第20話 俺にはわからない、だから。
倉庫に残されたのは野郎二人。
野郎と野郎の周囲には薔薇が咲き誇る……こともなく、何やら気まずい雰囲気が流れる。一概に気まずいと言っても焦れ恋とかそんな胸キュン物語ではない。更に言えば居心地が悪いのは晴輝だけである。蓮斗は平素よりの無表情であり、ここは本人曰く生息地。この時ばかりは、流石のカースト最上位者も彼の心緒は理解を窮した。
このような状況に陥ったのは、今し方救出に成功した菜由里が主な要因である。
デリケートな問題なのは明らか。本来ならば、何も訊かずに黙って戻るのがいつもの晴輝。悟ってはいても、それが無粋な行いだということは誰よりも把握しているからこそ、深掘りはしないのが彼のモットー。
しかしながら、此度の晴輝は一歩踏み出すことにした。
晴輝隊員、謎を解明すべくア◯ゾンの奥地へと調査に向かう。
彼も最初は作戦は失敗だったかと、安易に蓮斗と菜由里の間に土足で踏み込んだ自分の軽率な行動に卑下していたが、蓮斗の態度を見て改める。
それに、先ほど彼が言いかけていたことも気掛かりだ。
「なぁ、蓮斗」
「なんだ晴輝」
彼からの反応は一見いつも通り。だが晴輝は、少しの変化にも目敏く気づく。蓮斗は、ほぼ必ず人と話す時は目と目を合わせるタイプの人間である。
しかし今の彼は、心ここに在らずといった感じにずっと何かを考え込んでいる。
晴輝がこちらにやってきてからずっと顎に手を当てていたのは、単にカッコつけていたわけではないのだと結論づけた。
「菜由里さんとなんかあったのか?」
「…………」
晴輝の質問に対し、終始無言の蓮斗。だが別に無視を決め込んでいる訳ではないようだ。
数秒後、一人で「そうだな……」と頷いた彼はその重い口を開いた。
「……実はな晴輝」
勿体ぶる蓮斗に「早く言えよ」と思いながらも、固唾を呑み次の言葉を待つ晴輝。
「————菜由里に、告白された」
「おー…………は?」
あまりにも予想外の言葉に、呆けてしまう晴輝。
これには流石の彼も動揺してしまう。時間をたっぷり使いゆっくり咀嚼していく。
とりあえず、何がどうなったらそんな展開になるんだよ。とは晴輝の寸感であった。
「とりあえず、経緯を聞きたいんだが。大丈夫か?」
「あぁ。そうだな。まずは——」
蓮斗から語られたのは、菜由里との会話やこれまでの経緯。
蓮斗と菜由里が中学校の時にいざこざがあったこと。
それは蓮斗の勘違いだったこと。
菜由里と改めて仲直りし、関係を完全とはいかないまでも修復できたこと。(臓器売買の話は伏せている)
最後に、菜由里に……想いを伝えられたこと。
「……なるほどな」
蓮斗たちに起こった事の顛末に晴輝は相槌を打つ。
普通なら蓮斗の一方的な暴走にも思える……というより実際そうなのだろう。
しかしながら実際にその場面に出会した訳でも、当時の蓮斗の気持ちを完全に汲み取ることもできない晴輝にとって、高慢にもそれを指摘することなどできないし、資格もない。
「んで、受けたのか?」
「何をだ?」
「そんなの、菜由里さんからの告白以外ないだろ」
正直、答えは既にわかっている。
だからこれは答え合わせのようなもの。
それでも訊かずにはいられない。
「丁重にお断りした」
ただ一言、なんの感情もないような平素よりのぶっきらぼうな態度で応えた。
「ま、あの態度を見れば当然だよなぁ」と予想通りの回答に、晴輝は先ほどの光景が脳裏に浮かび上がる。
ここで偽善者ならば「彼女の想いを踏み躙る気か!」と叱咤する者もいるかもしれない。でも晴輝はそのような気持ちにはならなかった。
「ならない」と言っても語弊がある。別に振られてしまった彼女に対して同情しないかと言えば嘘だ。しかし蓮斗も蓮斗で何かしらの理由があるのではないかと、彼はどこか感じ取っていた。
更に、元はと言えば蓮斗の思い込みが起因しているのが事実とはいえ、今回の出来事に関しては晴輝にも多少の原因はある。何より、魂胆となった動機もあまり褒められたものではない。そのことを十分承知している彼だからこそ、逆に申し訳ない気持ちになった。
「菜由里さんのこと、嫌いなのか?」
「いいや、そんなことはない。今までの人生、俺に普通に接してくれたのは彼女だけだった。逆に好ましく思う。」
「じゃあ、他に好きな人がいる……のか?」
「残念ながら、めぼしい人物はいないな」
「まぁそうだよな……」
数秒沈黙の後、晴輝はもう少し踏み込むことを決める。
「一応、振った理由を聞いてもいいか?」
「…………あぁ」
再びしばしご一考の後、蓮斗からは了承を得る。
晴輝は次の言葉をじっと待つのみ。自ずと握られた手に力が入る。
「………………わからないんだ」
「わからない?」
「あぁ、俺には『好き』という気持ちが、誰かを「愛する』という気持ちが…………今の俺には、わからない」
彼は右手でぎゅっと胸あたりをジャージの上から握る。ここで初めて、蓮斗の表情に変化が見受けられた。
苦しそうに顔を顰め、眉間に若干のシワを寄せている。まるで握られたジャージと同じように、彼の
「俺は昔、菜由里のことが好きだったんだと思う。いや、好きだった。今ではわからないが、それだけは断言できる」
続けて己の胸中を絞り出すように語る蓮斗の表情は一向に苦しそうなまま。フリーの左手はふるふると震えている。
どうやらあの日のショックから彼は、恋愛という人間以外にも兼ね備えられている概念が欠如してしまったようだ。
それでも一言一言噛み締めるように発言する彼は真剣そのもの。
普段感情を顕にせず、奇行ばかりを繰り返す蓮斗ばかりを見てきた晴輝にとって初めて見る彼の本音。
そのことに晴輝は場違いと分かっていながらも何かしらの優越感を得てしまう。
「なぁ、晴輝」
「おう、なんだ?」
蓮斗はジャージを握っていた右手を離すと、晴輝に向き直った。その瞳は、しっかりとこちらの眼を捉えている。今までアウトローと化していた彼に卒業の兆しが見える。
晴輝は一度気を引き締めると、それに倣い見つめ返した。
「晴輝はイケメンだからモテるだろう?」
「あ、あぁ。まぁな」
気を引き締めたのも束の間、一瞬にして平素からの無表情に戻っていた蓮斗に突然容姿を褒めらる晴輝。
いきなり今度は何を言い出すんだと、高頻度で変わる温度差についていけない彼は心中で愚痴をこぼす。
「数多の女性に言い寄られ」
「?……お、おう」
「泣かせた女は数知れず」
「お、おい。なんか空気が怪しくないか?」
「されど抱いた女も星の数」
「い、言い方!言い方もっとどうにかならねぇのかよッ!!」
「そんなヤ◯チンの晴輝に頼みがある」
「なんなんだよ……」
蓮斗に言っていることは最悪だが、少なくとも言ってることは的を得ていることで強く否定できない晴輝。
無事意気消沈してしまった彼は、もうどうとでも言ってくれといった様子で手をひらひらさせる。
先ほどのシリアスな雰囲気は今では外出中。
「俺に、『恋愛』というものを。誰かを『好き』になるということを……教えてくれないか?」
ずっしりと重い口調で懇願する蓮斗。
語先後礼。言い終えた彼は、晴輝に頭を下げる。
昨今からの蓮斗であったのなら、お前はロボットかよと言いたくなる程綺麗な45度のお辞儀を御披露目していただろう。
しかしながら、今回の彼は一味違う。45度など通り越し、己の脚全てを一望出来てしまうほどに、深々とした90度のお辞儀である。
否、これはもう『お辞儀』ではない。『御辞儀』である。
これは相手への敬いなどの気持ちを最大限に現した、最敬礼である。
もしアメリカンな人たちが目撃したら「おぉ、これが作法を重んじる和の国、ジャパニーズニッポン」と感嘆の声を洩らしていただろう。
通常での使用例は神社参拝や、上司や取引先の方々に使用するくらいだろうか。
もちろん、それは蓮斗も十分熟知していることである。これまでの人生、彼がこの御辞儀を披露したのは、先ほども挙げたように神社参拝、後は姉や母など尊敬する人物のみであった。
しかし、そんなことなど知ってか知らずか、晴輝は困窮していた。
それは蓮斗の深い御辞儀にではない。
彼は今まで来るもの拒まずといった感じで沢山の女性と交際を共にしてきた。だが、自ら本気で好きになった女性など今まで誰一人としていなかったのだ。
「どうせこいつも俺の顔面や教室での地位が欲しいだけで、俺の中身が好きなわけじゃない」そう自分に言い聞かせてきた。
ベクトルは違えど、彼もまた蓮斗と同じように誰かを『好き』という気持ちがわからなかったのだ。
だがしかし、自分で蒔いた種は自分で刈り取るという根性を持っている責任感のある爽やかイケメンである。
ここは無理にでも見栄を張るしかない。
「————いいぜ!俺がお前に伝授してやる。全て俺に任せろ!」
「あぁ、助かる」
拳をギュッと握った晴輝の見栄要素たっぷりの返答に、淡々を御礼を言う蓮斗。
なかなか温度差のある二人だが、本人たちにとってはこれがいつも通りである。
凹凸コンビ、ここに結成。
だが今回ばかりは、蓮斗の表情に心なしか笑顔が浮かんでいるのだった。
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