第5話 ???〜私の王子様〜

 


 私は、小さい頃ママによく読んでもらった絵本が大好きだった。話の内容はよくあるものだ。命を狙われたお姫様を王子様が救い、二人は恋をし、結ばれ、幸せに暮らす...。どこにでもあるような話。でもそんなどこにでもあるような話が、私には何よりも輝いて見えたのだ。


 ピンチの時に颯爽と助けてくれる白馬に乗ったかっこいい王子様。きっと私じゃなくても憧れる人は多いだろう。


 でもそれはあくまで小さい頃の憧れで、きっと大勢の人は年齢が上がるにつれ、王子様なんてものはこの世に存在しないと、まやかしだと、そう気付かされ憧れなんてものはなくなり、普通の恋をするのだろう。


 自分だって例外ではない。私は昔から「でか女」とか「巨人」とかクラスの男子から揶揄われることがあった。普通の女の子よりもちょっぴり身長が高いだけなのに、だ。

 だから私も王子様なんてものはいないと気づくのにそう時間は掛からなかった。


 中学生になってからは本格的に身長が伸び始めた。その身長を生かし、私はバレー部に入ることにした。と言ってもバレー部の先輩方からの熱烈な勧誘にただ断れなかっただけかもしれない。それでも今は後悔なんてない。


 中学3年に上がる頃には176cmまで伸びた。それと比例して胸も大きくなるのは迷惑だったが、自分の意思とは関係なしに成長するんだからお手上げだ。中学3年に上がってからは身長は止まったが、胸はまだ少しずつ大きくなっているような...気のせいと思いたい。


 中学校に入学してから私のことを揶揄う人はいなくなったが、代わりに違うことが増えた。それは、告白だ。自分で言うのも何だけど、私はモテた。


 容姿はある程度整っていると...思う。ただそれ以前に、告白してくる男子が増えた原因はこの胸なのだろう。段々とこれ乳房が大きくなっていくにつれ、男子からの視線が増えていった。


 私はそれが嫌だった。あの全身を舐めまわされているかのような視線がとても気持ち悪く感じ、恐怖した。

 いくら身長が大きいとはいえ、私だって心は立派な女の子なのだ。耐えられないものは耐えられない。

 だから私は告白されても首を縦に振ることは一度もなかった。



 そんな私はもう、半ば諦めていた。やっぱり王子様なんてものはいなかった。高校生になったら適当に誰かと付き合ってもいいかもしれない、付き合ってから始まる恋もあると聞く。そんなことも思うようになっていた。


……


…………


………………


 でも。それでも。そんな考えとは裏腹に、可愛いお姫様のような、物語のヒロインのような……恋がしたいと。そんな想いが止められない、諦めきれない。私の憧れは、諦めと矛盾するかのように大きくなっていった。



 


 

だから。私は。




ーーーーーーーーーーーーーーーー




 (私もこれからよろしくねっ!……っと)


 先程入れてもらったグループに私はそう返信する。

 今日から私も高校生になった。中学の友達とは別々になってしまい不安もあったが、運良く友達ができ、孤立することはなかった。


 友達の名前は、はーちゃん春佳なっちゃん小夏ゆっきー雪乃だ。彼女たちは中学の頃からの親友らしく、そのグループに私も入れてもらえたのだ。


 正直、仲の良い3人グループに新参者の私が入るのは不安だったが、皆快く受け入れてくれてとても嬉しかった。


 そんな快調なスタートを切れた私は今、帰り際に招待してもらった無料トークアプリ「PINONピノン」のグループで会話に花を咲かせながら帰宅している途中だ。


 (ふふっ……みんな優しくてよかった。)


 新しい環境、新しい出会い。不安や期待に胸を膨らませ、いつもより緊張している人は多いだろう。

 私もその一人だ。だから、無事緊張が解かれた今、油断していたのかもしれない。


 いつもは外で歩きスマホなどという行為はしないのだが、今回は不安が杞憂に終わった安堵感と新しい出会いへの楽しさからつい我を忘れていたのだろう。


「あぶないっ!!」


 不意に後方から聞こえたその叫び声に私は顔を上げた。


「っ!!」


 どうやら私は気づかないうちに信号を無視し、道路に飛び出ていたらしい。顔を上げた先に見えたのはこちらに迫り来る1台の車だった。

 車の運転手もまさか飛び出してくるとは思っていなかったのだろう、さらに向こうからはこちらが死角になっており、近づくまで見え難いというのも予想できなかった原因の一つだと思う。


 車は急には止まれない。


 急ブレーキによるタイヤのキキィーッ!というスチール音と、クラクションのパァー!という甲高い異音が、のどかな昼下がりの街に突如として鳴り響く。


 (あっ、うちやっちゃったかも。ばかだなぁ。何やってんだろ。こういう時スローモーションに見えるって本当なんだね。なんか今すごい昔の思い出が蘇ってきたんだけど、これが走馬灯ってやつなのかな。これ轢かれて事故っちゃったら運転手の人にも迷惑かかっちゃうよね。あー、もうそんな心配してるなら避けろって話だよね。ってかうち高校生なったばかりなのに。やりたいことたくさんあったのに...楽しいことも辛いこともまだまだいっぱいたくさん、たくさんあったのに。恋だって。まだ....。)


 急激に加速する思考に脳がぐちゃぐちゃになる。早く避けなきゃと頭では理解しているのに身体は動かない。まるで足裏から根が伸びて、地面に張っているみたいだ。


 (ママとパパ、悲しませちゃうかな。葉月だっているのに。これやっぱり死んじゃうのかな。でもしょうがないよね自業自得だし)


 もうしょうがないと自業自得だと。運命を受け入れる。


 (さようなら。うちの王子様)


 いつか会えると未だどこかで信じていた憧れに別れを告げ、でもせめてその瞬間は見たくないと、ゆっくりと目を瞑る。

 そうして全てを諦めかけた……その時、突如として背後から強い衝撃が襲う。


 (っ……?あれ……?)


 横からくるはずの衝撃が来ず、予想外の背後からの「ドンッ」という衝撃と誰かに抱きしめられているかのような不思議な感触に、私は恐る恐る目を開ける。


 開けた私の視界に映ったのは、なぜか90°反転した世界だった。


 (私……倒れてる?いや……それよりも生きてる?っていうかどこも痛くない……?)


 理解が追いつかない状況を理解するために脳を必死に動かしていると


「大丈夫か?」


 急にかけられた声に驚きつつも、私は顔を上げる。

 そこに立っていたのは背の高い少年だった。


「え、あっ……私……」


 私が戸惑っていると、彼は手を伸ばしてきた。その手に半ば反射的に私も手を伸ばす。

 そうすると彼は私の手を握り、そのまま私を立ち上がらせる。これでも私は身長が高いので、普通の女の子よりも重いと皮肉ながらに自負しているのだが、彼はそんな私をものともせず立ち上がらせた。


「怪我はないか?」


 立ち上がったものはいいものの何を言っていいか分からず、困惑していると彼がそう声をかけてきた。


「は、はい……あの、ありがとう、ございます」


 咄嗟に出た言葉はぎこちない感謝の言葉だった。


「これに懲りたら歩きスマホは辞めた方がいいな」


「す、すみません、わたし……」


「じゃあ俺はこれ……いっつ」


 苦痛に耐えるようなその言葉に、私はハッとし俯いていた顔を上げる。見れば、彼の左肘あたりの制服が破れ、赤黒い血が流れている。

 その傷を一眼見ただけで、私にさえかなりの痛みだと容易に想像できる。


 きっと彼が私を守ってくれたのだろう。よく見れば左の膝あたりも破れかかっていたり、全身が薄らと汚れている。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、謝ろうと彼の左肘あたりを指差しながら声をかける。


「!あ、あのそれ!!」


「安心しろ。俺は実は、裁縫ができる」


 彼から放たれたその言葉に、私は理解するまで時間がかかった。どうやら彼は、私が制服の心配をしていると思ったらしい。


 「えっ!?い、いやそういうことじゃなくて!」と私は彼に勘違いしているという旨を伝え、続けて病院に行こうと進めるが、彼は「フッ、こんなものかすり傷さ」と明らかな嘘を言ったり、車の運転手が降りてきた瞬間そそくさと帰ろうとした。


 だからせめて彼が行ってしまう前に名前を聞こうとした。彼の制服を見る限り同じ学校のはずだ。きっと学校で名前を聞けばどのクラスかわかるかもしれない。


 私はまだ彼にろくに感謝できていない。彼は命の恩人なのだ。

 ここで何も聞かずに行かせてしまえば私は後悔することになる。


 だが彼は


「フッ、名乗るほどのものでもないさ」


 私の思いも知らずに彼はそんなクサイセリフを吐き捨てる。

 命の恩人とはいえ、場違いなセリフに文句も言いたくなるがなんとか飲み込む。


 再び歩き出す彼を呼び止めようとするが、彼はもう止まることはなかった。


 私は「はぁ〜〜」と大きくため息をつき途方に暮れるが、ふと足元を見ると何かが落ちているのに気づく。


 なんだろうと拾い上げると、それは彼の学生証だった。


 どうやら彼の名前は上城蓮斗というらしい。


 (上城……蓮斗、くん……か)


 命の恩人の名前を心の中で噛み締め、気がつけば私の胸は高鳴っていた。


 安直かもしれない。でも、今まで半ば諦めていた憧れの王子様、そんな人とやっと出会えたのだ。


 (上城蓮斗くん、変な……いや、)


 未だ鳴り止まぬその胸の高鳴りは、むしろ痛いほどに加速していく。


 初めて出会う王子様はちょっと変わっていたけれど。


 そんな彼に私はこの時、生まれて初めて




          “恋”をしたのだった——。

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