第10話 テンプレイベは日常で


 神和崎第一高等学校に入学して、初めて迎えた日曜日。


 なんと今日は小鳥遊さんがお礼ということで、陰キャ如き俺をパンケーキの美味しいカフェに連れてきてくれたのだ!


 あぁ!主よ!!やはり神は私を見捨てなかったのですね!!


 信仰のない俺でさえ、今日は神へお祈りを捧げてしまうほどだ。


 いやまぁ、聖甘党教会とかどう考えてもやばい教団とかあったら入団してしまうかも。糖尿病は救済であるッ!!とか言ってそう。え、怖ッ。近寄らんとこ……。


 そんなくだらないことを考えていると


「……ょうくん、上城くん。あ、あーんっ」


 …………その声に俺は妄想の世界から現実世界へと引き戻された。


 いきなりですまないが、どうやら現実逃避もここまでらしい。何が聖甘党教会じゃ!もっとマシなのあっただろ!持病が救済なわけねぇだろがッ!!


(っといかんいかん、今は変な宗教創立してる場合じゃない……)


 また無意識に異世界転生しようとしていた思考を引き止める。


「ね、ねぇ。上城くん、聞いてる……?」


 心配するその声に俺は覚悟を決め、左に顔を向ける。


 そこにいるのは俺を誘ってくれた張本人、小鳥遊若葉その人。


 期待半分、恥ずかしさ半分といった表情で彼女は頬をほんのりと紅く染め、上目遣いでこちらの様子を伺っている。


 右手にはフォークが握られており、先端には一口サイズに切られたパンケーキが刺さっている。しかもご丁寧にイチゴのソースまで掛かっている状態だ。

 左手はソースが床や服に落ちないためか、皿代わりのようにそっと添えられている。


 問題はそのフォークの矛先が俺に向いていることなのだが……。


(これは、どうすべきか)


 一体なぜこうなったかというと……ちょっと長いが聞いてくれ。


  話は今日の朝まで遡る————。



 ―――――――――――――――




 ピピピ……


「あまいわ!!!」


 そう叫ぶと俺はスマホのアラームを勢いよく止める。


「そう何度も何度もフルでアラーム流せると思うなよ。小童がッ!」


 スマホに何言ってるんだと。朝から何やってるんだと。そもそもお前が仕掛けたんだろと。言いたい気持ちはわかる。

 でも彼はそういう男なのだからしょうがないとしか言いようがない。


 そんな今日もフルスロットルな彼はそう叫んだ後、リビングのキッチンへ向かい支度を始める。


 今日は日曜日なので学生などは休みなのだが、社会人の大人たちまでもが皆そういうわけではない。


 つまり、何が言いたいかと言うと今日も母さんは仕事なのだ。


 だからと言って別に休日がないわけではない。一週間のうちのどこかで必ず2日間休みはある。

 今週は平日が休みだったので、今日は仕事ということだ。


(おかずは……そうだな。鶏肉あるし、照り焼きにでもするか)


 メニューが決まると早速準備に取り掛かる。

 コンロに火をつけ、フライパンを置き薄く油を引く、そこに鶏胸肉を皮面が底になるように敷き焼いていく。


 その間に他の準備も欠かさない。水を入れた鍋を火にかけ、沸騰したらブロッコリーを入れる。茹だったら引き上げ、そのままほうれん草もサッと茹でる。


 そうこうしている間に、鶏胸肉に火が通ってくるので、醤油、味醂、酒、砂糖、蜂蜜で味付けをする。

 上城家では、本来照り焼きに使う砂糖の量を減らし蜂蜜を入れるのが定番だ。


 そんなこんなで無事完成だ。

 今日のメニューは鶏胸肉の照り焼き、ほうれん草のおひたし、マヨネーズを添えた茹でブロッコリー、作り置きしておいたきんぴらごぼう、プチトマト。


(卵焼きを入れようと思ったが、ちょっと苦い思い出が最近あったばかりだからな……)


 闇の記憶をすっ飛ばし、お弁当箱へ手際よく詰めていく。


 ちょうど準備が終わったところで、リビングの扉が開き母さんが起きてきた。


「あら、蓮斗。おはよう」


 眠そうな母さんが挨拶してくる。


「おはよう母さん」


 母さんは息子の俺からしても美人だと思う。姉さんほど髪は長くないが、綺麗に整えられた艶のある髪、衰えを知らない白い肌。

 姉さんを産んでいるので歳は結構経っているはずなのだが、微塵も感じさせない程に美しい。姉さんはきっと母さん譲りなのだろう。


「いつもありがとね。無理しなくてもいいのよ?」


「大丈夫だよ母さん。別に大変じゃないから」


 確かに朝早く起きなくてはいけないが苦ではない。それに家事全てを俺がしているわけではないのだ。


 早く帰ってくれば母さんが夕食を作ってくれるし、洗濯物などは姉さんがやってくれる。


 なぜか俺の下着が無くなる時があるのだが……きっと洗濯の時に無くしたんだな!姉さんのおっちょこちょいさんめ!!


 消えた下着の謎を無理矢理解決していると、母さんが聞いてくる。


「今日は出かけるんだったわよね」


「うん」


 俺は短く返事した後、「楽しんできてね」と言った母さんに続ける。


「母さんこそ最近仕事はどう?」


「流行の服装を逃さないように毎日大変よ。流行を押さえるだけじゃなく、先駆けもしなくちゃならないもの」


 母さんの仕事は某大手のファッションデザイナーだ。

 俺は服のことは全くわからないので、何が流行とかはさっぱり知らないが毎日遅くまで仕事しているのを見るに、やはり大変なのだろう。


「母さんこそ毎日遅くまでご苦労様。いつもありがとう」


 そんな労いの言葉をかけていると、ガチャリと再びリビングのドアが開き、姉さんが顔を出す。どうやら姉さんも起床したようだ。

 俺たちはお互いに挨拶を交わし、朝食の準備を始めた。


 その後3人で一緒に朝食を摂り、母さんは仕事へ、姉さんと俺は後片付けなどをしているうちに、約束の時間まで約1時間を切ろうとしていた。


 小鳥遊さんとは10時に駅前で待ち合わせをしているので、その10分前には着く予定だ。

 俺はできる男だからな。10分前行動は当たり前だ。


 服装はシンプルでいいだろう。前に姉さんから助言してもらったからな。


 支度も整い、玄関へ向かう。すると後ろから声をかけられた。


「出かけるのか?蓮斗」


「姉さん。うん、そうだよ」


 俺は、母さんには一応言っていたのだが、姉さんには特に伝えていなかった


「一人で行くのか?」


「いや、人と待ち合わせしているんだ」


「男友達か?」


「友達……ではないかな。後女の子だよ」


 どちらかといえば好敵手ライバルかな?


「………………なに?」


 2日目の朝のことを思い出していると、どこかトーンが低くなった姉さんに俺は問いかける。


「?どうしたの姉さん」


「…………いや、なんでもない。楽しんでくるのだぞ、蓮斗」


「もちろんだよ!」


 なんて言ったって夢にまで観たシャレ乙なカフェに行くんだからな!!


「じゃあ俺、行くね」


「あぁ」


 俺は姉さんに「行ってきます」と最後に言い残すと、玄関を出て駅へ向かうのだった。


 家から出て徒歩30分、先ほどのいつもと少し様子のおかしかった姉さんのことを考えていると、駅前についた。


(小鳥遊さんは……まだいないかな?男が早めに待ち合わせ場所に行くというのは基本らしいからな)


 昔姉さんと遊びに行く時になぜか待ち合わせ場所を決められ、俺だけ先に行かされるという謎の行動があったが、こういう時のためだったのかもしれない。ありがとう姉さん!


 姉さん曰く「中にはもっと前から着いて待つようにしている者もいるぞ」と言われた時は、?で頭がいっぱいになったが。


 陰キャキングの俺には一生理解できないことに改めて頭を悩ませていると


「……やめ、てください!」


(ん?)


 何やら聞こえたその声に身体ごと向けると、そこには小鳥遊さんと世紀末な刺々しい服装をした謎の男がいた。


「ムヒャヒャヒャヒャ!お姉さん一人なんだろ?だったら俺と一緒に遊ぼうぜぇ?ムヒャ、ムヒャヒャヒャヒ……ゴホッ!ゴホッ!」


「私、他に待っている人が……いい加減にしてください!」


 一瞬、実は他の男と待ち合わせていて俺を嵌めようとしていたのかと思ったがそうでもないらしい。

 独特な笑いの男に絡まれている彼女は涙目だった。


 そう、つもりこれはナンパだ。


(ふむ。こんなテンプレのナンパがリアルで起こるとは……っていうか咽せるくらいならその笑い声やめろ……いや、今はそれよりも)


「おい、なにをしている」


 彼女の方へ早足で向かった俺は、その刺々しい肩を掴むのだった。

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