第19話 大根役者
ところ変わって軽い足取りで体育館付近の廊下を
周囲には彼の他に人の気配はない。前の授業はちょうど4時限目の為今は昼休憩。皆、各々昼食を摂っているのだろう。
「さて、そろそろ頃合いかな?」
蓮斗の行末に期待半分不安半分と抱きながら、ニコリと爽やかスマイル。
晴輝は誰もが認めるイケメンである。
その顔面偏差値は1-Dだけに留まることを知らず、学校全体を見てもその実態を認知する者は多いほど。入学早々ここまで名が知れ渡っているのを垣間見れば、そのイケメン具合の信憑性も確かなものだ。
クラスでの彼のカースト順位は言わずもがな。入学当初から最上位にランクインしている。
高校生活におけるカースト制度は、中層から下層の生徒たちにはあまり好ましくないものだろう。
しかしながら、カーストの序列が否が応でも選定されてしまうのは、昨今における学校生活という名の一種の閉鎖社会において切っても切れない関係にあるのもまた事実。
現に菜由里のカーストは上位である。
誰にでも優しくおっとりしている彼女は、クラスの男女共に人気が高いのが要因している。
まさか、満面の笑みを浮かべ「おい、内臓売れや」などと彼女の口から出るとは思うまい。
そして蓮斗だが、こちらのカースト順位は未だ不明な傾向にある。
彼は年齢=友達おらずのボッチくんだ。本来ならば即刻最底辺へ格付けられ、深淵の底をペロペロすることになるだろう。
だが彼の奇行にそんなものは関係ない。
クラスカースト上位者が彼に何か言ったところで碌なことにならない。
馬鹿に何かを言ったところで馬鹿には話が理解できないように、変人にカースト云々を言ったところでそんなもの理解できるわけがないのだ。
年齢=友達0人+壊れかけの彼の精神は、恋愛以外では凝固なものである。物質で簡単に表すならダイアモンド。異世界ならばミスリル合金といったところ。
後はガタイがいいのも少しは要因している。大きくなれてよかったね。
そして一番の要因だが、それは晴輝の存在だろう。なぜか彼は蓮斗に懐いている。カースト最上位者が、変人に懐いてしまってはクラスとしても無視できない。
新入社員を虐めようと目論んでいた矢先、部長クラスの上司に気に入られ手が出せなくなってしまったようなものだ。
チクられたらたまってものではない。左遷は免れない。窓際社員待ったなし。
話は戻るが、晴輝が昼食時間にこんなところに出現したのは、蓮斗と菜由里を閉じ込めた張本人だからである。
おっと、安心してほしい。グヘヘ空腹で餓死させてやるぜ!なんて浅はかな考えは到底持ち合わせていない。そんな愚かなことを
ではなぜか。それは蓮斗と菜由里の関係が起因している。
入学初日、蓮斗に興味を示していた晴輝は、彼と菜由里の関係が芳しくないことを目の前で目撃した。晴輝だけでなく、その場に居合わせたクラスメイトたちも訝しげに思っている者は多いはずだろう。
それほど蓮斗の菜由里への拒絶反応は顕著なものだった。
そこで晴輝は考える。こいつと仲良くなるにはまず蓮斗自身の
だがこれまでの人生、上っ面な友人関係しか築いたことのない彼には、これ以上ない難関であった。
さらに友情を深めたい相手とはいえ、彼らの関係や性格などもまだ未開の地。尚更難易度は跳ね上がる。
そこで思いついたのが「逃げるなら、逃げれないようにすればいいんじゃね?」作戦である。
なんとも知性のカケラもない素晴らしい作戦だ。
脳死である。
ちなみに彼は今まで成績表において4以下は無い。ほとんどが5で埋め尽くされている。
晴輝曰く、とりあえず二人きりにすれば無事解決とのこと。
とんだ他人まかせ野郎である。見かけによらずパワータイプがお好みな性格の持ち主なのかもしれない。
それでいて本人は、これで全て上手くいくと微塵も疑っていないのだから厄介極まりない。
事実、今現在上手く事が進んではいるのがなんとも腹立たしい。悪意がないとはいえ、蓮斗が知れば呵責するかもしれない。
「うーん。どんな感じで行こうか。慌てて探しに来た風を装って顔に水滴でもつけるか?流石に露骨すぎるかも。うーん……」
あくまで監禁は事故だったと見せかけるために、一芝居打とうと謀略を試みる。
体育倉庫前に辿り着いても未だ腕を組み、必死に頭を悩ませる晴輝。
その姿を側から見れば、イケメン補正マシマシにより知的に映る彼は、キャーキャーと黄色い声援が飛び交うこと間違いなし。
もし蓮斗あたりが同じことを行いクラスメイトに見つかれば、今度は何を為出かすんだと即刻美咲先生にチクられ、生徒指導室へ一名様ご案内。
しかし今は昼時の為、人の気配はないので声援もない。
「まぁとりあえず『やっと見つけたぜ』作戦で行こう」
やはり知性のカケラもない幼稚な作戦である。
当の本人は右の口角を上げ、いいこと思いついたぜ!みたいな満足そうな表情を浮かべている。
倉庫扉の上部と中央2つに設置されているステンレス製の掛金に手をかけると、丸カンを回し解錠する。
最近リニューアルしたばかりの掛金さんである。業者曰く、どんな衝撃も耐えてみせるという売り文句の元販売されている優れ物。
満を持していざ開閉の儀。
取手に手をかけ横にスライドする。建てつけが悪いのか、多少抵抗があるが現役男子高校生にはなんのその。
多少力を加えたところで、ガラリと開ければ室内に光芒が差し込む。光を帯びた埃たちが嬉しそうに空中を遊泳しているのが視認できた。
軽く見渡せば、昨今から晴輝の脳内を埋め尽くしていた2人姿が。
無事確認したことで安堵した晴輝は、まるで自分が俳優にでもなったかのように先程のセリフを口にする。
実は将来の夢は俳優やタレントに就きたいと考えている晴樹である。
「や、やや、やっとみ、みちゅけたぜ!」
見よ。これが将来俳優を目指す者の演技だ。とんだ大根役者である。虎を画きて狗に類すとはこのこと。
これには晴輝も自分が恥ずかしいという状況を理解して、顔を赤くし頬を嫌な汗が伝う。
素晴らしい。その表情はまるで羞恥心溢れる主人公そのもの。もし監督が居合わせていたら思わずニッコリ。
蓮斗にでも馬鹿にされるかと危惧していたのも束の間、何やら不穏な空気が漂っていることに気づく。演技などしている場合ではないようだ。
片方は顎に手を当てカッコつけたようなポーズの蓮斗、もう片方は深刻そうな、なんとも言えない表情を浮かべている菜由里。こちらの存在に気づいた彼女は、咄嗟に俯く。
どうやら修羅場の可能性が湧き出てきたな、とは晴輝の寸感である。
これでも晴輝は、小中におけるカースト制度にて上位を維持してきた男だ。その場の空気を読む力には長けている。もし、蓮斗が同じ立場だったら「……待たせたな」と勿体ぶった後に、我らがBIGなBOSSを連想させる口調でドヤ顔で言い放っていただろう。
ちなみにちょっと似ているのが腹立たしいとは、クラスの中島くんからの情報だ。小鳥遊さんの時以来、地味にヘイトを向けている中島くん。カースト層は中の上から中の中。
扉が開かれた事と晴輝による渾身の演技が融合し、自然と二人の視線はこちらに注視される。
正直、羞恥心により今すぐにでも踵を返してアデューしたい晴輝。しかし「いやそれじゃ意味ないよな」と顔を左右に振り、一旦先程のことは無かったことにした。動きかけていた足を押し留める。
となると、室内には口籠る三人の影。皆が皆、誰が先に口を開くのかと視線を自分以外の二人に行ったり来たり。
先に脱落したのは大根役者。流石のカースト最上位者も先程の失態により、リングを降りることを余儀なくされる。
となれば残るは二人。
しかし、もう一人の表情も芳しくない。ならばここは彼が口を開くのは必然か。
「レスキュー隊にしては駆けつけるのが遅くないか?」
顎に手を当てたまま、職務怠慢を指摘する蓮斗。通常の彼ならば、まず初めに感謝の言葉を口にしていただろう。未だアウトローのままなのか、将又晴輝にだけ殊更にワザと対応しているのか。
更に言わせて貰えば、普通の人なら逆に「その言い回しなんやねん」とツッコミを催すかもしれない。
しかしながらすでに蓮斗に毒された晴輝は気にしない。菜由里は言わずもがな。
「おいおい。これでも東奔西走して駆けつけたんだぜ?」
晴輝は自分の行いを恥ずかしげもなく詐称する。彼がやった事とすれば、クラスメイトからの昼食の勧誘を断ったくらいだろう。
晴輝隊員。教室からはのんびりレスキュー出動だ。
「ふむ。しかし、俺と菜由里がいないとなれば必然的に所在は炙り出されるのではないか?片付けを頼んだのは晴輝だろう。そもそもレスキューしに来る時点でここ以外ありえん」
いつにも増してなかなか辛辣な物言いの蓮斗。その語気はいつもの彼には珍しく強めである。
核心を突かれ、一瞬苦虫を噛んだような表情になりながらも、なんとか笑顔を取り繕う晴輝。
これに関しては舞台役者さながら。爽やかスマイルはお手のものである。ちょっと違うとすれば、いつもより口角はピクピクとしている。
「そ、それよりよ!蓮斗達こそどうしたんだよ?なんかあったのか?」
後頭部を軽く右手で掻きながら、蓮斗へやや早口で投げかける。しかし、気掛かりだったのもまた事実。決して話を逸らしたいわけではない。
べ、別に、あんたのことなんか気になってなんかいないんだからね!by晴輝。
「あぁ。菜由里とは————」
「ごめんね。私、先戻るね。鍵開けてくれてありがとう」
今まで俯いていた菜由里は、蓮斗の発言を遮るようにして突然謝罪と感謝の旨を述べた。一瞬無理に笑顔を作るが、すぐにその表情には影が差し沈み込む。
彼女は一歩を踏み出すと、そのまま二歩三歩を歩き始めた。歩行するたびに、蓮斗に借りたダボダボのブラ袖が揺れる。
その様子に扉の近くにいた晴輝も遮ることはなく、無意識に道を開ける。
ちなみにだが彼が扉の前をずっと陣取っていたのはわざとである。蓮斗が逃走しないよう保険の為、門番の役割を果たしていたのだ。
門番が退いたのを確認した菜由里は、パタパタと足早に去って行く。晴輝の前を横切る瞬間、チラリとこちらに視線を向け、お辞儀をして。
その後ろ姿を晴輝は懸念が晴れぬまま、蓮斗はいつも通り無表情で見送るだけだった。
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すみませんが、前回の続きは菜由里視点で書かせていただきます。
おそらく次の次あたりになると思います。
よろしくお願いします。
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