第12話 賽は投げられている

 

「上城くん、あ、あーんっ」


(や、やばい!つい勢いでやっちゃったけどめっちゃ恥ずかしい!)


 私は今、隣でぽわぽわとした顔で食べていた上城くんに、自分のパンケーキが刺さったフォークを近づけていた。


 本当はまだこんなことをするつもりは無かった。最初はただお礼ができればそれで良かった。それをきっかけにだんだん仲良くなっていけば良いと思っていた。


 でも今朝、私が男性に絡まれているところをすぐに駆けつけてくれたことが嬉しくて、つい感情が抑えられなくなってしまった。


 駆けつけてくれたことだけではない。私を庇ってくれている最中の彼の声に、相手を警戒するような怒りに近い感情が籠っていたのが何よりも嬉しかったのだ。


 彼とは会ってまだ一週間ほどしか経っていないが、それでもわかったことはある。彼は確かに変な行動を起こしたりはするが、あまり感情を表に出さないのだ。


 私が知っているので一番新しいのは今回カフェに誘った時くらいだろう。彼は甘いものにとことん目がないほどの甘党なのだ。


 それ以外で彼が感情を表に出しているところを見たことがない。


 笑顔を向ける時もあるのだが、心から笑っているようには私は見えず、事務的に笑っている?感じがするのだ。アンドロイドなどの機械のような笑い方に近いのかもしれない。

 だからこそあの時私を心の底から守ろうとしてくれた気がして、舞い上がってしまった。


 それだけではない。彼は気遣いもできる。

 電車に乗った時は他の人に壁になるよう私の前立ってくれたり、歩道を歩く際は車道側を歩いてくれたり、歩く速度を遅くして私の歩幅に合わせてくれたりと彼のさりげない気遣いにはとても好感が持てた。


 人によっては当たり前と思う人もいるだろう、でもその当たり前のことを当たり前に熟せる人が世の中にどれくらいいるだろうか。

 上から目線かもしれないけど、そんな当たり前のことができる彼が私はすごいこと思う。


 それに彼は天然なのか私が離れたくなくて勢い余って隣に座った時も、私がこれが普通だと伝えると最初は疑問に思っていたのを納得していた。

 正直、あまりの素直さに詐欺などに騙されるのではないかと心配になるが、そんなところも彼の可愛いところだ。


 というか離れたくないとか私って意外に愛が重い?


 これはデート……と言えるかはわからないが、異性と初めてのお出かけで、付き合ってもいないのにいきなり隣同士で密着してしまうほど仲良く座るなんて正気の沙汰ではない。


 しかも公衆の面前でだ。……先ほどからの周りの視線が痛いし。


 だが今はそんなことを気にしてはいられない、もうすでに賽は投げられている。後戻りはできないのなら突っ走るしかない。


「うちのも上城くんにも食べて欲しくて!このイチゴのソースが特に美味しいよっ!」


 私は適当に理由を付け、やけくそ気味に彼に押し付ける


「なにッ!?それは本当か!そこまで言うならいただこう」


 そういうと彼は私の差し出したパンケーキを素直に口に運んだ。

 本当に単純だ……将来大丈夫だろうか?


「どう?おいしい?」


「あぁ!これは美味いな!小鳥遊さんの言う通りこのイチゴのソースの酸味が……(以下省略)」


 作戦成功だ。パンケーキを食べた上城くんは嬉しそうにその味の感想を語っている。しかもめちゃくちゃ饒舌に。


(ふふっ、ほんと甘いものが好きなんだね。さてうちも……あっ)


 そこで私は気づいてしまった。『好きな人にあーんをする』というやってみたかった事リストを実行することに夢中で、その後のことに気が回っていなかったのだ。


 それは…… 使介して間接的に粘膜と粘膜が接触する行為……。


 そう、間接キスだ。


(ど、どうしよ〜!新しいフォーク使うのもなんか、うちが上城くんのこと汚いって思ってるみたいだし……ってか汚くないし!でも意識しすぎるのもなんか恥ずかしいし……あぁもう!)


 元々ハイになっていたようなものだ。幸い隣の上城くんはまたぽわぽわ顔で食べる始めてるし……ってかこの状況でそっちパンケーキに夢中とかそれはそれで複雑というか……。


 そんな悶々とした気持ちのまま覚悟を決めた私は結局そのまま食べ進めるのだった。

 ちなみに味はもうよくわからなかった。


 その後、無事食べ終えた後店を出た私は、帰ろうとした上城くんを引き留め、近くのデパートで買い物をしたり、公園で軽くお散歩するなどして無事その日は解散となった。



 ——その日の夜。



「はぁ〜、上城くんはうちのこと意識してないのかな?」


 ベットの上でサメのぬいぐるみを抱きしめながら座っていた私は、ため息をつきながら今日のことを振り返っていた。

 ちなみにこのサメさんの名前は「べぇ吉」


 お店を出たあと上城くんは『ミッションコンプリートだ。これより帰還する』とか言い始めて帰ろうとするし、引き留めると『すまない。陰キャは1つの目的のためだけに外に出るのだ』とか訳わからないこと言うし……。


「うちってもしかして魅力ない……?」


 自分でもスタイルはいい方だと思っている。さらに上城くんも私のことを褒めてくれていたし、自信を持っていいはずだ。いいはず……なのにやはりポジティブよりもネガティブな思考が勝ってしまう。

 私はまた先ほどよりもより一層深いため息を吐いた。


(でも、上城くんって元々こういう人なのかな?普通の人とはちょっと(?)違うし……そこも面白いんだけど!でももう少し意識してもらってもいいと思うんですが!ちょっとは照れてもいいと思うんですが!それとも逆にいきなり近づきすぎたかな?もしかして引かれちゃった!?っていうか今日のことでもっと好きになっちゃったんですけど!!)


 考えれば考えるほどたくさんの感情が混ざり合って混乱していく。

 いつまで経ってもまとまらない思考に嫌気がさす。


「あー、もー!一人でうじうじしててもしょうがないよねっ。今日が初めてだったんだし!これからこれから!」


 そう無理矢理ポジティブに捉え、べぇ吉を抱きしめたまま立ち上がる。

 そして、次はどうやって距離を縮めて行こうかと作戦を考えるために気合を入れるのだった。

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