第15話 灰色の世界で
私は小さい頃かられんくんのことが好きだった。
元々家が隣同士で仲が良かったということもあり、お互いの家で寝泊まりしたり、遊びに行ったりするほど良好な関係だった。
でも5歳の時にれんくんの両親が離婚して、れんくんたちは引っ越してしまった。
流石に会う機会は今までよりは減ってしまったけれど、それでも一緒に遊んだりするのは変わらなかった。
昔から、れんくんは一緒に遊んでる時に「見てなっちゃん!これドクダミだよ!」とちぎった後、「すーはー……うわっ!臭い!でもこれが癖になる!!」など度々変な行動を起こすことはあった。
確かに、れんくんのことを知らない人からはすれば変人と思うかもしれない。
でも私は知っている。
彼が、誰よりも優しい人だということを。
私は元々内気な性格で自分から馴染みに行ったり、嫌なことをされても誰かに強く言えるような人間じゃなかった。
だから学校や公園でよく揶揄われることが多くあった。
でもその度にれんくんは誰よりも早く駆けつけ助けてくれた。
私にはそんな彼がテレビに出てくるヒーローに見えた。
そして私は気づいたられんくんを好きになっていた。
今でもその気持ちは変わらない。
むしろ会話などのコミュニケーションが一切取れなくなったことで、前よりも彼を思う気持ちがどんどん膨れ上がっている。
彼と話したい、彼と触れ合いたい、彼の笑顔が見たい、私にも触れてほしい、私だけを見てほしい。
そんな想いだけが強まり、痛くて辛い。
このまま膨れ上がってしまえば、やがて化膿し破裂してしまうだろう。
このままでは絶対嫌だと、高校生になったら今度こそれんくんの誤解を解いて、また一緒にいようと意気込んでいたのに……一週間経った今でも一歩も前進できていない。
ーーーーーーーーーーー
中学3年生の春、私は誕生日プレゼントを買いに行っていた。
誰の?なんて野暮なことは聞かないでほしい。相手はもちろんれんくんのだ。
れんくんの誕生日は4月。
いつもこの時期になるとれんくんと一緒にショッピングモールなどに遊びに行って、プレゼントを一緒に選んでいた。
でもあの時は今まで通りじゃダメだと思って、ちゃんと異性として、一人の女の子として意識してほしいと思って
れんくんにサプライズするために内緒で出かけてしまった。
これまでれんくんと2人で選んでいたのが裏目に出たのか、いざ何を渡そうと考えた時に、男性が喜ぶものがわからなかった私は同じテニス部に所属していた多少面識のあった男の子に「一緒に選んでほしい」とお願いした。
でもこれがいけなかった。
「な、なゆ……り?」
その声を聞いて私は一瞬頭が真っ白になってしまった。
なんてタイミングが悪いんだろう。
あと数十分ずれてさえいれば……なんて今更願ったところで後の祭りだ。
願わくば違う人であってほしいと
……
……
が現実はそう許してはくれなかった。
私の眼に映し出されたのは、紛れもない
生まれて初めて血の気が引くの言葉の意味をその身をもって実感する。
「デートか?菜由里」
れんくんから発せられた「デート」という言葉に私はひどく動揺した。
そんなわけがない。
私がれんくん以外の人とデートなんてするわけがない。
私はれんくんにサプライズしたくて、意識して欲しくて。
そう冷静に言えたらどんなに良かっただろうか。
緊張のせいか口が乾き上手く言葉を発することができない。
「違うよ!れんくん!」
数秒後、やっとの思いで絞り出すことができたのはただの否定の言葉。
でもこれでは理由も言わずにただ否定しているだけで、何も信憑性はない。
早く次の言葉を言わなくてはと焦りながら眼を泳がせていると、私はれんくんの手に握られている紙袋に視線がいった。
それは人気の女性もののブランド。
それを見た瞬間、私は喉まで出かかっていた言葉が声に出すことなく呑み込まれる。
さらに頭の中で考えていた様々な選択肢が全て迷宮入りし、私はただれんくんの手に握られている
(誰に渡すんだろう、お姉さんにかな?でもお姉さんの誕生日はまだ先だし、それかお母さん……も違うよね。もしかして同じ中学校の女の子……?)
早く誤解を解かなくてはいけないのに、私は呑気にもそんなことを考えてしまう。
今思えば少しでも「もしかしたら私に」と可能性を導き出せていれば未来はまだ違った結果になっていたかもしれない。
今までれんくんから私以外に仲のいい女の子の話なんてされたことがなかった。
私が遠回しに聞いた時も「俺にそんなのいるわけないだろ」と言われたことがあったと気づけたはずだ。
でも人間とは馬鹿なもので極度の緊張や焦りによって余計なことばかりに気を取られ、簡単なことすら思い出せない。
「他の女の子にあげる」という限りなく0に近い可能性もその時は私の中で大きく肥大化する。
そのことで頭が支配されてしまった私はまるで音が鳴るおもちゃのように、れんくんに対してただ似たような否定の言葉を投げるしかなかった。
「お幸せに!」
お世辞にも会話と言えないやり取りをしていると、れんくんがそう叫ぶ。
今まで俯いていた私はその言葉に本能的に危機感を感じすぐに顔を上げる。
そこには綺麗な紅い瞳ではなく、血のように深く黒く濁った瞳で私を見据えていた無表情のれんくんがいた。
その彼を見た瞬間フラッシュバックする。
————あの時と同じだ、と
そう思った矢先、言いようのない変な汗が吹き出してくる。
れんくんはもう一度立ち尽くしている私を一瞥した後、身体を半回転させそのまま走り出した。
いきなりのことで一瞬反応が遅れてしまう。
すぐに呼び止めようとするが、完全に乾き切った口からは掠れた声しか出ない。
しかし、今すぐ彼にちゃんと釈明しなければ今後機会は訪れないと根拠のない不安が込み上げる。
「れんくん待って……ッ!」
力を振り絞り叫ぶが、彼は止まらない。
もう一度叫ぼうとするが、無理矢理声を出したせいで針で刺されたようなちくりとした痛みが喉を襲い思わず咳き込んでしまう。
再び前方を確認した時にはもう既に遅い。
彼の姿は無くなっていた。
絶望した私の耳に、周囲の楽しそうな笑い声がこれでもかと鳴り響く。
普段は気にもしないその雑音は、今は醜いほどに私を嘲笑う歓笑でしかなかった————。
あの後すぐにれんくんの家に行ったが、れんくんのお姉さんから「蓮斗は今寝ている」とだけ言われ家に入れてもらえず、スマホでれんくんに連絡したが既読が付くことはなかった。
ならば学校ではと、休み時間にれんくんのクラスに行ったが毎回どこかへ行っているらしく会うことはできなかった。
少し話し合えばすぐに分かり合えるほどの小さなすれ違い。
それだけで?と思う人も多くいるだろう。
でもその
きっと恋人や夫婦、友情関係も始めはどうでもいいような小さなすれ違いから徐々にヒートアップしていき、やがて収拾がつかなくなって最後には破局する……なんてのは案外珍しくもなんともないのかもしれない。
あの日からずっと私の世界は色付くことなく灰色のまま。
高校生になって同じクラスになっても変わらない。
このまま何もできずに壊れたままの関係は、修復されることなくやがて経年劣化のように完全に破壊されてしまうかもしれない。
……でも、どうか。
どうかもう一度だけ
————私にチャンスをください。
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