第7話 和の心を持つ男
「これはこれはご丁寧に。私は、上城蓮斗と申します。」
謎にお辞儀をしてくる彼女に対し、俺も名を名乗り、お辞儀をする。
(この女、なかなかやるな。綺麗な30°だ。お辞儀バトルでこの俺が押されるとは……!)
速攻で一方的なバトルを仕掛け、速攻で劣勢になる男。
(お辞儀にはお辞儀で返すのが日本人だ。任せろ、俺はハンバーガーを箸で食べるほど和の心をしっかりと持っている男だ)
だが、生憎そんなものは今持ち合わせていない。
(俺を侮るなよ。俺は、熱々の緑茶が注がれたワイングラスを、両手で丁寧に持ち上げ啜るほど和の心を持っている男だぞ。啜ろうとした瞬間ガラスが割れて、火傷して姉さんに怒られたが...)
そうだ、名刺の代わりに学生証を提示しようと、ブレザーを弄る。
……が入れておいたはずの学生証が見当たらない。
「え、えっと? なにしてるの?」
俺の奇行を見兼ねたのか、彼女は疑問の念を投げてきた。
「いや、このお辞儀バトルに終止符を打つために学生証を提示しようかと。こんな風に」
俺はまるで名刺を持っているかのように両手を胸の高さまで上げ、そのまま彼女の方に少し両手を差し出す。
「えっ、まさか名刺の代わりってこと?……ぷっ、ふふふ……なにそれっ。あははっ。ってかお辞儀バトルってなに……どゆことっ……ふふっ……あはっ」
彼女は必死にお腹あたりを両手で押さえながら笑い始めた。
こっちは真剣なんだぞ!
今度は涙が出てきたのか、彼女は「ふふっ」と笑いながらお腹あたりに置いていた左手を上げ、そのまま人差し指で自分の目元をぬぐう。
「おい、いきなり笑い始めてどうした。変なキノコでも食ったのか。名も知らぬキノコはまじでやめとけ、あれはしゃれにならん」
「そんなもの食べないよっ……そうじゃなくて、これ」
ひとしきり笑いおわったのか、彼女はブレザーのポケットに手を入れ何かを取り出した。どうやら、学生証のようだ。
「っ!? まさか、それは……!」
一方的に始めたお辞儀バトルの戦いに終止符を打ったのは、なんと彼女だった。
(名刺交換してくるとか……。えっ……この子まじ?)
俺と同レベルの奇行に軽くドン引きしていると彼女が続ける。
「いや、だからなんでうちらバトルしてんの!ほらこれ、君のだよっ」
彼女はクスクスと可愛らしく微笑みながら、俺にその学生証を見せてきた。
確認すれば、確かにこれは俺の学生証のようだ。
「拾ってくれたのか、ありがとう」
俺は先ほど心の中で引いてしまったのを謝罪し、彼女にお礼を伝える。
差し出された学生証を受け取った俺は続けて彼女に問う
「でも、どうして君がこれを?」
「えっ!? うちのこと覚えてない!? 昨日助けてくれたのに!?」
(昨日……助けた?……あっ)
そういえば同じ学校だったな、合点がいった。と俺は昨日のことを思い出しながら叫ぶ。
「昨日の歩きスマホウーマンッ!」
「ねぇ、やめてそれ!!うちは若葉っ!小鳥遊若葉!!さっき名乗ったよねぇ!!」
早く封印しなくてはと苦しんでいると、彼女は腕をブンブンと振りながら可愛く抗議してくる。
俺は、その揺れる2つの果実に目を奪われないよう気を引き締め、改めて彼女に目を向けた。
小鳥遊若葉。
淡い黒色の髪、長いまつ毛に大きくぱっちりとした瞳。
その笑顔を向けられれば、誰もが自分に好意があるのではと勘違いしてしまうほどに罪深く可愛い容姿。
何かスポーツをしていたのか程よい肉付きで、脚は長く、身長が高いのも相まって誰もがうなづく程にスタイルがいい。
そして、一番目立つのはその胸部だろう。大きく実った2つの果実はとても豊かで、彼女が動くたびにそれに合わせて軽く揺れるほどだ。
俺はそんなおっp……胸部に目を向けないように……っておいやめろ! いつまでブンブンしてるんだよ! 揺れてるんだよ! こっちは目がいかないように必死なんだぞ!! あぁ! 心の中の悪魔がッ!!
なんとか心の中の悪魔を握りつぶし俺は続ける。
「すまない小鳥遊さん。それよりも怪我がないようでよかった」
昨日も確認はしたが、後から痛みが増すという可能性もある。
だから油断は禁物なのだが、この調子なら大丈夫だろう。
「うん。昨日は……その、ほんとに助けてくれてありがとう。上城くんが助けてくれなかったら私、いまごろ……」
昨日のことを思い出したのか、先程のテンションとは打って変わって表情に影が差し込み始める。
「気にするな……というのも無理があるか。ならば、昨日のことを忘れずに、もう不注意な行動はしないと心に留めておけばいい。結果論だが、無事に済んだんだ。これからのことを考えればいい」
「……うん。うん。わかった!うち、昨日のこと絶対、ぜーったい忘れないよ!!」
なんかちょっと忘れないの意味のベクトルが違うような……?うん、気のせいだな!
俺がそう頷いていると彼女は続ける。
「それより上城くんの方こそ怪我大丈夫だった?ちゃんと病院いった?」
「いや、病院には行っていない。怪我も思ったより酷くなかったからな。それより見てくれ、昨日破けた左肘の部分、完璧だろう?昨日徹夜して縫った……」
「うち、病院行ってって言ったでしょ! 後から酷くなったらどうするの!?」
裁縫自慢しようとしていた俺の言葉を遮って彼女は文句を言ってきた。
どうやら彼女も同じことを思っていたらしい。考えることは一緒だな。でも見て?昨日徹夜して頑張ったんだよ(涙)
「本当に大丈夫だ。今もこうして普通に歩けているし、痛みもそんなにない。頭を打ったわけでもないしな。」
「ならいいけど……。本当、我慢だけはしないでね?」
「ああ。痛みが酷くなった時はすぐ医者に診てもらうさ」
嘘ではなく、悪化すれば俺は元々病院に行くつもりだったのだ。
だから心配ご無用!!
そうこうしているうちに朝礼が始まる時間が近づいてきた。話のキリもちょうどいいので、俺は「それじゃ」と彼女に一言告げ教室に戻ろうとする。
「あ、あの上城くん!」
だが彼女は思いかけず声をかけてきた。
俺は進み出そうとしていた足を止め、彼女に問う。
「どうした?まだ何か用があるのか?」
「そ、その……おれい。そう、お礼!うち、昨日のお礼がしたくて!」
「お礼?それならもう言葉で受け取っただろう」
「そうじゃなくて!ちゃんと何かお礼がしたくて!」
「そう言われてもな」
別に偶然近くにいたから助けることができたにすぎない。
もし、職員室やなおはらに行ってなかったら?何かの気まぐれで晴輝と遊びに行っていたら?きっと俺は助けられなかっただろう。
先ほども言ったが、やはり結果論でしかないのだ。
そう考え、俺はお礼はいらないという旨を伝えようとすると。
「その、新しくできたパンケーキ屋さんがあって……。一緒にって思ったんだけど……。甘いの嫌いだったかな?やっぱりお礼なん……」
「今なんて言った!?!?!?」
その魅力的な言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
「え、えっと……甘いの嫌い?」
「もっと前だ!」
「新しくできたパンケーキ屋さ……」
「いく」
「えっ?」
「よし行こう。すぐ行こう。いつ行く? 放課後か? 明日か? なんなら今から行くか! 学校なんかサボっても死にやしないしな!!!」
「急にどうしたの!? なんかキャラ変わったよ!? いや、昨日もなんかこんな感じだったかも!?」
「俺のキャラなどどうでもいい。それよりいつ行く」
俺はパンケーキという心踊る単語にワクワクしながら、彼女に催促する。
「ちょ、ちょっと遠いから、今週の日曜日はどうかな。駅前に集合ってことで」
「わかった」
まさかのお誘いに天にも舞うような気持ちになっていると、彼女はもじもじしながら控えめに聞いてきた。
「そ、それであの……詳しい時間とかあるから、あの、ぴ、
(なんだそんなことか。お安い御用だ!!)
「そうだな。連絡先は必要だろう」
俺は「少し待ってくれ」と伝え、ポケットに手を伸ばす、が。
「すまない。スマホを忘れてきてしまったみたいだ。交換は明日でもいいか?朝そちらのクラスに伺おう」
「全然大丈夫だよ! じゃあ明日ね! うちCクラスだからねっ!……えへへっ」
そういうと彼女は可愛い笑顔で、ぱたぱたと走り去っていった。
そして残った俺はというと。
(うおおおおお!! パンケーキを食べに行けるとは! これは嬉しい誤算!!)
パンケーキのことで脳が侵略されていた。
でも甘いもの大好きだからしょうがないよな!!
パンケーキなんて意識高くて陰キャキングの俺が一人で行けるわけないわ!!
俺が入店した日には、カースト上位に属しているシャレ乙なレディーの皆様にボコボコにされて終わりってもんよぉ!!
だがそれは俺一人での話だ。今回はなんと、見るからに陽でキャな小鳥遊若葉様がいらっしゃるのだからな!
HAHAHA!! いいのか!? 俺に手を出してみろ!! 小鳥遊さんが黙ってないぞ!!(小物)
架空のシャレ乙レディー達にイキリ散らしながら俺は席へ戻る。
「お、帰ってきたか蓮斗。一体なんの話だったんだ?」
待ってたぜと晴輝が話しかけてくる。
「お辞儀バトルに負けたらパンケーキ屋に一緒に行くことになった」
「何を言っているのか1ミリもわからんが、とにかくいいことがあったみたいだな! よかったな、蓮斗!」
(こいつ、いい奴すぎんか?)
そんな俺を、一人の少女が寂しそうな顔で見つめているとは知る由もなかった。
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