第11話 はははは!間抜けどもめ!

 

「ムヒャ!?なんだあ、おめぇ」


「上城くん!」


 いきなり肩を掴まれ驚いた世紀末男がこちらに振り向き、俺に気づいた様子の小鳥遊さんは声を上げる。


 それに対し、俺はというと


(この針みたいなやつ痛すぎん?すげぇ本物だ!)


 ちゃんと手のひらにトゲが突き刺さったことを歓喜していた。


(これすげぇよ!これでタックルされたら全身に穴開いちまうな!ワハハハハ!!)


 こんなやばい服着てるやつには、胸に星座が刻まれている神拳使いの彼がいれば万事解決なのだが彼も彼で忙しい。

 ここは俺がなんとかしなくては。


 じんじんと痛む手を摩りながら俺は小鳥遊さんに確認をとる。


「小鳥遊さん、おはよう。この人は知り合いか?」


 全世界、全ての国において人と話す前にまずは挨拶が大事。

 コミュニケーションにおいて初手挨拶は基本だ。


「えっ、お、おはよう?上城くん……ってち、ちがうよ!うち、こんな人知らないっ!」


 本当に嵌められたら狂人にでもなってドラミングして威嚇してやろうかと思って聞いてみたが、どうやら初めましての方らしい。

 すまんな!疑い深い人間で!


 それと挨拶返してくれてありがとう小鳥遊さん。


「そうかありがとう。……だそうだ。すまないな、彼女とは大事な用事があるんだ。他を当たってくれないか」


 俺は小鳥遊さんへ感謝を伝え、世紀末男へ諦めるよう説得する。


「お前ら知り合いだったのかよ!チッ、甘酸っぺぇな!上手くやれよ!ムヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 ……拍子抜けである。

 殴りかかられたらどうしようかと考えていたが、意外と聞き分けがいいらしい。

 独特な笑い方のする彼は、笑顔でサムズアップした後どこかへ歩いて行った。


(面倒ごとにならなくてよかった。ってかあの笑い声どうにかならんのか)


 世の中にはまだ知らないことが多いなと世界の広さを実感した俺は、小鳥遊さんの方へ改めて向き直す。


「大丈夫か、小鳥遊さん」


「うんっ。ありがとう、上城くん」


 涙を軽く拭った後、笑顔で答える彼女はとても眩しかった。


 シュシュでフワッとゴールデンポニーテールのように結ばれた淡い黒髪に、服装はパーカーにショートパンツとスニーカー。

 活発な彼女にはとても似合っており、柑橘系のようなすっきりとした甘さのとてもいい匂いがする。


 まだ彼女とは数回しか顔を合わせてはいないが、学校の制服とは違った雰囲気と笑顔が合わさってとても素敵だ。


(これがギャップ萌え……いや、ハニートラップってやつ!?)


 俺は彼女が実は女スパイだったという新たな可能性を導き出してしまうが、それよりも彼女より遅く到着してしまったことを先に謝罪するべきだろう。


「大事ないならよかった。それよりすまない、待たせてしまったか?」


 待ち合わせ時間より早く着いてはいたが、彼女より遅かったのもまた事実。俺がもっと早ければ彼女がナンパに会うこともなかったはずだ。


「ううん!私が早く着いちゃっただけだから!それより助けてくれてありがとねっ!」


 彼女は笑顔のままそう答える。なんていい子なんだ。

 誰だ!女スパイとか言った戯け者は!俺じゃい!


「いや、気にするな。ヒーローは遅れてやってくるものだろう?」


 スーパーヒーロー着地でも披露しようかと思ったが、やめておく。あれは膝に効くからな。


「もー、一言余計だよっ!そういうの女の子的にはマイナスだからねっ!」


 ぷぅと頬を膨らませながら彼女は軽く怒った様子で言う。


 どうやら今の発言は良くなかったらしい。

 じゃあマイナスにマイナスを掛けたらプラスになるってコト!?


 試してみたい気持ちを抑え、再び謝罪する。


「いいよっ、許してあげる。それじゃあ早く行こ!」


 切り替えの早いところは彼女の良いところである。


「あ、小鳥遊さん」


 再び笑顔になり、歩き出そうとする小鳥遊さんを俺は呼び止める。


「どうしたの?」


 心の中で思っているだけでなく、ちゃんと言葉にした方がいいと前に姉さんに言われたことを思い出したので口に出すことにした。


「その髪型と服装、似合っている。とても素敵だ」


 俺の発言の後、しばし黙っていた彼女はみるみるうちに赤くなっていき、最後にはりんごのようになってしまった。


「〜!んもう!ほんとにっ!もうもう!」

 

 どうやらまたマイナス発言だったらしい。またぷんぷんと怒らせてしまった。マイナスすぎて小鳥遊さんが牛になってしまうほどだ。

 でもこれでさっきのと合わせてプラスだなッ!!


「軽々しく褒めるのは不味かったか?すまない」


「そうじゃなくて!もー、いいから早く行こ!」


 そういうと彼女は今度こそ歩き出したので、俺も横に並びついていく。

 耳まで真っ赤なままではあるが、笑顔に戻ったのできっと大丈夫だろう。


 俺たちは目的地へを向かうのだった。



 ―――――――――――――――



 電車に揺られること20分、俺たちは目的地へ到着した。


 店の外から中の様子を窺ってみると、かなり繁盛しているようだが、まだ席は空いているようだった。

 ここにくる間に人気店だと小鳥遊さんに聞いていたので並ぶのも覚悟したが、タイミングが良かったのかもしれない。


 こちらの店では全てソファ席が採用されているので、そこまで彼女に気遣う必要はないだろう。

 ウェイトレスの方に案内された俺は、小鳥遊さんへ先に座るよう声をかける


「わ、上城くんが先に座って!」


 理由はわからないが、俺が先に座った方が好都合なのだろう。俺は言われた通りに座った……のだが。


「小鳥遊さん」


「ど、どうしたのかな!上城くん!」


 なぜか彼女は向かいの席ではなく隣に座ってきたのだ。


(どういうことだ?普通は向かい合って座るんじゃないのか?)


 俺がおかしいのかと周りを見渡してみるが、皆向かい合って談笑している人たちばかりだ。やはりわからない。

 何か深い事情があるのかと素直に聞いてみることにした。


「なぜ、隣に座るんだ?」


「えっ!?…………ふ、普通は隣同士で座るんだよ!」


(なんと!普通は隣同士で座るのか!)


 今までの一般常識が覆った決定的瞬間である。


(ということはつまり周りの奴らは異常者というこか。ははは!常識も知らない間抜けどもめ!そのまま恥を晒すんだな!)


 正直今まで姉さんや菜由里とも何回か食事などは行ったことはあるのだが、毎回向かい合わせだった。今度からは気をつけよう。

 確かに言われてみれば常識的な気がするしな!カウンター席とか隣同士だし!


 また賢くなってしまった俺は小鳥遊さんへお礼を告げる。


「そうか。これが普通だったのか。ありがとう小鳥遊さん」


「う、うん……どういたしまして……そ、それよりもなに頼もっか!うちはこのイチゴにしようかなっ」


 ぎこちない返事をした後、メニューを広げすぐに決めた様子の小鳥遊さん。とてもいい決断力だ。


「では俺はこのチョコバナナにしよう」


 俺も無難なものをチョイスし、注文を済ませる。

 あとは待つだけなのだが……先ほどからどうも小鳥遊さんの距離が近い気がする。そこまでソファは狭くないのだが、肩と肩がぶつかり合うほどに近い。

 このままでは小鳥遊さんの陽の力が俺を蝕み灰になってしまう。


「小鳥遊さん。流石に近くないだろうか」


「そ、そうかな?そんなことないと思うよっ!?」


 どこか焦った様子で小鳥遊さんはいう。


(この焦り……。やっぱりこれはハニートラップで小鳥遊さんは女スパイだったのか!)


 先ほどの推測はやはり正しかったと結論を出しそうになったところで、小鳥遊さんはまた上目遣いで聞いてくる。


「わ、上城くんは、嫌……?」


「いや、嫌というわけでは……」


 まぁ確かに嫌か嫌じゃないかで聞かれたら嫌ではない。


 しかしこの男、普段から頭のおかしい発言や行動ばかりしているせいで、今まで女性の知り合いなど自分の姉と菜由里くらいしかできなかったため、全てにおいてパラメータがクソ雑魚である。


 先ほどから無表情で平気そうな顔をしてはいるが、小鳥遊さんが座ってきてからずっと左腕に当たっているその柔らかい感触といい匂いで頭がくらくらなのである。

 心臓に関してはそれはもうビートを刻みまくっている。


「なら、問題ないよねっ!」


 そのトドメを刺すかのように放たれた天真爛漫な笑顔に、とうとう彼のCPUは処理限界を超え、普段とは別の意味で壊れてしまった。


(…………確かに!問題ないな!!じゃあこのままでいっか!)



 オーバーヒートしたしばらく後、無事注文した品が届き調子を取り戻した彼だが、話はまた回想前へと繋がり苦難は続くのだった。

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