襟元の通信繊維で帰還の指示を出してから、緊急用のアムリタを飲む。
背中から翼を生やしてゲートまで一気に飛ぼう、としたところで目の端がきらりと光った。
──あいつ、自爆を!?
通常、浄化されたラトーの死体は透明になっていく。コアを失くしたラトーはここラプセルの領土では存在できず、死体も敵の次元に還る。
だが稀に、消失する前に爆散してこちらを巻き込もうとするラトーも存在する。そういう自爆タイプのラトーは体内の管の動き方が特殊なのですぐ見分けがつくが、この大型ラトーはそれを最期まで隠していた。何もかもがイレギュラーすぎる。
ラムノは全速力で飛び急いだが、爆風を振り切ることはできない。背中にもろに風圧を受け、損傷した身体が悲鳴をあげる。翼がバランスを失い、全身が傾く。
「! ──しまっ」
「大佐!!」
ラムノは頭から真っ逆さまに落下した。
加速していく中なんとか体勢は立て直したが、もはや息をするだけで精一杯だった。必死に翼をはためかして減速するが、着陸するにはまだ足りない。
このままでは地面に激突──
いや、地面の中央に、何だあれは?
ぼすんっ。
「ぐええっ!」
「くっ! ……うぅ」
受け身の体勢に切り替えたのが功を奏して、無事にラムノは着陸できた。衝撃であちこちズキズキしているが、更なる負傷というほどではない。
立ち上がろうとするも、力が入らずぺたんと座り込んでしまう。
なんだか座り心地がいい。ふと下を見て、ようやくラムノは自分が仰向けでぶっ倒れている男の上に乗っかっていることに気づいた。
「は?」
驚きのあまり素っ頓狂な声が出るラムノに、更なる遭遇が襲いかかる。
「ラ~」
どこからともなく飛んできた、ラトーの幼生が顔面にべったり貼りついた。
「……は?」
海岸近くの砂浜で、ラムノは痛みも悔しさも忘れて、ただ茫然とするしかなかった。
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