第16話 ここを俺の生息地とする
やっほー☆私の名前は上城蓮斗!今年から神和崎第一高等学校に通うことになったピッチピチの女子高生!(嘘)
そんな私は今、体育館の倉庫に閉じ込められちゃってもー大変!
しかも、土岐菜由里さんまで一緒に閉じ込められちゃうってどういうコト〜!?(急展開)
もうみんな教室に戻っちゃって二人っきりになっちゃった!
はわわ!私これから一体どうなっちゃうの〜!
…………
…………
「はぁ……」
しばし沈黙の後、突然賢者タイムになった俺は左手を額に当て、ドロリとしたゲル状のため息を吐いた。
受け止めきれない現実から逃れるために、ハッピー(笑)な女子高生を演じてみたがただ気持ち悪いだけだった。ってか今時こんな女子高生いる?いたら絶滅危惧種に認定して国をあげて保護するべきだろ。
薄暗い部屋の中、周りを見渡せば赤のカラーコーン、各球技用のボールにネット、体育祭で使うであろう大縄など様々な備品が乱雑に置かれている。整理整頓されているなんてナイフを向けられたらギリ言えるかなくらいの適当加減。
先ほどの絶滅危惧種(推定)超絶美少女女子高生(大嘘)の俺が言った通りここは体育倉庫だ。
体力測定の後、本来は晴輝ともう一人の子が片付けをする予定だったのだが、どうやら急ぎの予定があるらしく交換してくれと言われたのだ。
もちろん最初は断った。だが今度学食を奢ると
やっぱり人が困ってたら助け合わないとな!
別に飯に目が眩んだわけじゃない。決して。
あと陽キャの頼みは陰キャは断れないのだ。(本音)
湿気も強いせいかカビ臭い倉庫の中は、陰キャの俺にとって本来生息地としてギルドにでも登録されるほど居心地がいい——はずなのだが、今はかなり気まずい。
「——れんくん……」
ちょうどポツリと蚊の鳴くような声で俺をあだ名で呼んだ少女、土岐菜由里も一緒にいるからだ。
どうやら彼女も晴輝ではないもう一人の子に頼まれてしまったらしい。なんでこんなピンポイントなんだよ。他にもっと適任者いただろ。田中くんだっけ?あの人とか。
彼女は俺より少し離れた場所で、3段ほどの高さの跳び箱の上に鎮座している。
今までは声を聞くだけで逃げ出してしまうほどに受け付けられなかったが、今は不思議と落ち着いているのが不幸中の幸いとも言うべきか。
……はっ!これがフィールドバフってやつ!?俺は無敵か?ふははは!気まずいのは変わらないがな!
「……くしゅん」
俺がバフの効果に感動していると菜由里が可愛らしいくしゃみをし、肩を抱くような体勢で二の腕を摩る。
無理もない。暖かくなってきているとはいえまだ4月、半袖の体操着では寒いだろう。
先ほどまでは体力測定だったため、体温が上昇し半袖でも平気だったのかもしれないが、時間が経った今ではもうすっかり火照っていた身体も冷えてしまっている。
さらにここは日の当たらない倉庫だ。床もコンクリートになっているため、外界よりも温度は低い。
「……くしゅんっ!」
先ほどよりも大きなくしゃみをする菜由里。バレないよう目だけ送れば、恥ずかしいのかほんのり顔が赤くなっていた。
(……仕方がない)
俺は座っていたクッション性の高いスポーツマットから立ち上がる。
落ちていた埃が空中を舞い、それを吸い込まないよう注意を払いながら菜由里の方へと向かった。
「れんくん?」
こちらに気づいた菜由里が、不思議そうに首を傾げる
「これを使うといい」
授業後半、握力や長座体前屈など身体をそこまで動かさない項目を受けていた俺は、すでに長袖を着用していた。
俺は自分が着ていた長袖の体操着を脱ぎ、菜由里の前へ差し出す。
「えっ、でも」
「気にするな。ここは俺の生息地だ。バフの効果で寒さ無効だ」
菜由里にバフの素晴らしさを軽く伝授し平気だと伝えてみたが、やはり躊躇している。
(ん?…………そうか!彼氏以外のは着たくないよな。くそ!俺としたことが配慮に欠けていたぜ!)
最初はなぜ受け取らないのか、もしかして臭いのではとメンタルが削られる想像をしたが、すぐに別の結論に至った。
相手の立場になって考えればすぐにわかることだったのに、俺としたことが。これだから友達ができないんだ俺は!!
「すまない。彼氏さんじゃないと嫌だったよな。配慮に欠けていた」
「え……」
「?どうした?」
「あっ……ううん!ありがとう借りるね」
俺の言葉に固まっていた様子の菜由里だったが、すぐに我に返ったのか、慌てて俺の体操着を受け取った。
ふむ。背に腹はかえられぬということか。まぁ安心してくれ、余程相手が束縛系のメンヘラチックな男でなければ、多分許容してくるはずだ。
任務を無事遂行できた俺は元いた場所へ戻ると———
え、このマット若干……っていうか結構?汚くね?
最初は気付かなかったが、薄暗さに目が慣れた今、改めて見下ろすとスポーツマットのシミの多さが目立つ。
長年使い古された印とも言えるのだが、衛生上あまりよろしくない。この学校の授業でマット運動があるのかは知らないが、流石にこれは使いたいとは思わないだろう。
確か体育倉庫は第一と第二に分かれているため、もう一つの方に新しいのがあると信じたい。
正直座りたくはないのだが、いつまでも立っていると不審がられる可能性もあるため仕方がなく腰を下ろす。
そして不本意ながら俺も鎮座したことで再び訪れたのは閑静。お互い一言も喋ることがなければ、物音を立てることもない。
まるで俺たちも元からそこにあったかのように、倉庫の備品と化している。
そこでふとカビくさい臭いが鼻腔をくすぐる。先ほどまで違うことに気がいっていた為気づかなかったが、どうやら思っている以上にカビの臭いがひどい。
ならば今だけ口で息をすれば良いと、口呼吸を開始するが今度は宙を舞っている埃が口内に侵入し、喉に到達したことでむせ返りそうになる。
鼻呼吸をすればカビ、口呼吸をすれば埃。打つてなしになってしまった俺は結局鼻呼吸で臭いを我慢することを選ぶ。息を止めるという秘密の裏技もあるが、生憎俺も人間だ。限界はある。
まだ4月でそこまで湿気が強くないのが救いだった。もし湿気も多く蒸し暑い梅雨の時期になっていたら、流石にここが生息地であっても息絶えていただろう。
閉じ込められるのがこの時期でよかった——……いやよく考えてみればなんもよくないわ。どの時期でも嫌だわ。
鍵閉められて出れないとか牢屋かよ。務所行きするほど悪行なんて行ってないはずだが。
そんなことを思いながら暇な俺は、横に置いてあったキャスター付きの得点板へ視線を移す。そのまま右手人差し指で得点板の脚をなぞり、目視してみれば埃で薄化粧を果たした人差し指様のご登場だ。
「…………」
それを忌まわしいと感じた俺は、人差し指と親指をくっつけ塩を振るかのような仕草で、指と指を擦り埃を落とす。
すまんな、俺の指はすっぴん美人のようだ。
今この時、世界で一番無意味な行動をした彼の心情はただただ虚無なだけだった。
「ねぇ、れんくん」
化粧を落とし切ったところで、突然名前を呼ばれ心臓がキュッとなる。完全に不意打ちだった為驚いてしまうが、恥ずかしいので顔には出さない。
内心バクつきながらも平然を装い、声がした方へ顔を向ければアラゴンオレンジ色に近い綺麗な瞳でこちらを見つめる彼女が立っていた。
「どうした?」
何か問題でも起きたのかと彼女へ尋ねる。
すると彼女は、右手を口元に当て何故かもじもじし始めた。
右手を口元にと言っても、彼女の華奢な指が露わになっているわけではない。彼女は今俺の長袖を着ているが、かなりオーバーサイズのため萌え袖をも通り越しブラ袖と呼ばれるまでにブカブカになっていた。
しかしそれはしょうがない。彼女と俺ではかなりの身長差がある。推定ではあるものの彼女は140cm程だろう。それに対して俺は180cmを超えている。
だからブラ袖になるのもしょうがないのだ。
————そう、しょうがない。
彼女の口元へ当てている右手とは逆に左手は体操着の裾を握って下方向へ引っ張っている為、半ズボンが隠れてしまい、まるで履いてないように見えるのもしょうがないのだ。
さらに隠れているせいで太ももが強調され、たまごのようにすべすべで綺麗な脚に目が吸い寄せられてしまいそうになるのもしょうがないしょうがない。
……っといかんいかん!どこを見ているんだ俺は!365日24時間全てにおいて紳士の心を大切にしている俺が、そんな邪な心に支配されるなど愚の骨頂!女の敵!
思い出せ!上城蓮斗!お前はそんな男じゃないはずだ!
自分で自分を
「何かあるなら遠慮なく言ってくれて構わない」
脚に目がいかないよう細心の注意を払い、未だもじもじしていた菜由里に再度用件を訊く。
しばし無言の後、また裾をキュッとより一層強く握った菜由里はやっと口を開いた。
「と、隣に座っても……いい、かな?」
…………………………what???
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