第9話 弄ばれた乙女の心と混沌の邪神


「………………は?」


 その一言で、先ほどまで暖かく過ごしやすかった環境が嘘のように空気が凍りつく。


 元々キツい目つき気味だった彼女の瞳が、親の仇を見るような鋭い目に変わる。


 普通の人ならば蛇に睨まれた蛙のようになってしまうだろう。


 だが俺はそんなものには屈しない。


(この反応。やっぱり俺の予想は当たっていたな)


 天才すぎるのも罪だなと頭の中で嘲笑い、俺は続ける。


「鶴の恩返しという童話を知っているか?怪我した鶴を助けたら、その鶴が人に化け恩返しに来るという話だ。君は差し詰め、鳩の敵討ち……いや、鳩の仕返しと言ったところか」


 それを聞いた彼女はしばらく沈黙した後、呆れた様子で口を開く。


「あなた……本当に何を言っているの?」


 どうやら未だ誤魔化す気らしい。


 しゃーねぇな! 詳しく説明してやるか!! 鶴もバレたら飛び立って行ったしな!! その化けの皮、剥がしてみせる!!!


「先ほども言ったが、鶴の恩返しだ。君は先ほど俺が追い払った鳩かその仲間なのだろう?餌をもらえなかったことに激怒した鳩が俺に仕返しにくるという……。なかには綺麗な真っ白の鳩もいると聞くしな。隙を見て仕留めるつもりだったのだろうが、そうはいかん」


 シャー◯ックホームズも腰を抜かす俺の名推理に、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。鳩だけにってな!HAHAHAッ!


「……あなた、それはわざと言っているのかしら。それとも本気で言っているの?もし本気で言っているのならば、頭がおかしいのね。今すぐ早退して病院に行くことをおすすめするわ。もう手遅れでしょうけど」


 マシンガンのような罵倒が俺を襲う。


(こいつほぼ初対面で俺の頭がおかしいとか失礼なやつだな)


 鳩認定してるお前が、何自分のこと棚に上げてんだって思っただろう?俺も思った!


 だがここで煽り返してはただのイタチごっこ。


 流石の俺でも本当に鳩の擬人化なんてモン娘に分類されるようなものが実在しているとは思っていない。


 俺は素直に謝罪することにした。


「いや、すまない。流石に冗談だ。許してくれ」


「あら。冗談だったの。私は正体がバレて内心焦っていたのに」


 な、なんだって〜!?やっぱり実在していたのか!!


 その衝撃の事実に俺はウッキウキで彼女へ聞く


「なに!?それは本当か!?」


 俺は期待に胸を膨らませる


「嘘よ」


 …………。


 コイツ……俺の純粋な乙女の心を弄びやがって!


 純粋無垢な心を傷つけられ、彼女に文句の一つでも言ってやろうかと考えたが、いつまでもふざけてはいられないので、俺は気を取り直して続ける。


「本当に冗談はもうこれくらいでいいだろう。それで、君はここで何をしていたんだ?」


「私、モテるの」


「は?」


 今度は突然のモテ自慢が始まった。

 いいだろう。勝負するか!?ちなみに俺の手札は0枚だがな!!


「入学して2日目なのにもう3人に告られたのよ。おかしいわよね。私のこと何も知らないのに。所詮、男なんて顔しか見てないのよ。今日だってクラスの男子が、授業が終わる度にすぐに私の机に寄ってくるの。そうなると昼休みなんてどうなるか安易に予想できるわ。だから一人になれる場所を探しにきたの」


 疲れた様子の彼女は、最後に「ほんと、嫌になるわ」と付け足す。


 なるほど。どうやら彼女は安息の地を求めこの場所に行き着いたらしい。美人というのも大変なようだ。


「そうだったのか。すまないな。邪魔してしまっただろう?」


 彼女からすれば俺は招かれざる客みたいなもの。故意ではなかったとはいえ、一人の時間を邪魔してしまったのは申し訳ない。


「別に気にしなくていいわ。それより貴方こそ何しにここへ?ただ昼食を食べに来ただけかしら」


「俺はまぁそうだな。屋上が俺を呼んでいたとも言える」


 ドヤ顔で俺は答える。


「ほんと、何を言っているのかわからないわ」


 そんな話を会話が続いたところで予鈴が鳴る。


(もうそんな時間か)


 もたもたしていると授業に遅れてしまうので、早く戻らなくてはいけない。


「予鈴が鳴ったな。教室へ戻ろう」


「私はここにいるわ。どうせ今日は授業なんてあってないようなものだもの」


 フンッと彼女は鼻を鳴らす。


 あぁ……どの時代にも一定数いる不良女子高生がこんなところにも……。

 俺も『夜露死苦』とか言った方がいいだろうか。


 突然の授業放棄発言に俺まで不良になりそうになるが、俺は陰キャなので無理だと諦める。


 不良は怖いので早くこの場から立ち去ろう思ったが、肝心ことを思い出したので最後に聞くことにした。


「すまないが、名前を聞いてもいいか」


如月 氷華きさらぎ ひょうかよ」


 如月氷華。再び脳内記憶保存フォルダから人物データを漁ったがやはり見当たらない。

 昔、同じ名前の子と話したことがある気がするが、苗字が違う。

 彼女とは別人だろう。


「如月氷華さんか。もう知っているみたいだが、俺は上城蓮斗だ。よろしく頼む。では如月さん。これは友好の証だ」


 俺は手に持っていたドラゴンフルーツパンを彼女へ差し出す。


 得体の知れないパンに警戒しているようだったが、意外にも素直にそれを受け取ってくれた。

 案外ノリのいい子なのかもしれない。


 ちなみに先ほどチラッと原材料を確認してみたが、パンの材料とドラゴンフルーツしか書いてなかった。

 なんかよく見れば果実の赤い汁がパンに染みてるし。


「じゃあ、俺はこれで」


「ちょっと待ちなさい」


 ドアノブに手をかけようとしたところで呼び止められる。


 変なパンを押し付けられたことを察し、怒り狂った彼女にしばかれる最悪の未来が頭をよぎりながらも振り向く。


「なんだ?」


「ここへはこれからも来るのかしら」


 どうやら俺の考えすぎだったらしい。


「あぁそのつもりだったが、如月さんが嫌ならやめよう」


「別にいいわ。元々私だけの場所じゃないもの」


「そうか。わかった」


 俺は頷くと再びドアノブに手をかけ、逃げるように屋上を後にするのだった。



 ――――――――――――――



 次会った時には本当にしばかれるかもと、屋上に行くのはしばらく控えたようかと考えている間に、1年生のクラスまで戻ってきた。

 ちなみに言い忘れていたが、俺のクラスは1-Dだ。


 俺が自分の教室の前に来たところで、何やら中が騒がしいことに気づく。

 先ほどまで昼休みだったので、皆おしゃべりをしていて騒がしいのかと思うがどうもそうではないらしい。様子が変だ。


 俺はガラッとドアを開け教室へ入る。


 すると教室に入ってきた俺に数人がこちらに目を向ける。

 その数人のうちの一人、陽キャクイーンこと柴崎凛が俺の方に慌てた様子で近寄ってきた。


「あっ!上城くん!一体どういうこと!?」


 質問の意図が掴めない俺は彼女へ聞き返す。


「陽キャ……柴崎さん。すまないが、どういうこと、とは?」


 陽キャクイーンと言いそうになったが、晴輝が前に陽キャキングと言われるのを嫌がっていたので、柴崎さんも嫌かも知れないと言い直す。俺は学習する男なのだ。


「あ、あれ!晴輝くんの様子が……!」


 何やら進化でもしそうな言い回しだなと思いながら、俺は晴輝の方へ顔を向ける。

 って言うか男女同士で早くも下の名前で呼んでいるのか。コミュ力のバケモノめ!!


 陽キャの怖さを改めて実感しながら晴輝の様子を見てみると、何やら机の上に俺の渡した弁当箱を広げ、ぶつぶつと呟いている。


「あ、あー、、、」


 そういえばそうだったなと、屋上での彼女のことですっかり忘れていた。


「なんか上城くんと交換したってお弁当自慢してて……それで蓋を開けたらなんか紫色のスライムみたいなのが入ってて!食べない方がいいよって言ったのに『関係ない 食う』って聞かなくてそれで!」


「大丈夫だ柴崎さん。状況は全て理解した」


 そう伝えると俺は晴輝の前まで近づく、すると耳に晴輝の呟いていることが聞こえてきた。


「……森羅万象、万物の全ては我が主のために。人々よ。怯え、恐れ、絶望し、屈服せよ。闇に呑まれ、乱れ舞え。刮目せよ。我が名は、アザトース様より生まれし分身、這い寄る混沌、ニャルラトホテ……」


「そういうのはもう卒業しなさい!」


 邪神へと生まれ変わろうとしていた晴輝の頬を俺は力強く引っ叩く。


 パァーーーーッン!!という歯切れのいい、乾いた音が教室に響き渡る。


 瞬間、様子のおかしい晴輝に心配してざわついていた教室が、俺の愛の鞭ビンタによって静まり返った。


 しばらくすると、我に返った様子の柴崎さんが慌てて声を上げる。


「ちょ、え!?わ、上城くん!?」


「慌てるな柴崎さん。おい、大丈夫か晴輝」


 俺は戸惑っている様子の柴崎さんを宥め、晴輝へ声をかける。


「……はっ!俺は、一体……?」


「どうやら正気に戻ったようだな」


「蓮斗か。お前が助けてくれたか。すまねぇ、助かった」


 正直俺のせいなのだが……言わない方が吉だな!うん!


「無事でよかった、にしてもよくあれを食べられたな」


「あ、あぁ。蓋を開けて覗いたら、紫色のスライムみたいなのが入ってて……そんで目が合ったと思ったら『力が欲しいか?』って脳内に響いてきて……気づいたら……」


「もういい。みなまで言うな」


 どうやら時間が経ったことにより意思が宿ったらしい。

 安易に姉さんの料理ダークマターを覗いてはいけない。卵焼きを覗く時、卵焼きもまたこちらを覗いているのだ。


 俺は続ける


「よく全部食い切ったものだ。尊敬したぞ、晴輝」


「い、いや……俺は一口しか食ってねぇぞ。それに少しだけだ」


「…………なに?」


 またも空気が凍りつく。さっき屋上で凍りついたばっかだろ!


 晴輝の発言に俺が動揺していると、横から柴崎さんが思い出したかのように伝えてくる。


「あっ!わ、私、その紫色のスライムがそこの窓から外へ出て行ったの見たよ……?」


 半分ほど開いていた窓を柴崎さんが震えながら指差す。

 

「嘘……だろ?」


 そのとんでもないカミングアウトに俺たちは黙り込み、しばらくすると考えるのをやめ、大人しく席につき始める。


 その後午後の授業で俺たちDクラスは誰一人として一言も喋ることはなかった。



 ちなみに余談だが、逃げ出した卵焼きが片っ端から生徒を襲い大問題へと発展するのだが…………それはまた別のお話。

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